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発端

「先生、あの看板を見ましたか?」

 消毒液の匂いが立ち込める、聖パトリック病院の渡り廊下でラルフ・マーテンス医師を捕まえると、リック・ヘンスンは言った。

「この地区だけでも七つ目ですよ。しかも、意味がわからない」

「宣伝だろ、宣伝。気にすることないじゃないか」

 マーテンス医師が答えた。患者の顔をじっと見詰める。

「それより最近、身体の調子は?」

「いやあ、悪くはないんですがね……」

 質問をはぐらかされて、納得いかないという表情でヘンスンが答えた。

「先生の薬の処方が良かったんじゃないですか。前の、ええと、ジェイルズ先生のときは、何度も処方を変えてもらったんですが、全然良くなりませんでしたからね。やっぱり、思い切って担当医師をマーテンス先生に替えてもらって良かったと思います」

「いや、わたしの力というよりは、きみの治す意思の方が重要なんだよ」

 落ち着き払ってマーテンスが答えた。自分の腕前を誉められて悪い気はしない。が、今言ったことも事実だろう。ヘンスンの病気は彼の心から立ち現れたものだ。だから正直いって、患者に対して真剣になり過ぎるトッド・ジェイルズよりは、おれの方がヘンスンの病には向いていたのだとは思う。が、それもいつまで続くことやら。なぜなら、ヘンスンが医師を変更する常習者だったからだ。

「とにかく、気を落ち着けることだな」

 ヘンスンの顔を優しく見つめ、マーテンス医師が言った。

「看板の宣伝を気にするなとはいわないが、今のきみにとって大切なのは病気を治すことだ。余計なことに関わることはない」

「はい、ま、その通りなんでしょうが……」

 答えたヘンスンの言葉には生気がなかった。どうしても、看板の字句が気になるらしい。廊下の窓から首を伸ばし、隣の病棟の先にある看板をじっと見詰める。その目の表情に、わずかに狂気が宿っていることにマーテンス医師は気がついた。

 やがて、ヘンスンは半ば諦めたかのように言った。

「【安売り(ディスカウント)】。ただ、それだけですよ。……あれは、いったい何を表しているんでしょうね」

 首を傾げると、まるでマーテンスが初めからいなかったかのように窓から離れ、すたすたと自分の病棟に戻ってしまった。

 あとには、ヘンスンに不安を移されたマーテンスだけが残された。


 昔書いたSFです。

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