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子猫

 その日は他にも、看板絡み、黒服の男絡み、日焼けサロンの内臓溶解絡みの話をひっきりなしに聞かされ、深夜、マーテンスはいささかぐったりしながら家に帰った。

 玄関を抜けると、テラスに妻の姿が見えた。妻は小猫を抱いていた。

「まさか、きみも?」

 と、マーテンスは天を仰ぎ、呟いた。

「彼や彼女たちの仲間入りをしたわけじゃないだろうな」

 妻が怪訝な表情を浮かべたので、マーテンスは先の言葉が口をついた経緯を妻に語った。

「大変な一日だったようね」

 妻のエドナが答えた。

「でも、この小猫はただ迷い込んだだけよ」

「この辺りでは見ない顔だな」

 と小猫の頭を撫ぜながらマーテンスが言った。

「ここらの猫は斑か銀縞か茶虎か、あるいはそれの混合体だが、こいつは普通の三毛だ」

 小猫はミャアニャアと鳴いた。

「向かいのブロックに台湾人が住んでいるから、そこからきたのかもしれないわね。どう見ても、この子は台湾猫だし……」

「向かいのブロックって、もしかして貸借人を募集していた?」

 とマーテンス。

「そういえば、最近、よく台湾人を見かけるな」

 そう口に出してから、マーテンスは一瞬すべての繋がりが見えたような気がした。

「なるほど安直だが、それなら辻褄は合う」

 妻に向かい、

「明日の朝にでもそのお宅に伺ってみよう。この子がその家の飼い猫なら、きっと寂しがっているだろうからね」

 マーテンスは、そのときこう思っていたのだ。

 宇宙人というのは見知らぬ他人=エイリアン(異邦人)の暗喩だ。見知らぬゆえに、その人々の存在に住人は不安を感じる。しかも郊外や都市近郊の街に暮らす彼らは大抵知識人か、あるいは何らかの技量があってそこに呼ばれた、または進出してきたエリートたちだ。もちろん、付近の住人たちより金も多く持っているだろう。しかし、生活習慣が違うから不気味だ。付近の住人たちには、今にも追い遣られるんじゃないか、という不安感が募る。が、昔のように――今でもいるには違いないが――過激な排斥運動を組織だってするような意思は住人たちにない。それが理に叶っていないことは彼らだって良くわかっているからだ。頭では……。そこで、宇宙人の登場となる。宇宙人ならば――これも実は可笑しな話だが――悪い侵略者だから憎んでもいいし、防御姿勢をとっても許される。その行為に対して気張らなくても良いのだ。

 とすると、とマーテンスは独りごちた。

 黒服の男、または男たちの解釈はどうなるのだろう?

 単純に考えれば、それは昔奴隷船でこの国に運ばれた人間たちの子孫となるが、今でもその者たちと移民としてこの国へやって来た者たちの子孫たちとの溝は深い。実は気の優しい住民たちの気持ちは、先のエイリアン――これは、まさに昔彼らを指していたのだ!――のように、やはり彼や彼女らを恐怖の対象(自分たちが嘗て犯した罪を見つめるもの)として投影/暗喩するか、あるいは一方的な希望を持って自分たちを影で助けてくれるヒーローとして設定し、実はわかり合えば仲良くできるのだ、と潜在的に信じようとするかの何方かで、今現在も揺れ動いているのかもしれない。

 そこまで考え、マーテンスは思った。

 とすれば、看板はやはり台湾企業が建てたものと推理するのが、今のところもっとも妥当な解釈といえるのだろう。

 しかし、まだどうもすっきりしない、とマーテンスは感じた。

 第一、事件が連続的に起こり過ぎる。それに、今の解釈では、今日の昼一番のアーサー・クーパーの人形の話はともかく、日焼けサロンの内臓焼失の件が外れてしまう。もっともこういった迷信/神話/都市伝説は、個々人の間に内在される種々の不安がその原因だから、統一的解釈を許すものではないのかもしれないが……。

 その夜、マーテンスは様々な解釈が頭の中を飛び交い、夜半まで寝つけなかった。


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