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あなたを呼ぶ声  作者: 貴戸わたり
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第六話 平和な日々

 その日から僕らは三日に一度、森でたくさんの果物と薬草を採った。僕は薬草を採ったことがなくて、見つける度にリトルナーレに確認をしてもらわなければいけなかった。薬草を摘むのは朝か昼前だけだった。街へ行くのは楽しくなかったけれど、リトルナーレと森に行くのは楽しかった。

 ウェルのばあさんは、僕らが間違った薬草を採ってきたり、量が少なかったりしても何も言わなかった。いつも同じ量だけパンと野菜をくれた。この薬草はここに効く、これを飲むとあれが治るとか、そういう小さなことを行く度に教えてくれた。採ってきた薬草を飲ませてもらったこともあったけど、ものすごく不味かった。


 果物を採ってから砂浜へ行くと、リトルナーレは泳ごうとする僕の服を引いた。

「ねぇ、砂のお城を作ってみようよ」

 砂のお城というのがどんなものかわからなかった僕は、リトルナーレに手を引かれて浜辺が見える所まで行った。浜辺には子供しかいなくなっていて、リトルナーレは子供がいる所を指して言った。

「あれよ。あの砂の山」

 目を凝らすと、子供の足元に砂のかたまりが見えた。それは僕が知っている砂の山ではなくて、なんだかとても複雑でかっこよかった。本当にお城のようで、高さもあったし窓も作ってあった。

「あんなの作れるの?」

「コツがあるんだって。話してるのを聞いたの」

 僕らは早速作ることにした。けれど何度砂を積んでもぼろぼろと崩れてしまった。同じ浜辺の砂のはずなのに、と僕もリトルナーレも首をひねった。どれだけ考えて作ろうとしても、やっぱり砂はきれいにはならなかった。砂の山を見ながら、僕は海に入りリトルナーレは紅貝を拾った。


 街に行った時も、僕らは砂のお城について話していた。どうしてもお城を作りたかった。ウェルのばあさんが薬草を確認している間も小声で話していた。

「砂浜の砂は粒が小さすぎるのよ。だからかも」

「じゃあどうすればいいの?」

「それは……、えぇと」

 リトルナーレは考えていたけれど、僕はもっと違うことなのかもと思った。

「きっとあれだよ、太陽が当たってなかったからだ。あそこ日陰だもの」

「型を使うんだよ」

 突然しわがれ声がしたので、僕もリトルナーレも息を止めて固まってしまった。顔を見合わせたまま、リトルナーレが目を泳がせた。

「コップや箱を使ってね。海水を切って、砂を入れるんだ。そうすれば固まるよ」

 ゆっくり振り返ると、ウェルのばあさんは笑っていた。僕らはどうしていいかわからずに、お礼を言って急いで食べ物をもらって帰った。帰りながら、ウェルのばあさんの言ったことを考えた。

「型なんか使ってた?」

「見てない。でも、コップなら家にたくさんあるわ」

 家に着いた頃には夕方になっていたけれど、コップを二つ持って砂浜へ行った。濡れた砂を手でくんで、たくさんコップに入れて押えた。

「多分、少しずつよ」

リトルナーレがコップを逆さにすると、崩れもせずにコップの形に砂が抜けた。僕もやってみたけど、やっぱりうまくできた。リトルナーレはうれしそうに砂を固めた。

「あの人はなんで知ってたんだろう」

「きっと子供の頃作ったのよ」

 ウェルのばあさんの若いころか。僕はなんとか想像しようとしたけど、全然できなかった。陽が沈む頃には、砂の城が出来た。登れなかった窓もできなかったけど、これは僕らが作ったお城だから嬉しかった。


 僕はたくさん練習して、うらうずがいのある所までなら楽に潜れるようになった。一度に三つ四つ獲ることができて、僕は得意気にそれをリトルナーレに見せた。リトルナーレはそれをつついたので、僕は貝を手渡した。

「食べられる貝の方がいいかな?」

「ううん。うらうずがい好きよ。かわいいもの」

 そう言ってリトルナーレは手の中で貝を転がした。

 僕はもう少し泳ごうともう一度海へ入った。深く潜る練習をしたり、貝を片っ端から獲ってみたりした。黒くて小さい貝がほとんどで、僕はその名前さえ知らなかった。この貝全部にそれぞれ名前があるんだとしたら、すごい名前の数だなぁと思った。漁をしている人はきっと全部知っているんだろうなと考えながら上へ泳いだ。

 息を整えるために浮いていると、浅瀬にリトルナーレのスカートが目に映った。きれいな白いスカートだ。それは海面と同じくらい陽を反射していてまぶしかった。

 持っていた黒い貝を海の中へ投げ捨てて、僕はリトルナーレに向かって手を振った。気づくかな、見えるかなと振り続けていると、リトルナーレも振り返してくれた。それから何かを叫んでいたけれど、波音がひどくてよく聞こえなかった。聞こえなくても、僕も叫び返した。

「うらうずがい、もっと獲ってきてあげるよ!」

 何を言っているかわからなくても、リトルナーレは何かを言っているのだ。そしてそれは多分、僕のことを言っているのだと思うとうれしくなった。そしてまた手を振ると、僕は息を吸って海へ潜っていった。


 ウェルばあの家へ行き、果物と薬草の入ったかごを渡すと、戸棚に小麦の袋が置いてあることに気付いた。なんでこんな所に置いてあるんだろう、ウェルばあが食べてるのかなと思ったけど、小麦は確かそのままではおいしくなかったはずだ。でも街の人は食べるのかもしれない。そんなことを考えながら、ウェルばあがかごから薬草を移している間、僕らはパンを取り、返してもらったかごに入れた。

 さぁ帰ろうとすると、ウェルばあが笑いながら呼び止めた。逃げるように帰らなくても、と家の中へ呼ぶと、ポケットから櫛を取り出して手招きをした。

「髪をといてあげよう。ひどい髪だよ。さぁ、おいで、リトルナーレ」

 名前を呼ばれてリトルナーレはゆっくりとウェルばあのそばに寄った。

 リトルナーレは緊張した様子でされるがままになっていた。僕は背後に回ってリトルナーレの髪を見た。髪は確かにきれいになっていたけど、なんだか少なくなったようにも見えた。

「さあ、次はお前だよ」

 僕もおそるおそる近寄り、椅子に座って髪をといてもらった。くすぐったくて笑うと、ウェルばあは僕の頭を掴んで動かせないようにした。

「……あんた、靴は?」

 振り向くと、ウェルばあがリトルナーレの足を指していた。そして僕の足を見て同じ事を言った。

「靴は、ないの。前持ってたけど、小さくなって……」

「やれやれ」

 ウェルばあはイスに倒れるように座ったた。僕とリトルナーレは顔を見合わせて首をかしげた。櫛を机の上に置くと、長い木の棒を棚から取り出した。棒には小さな黒い点がたくさん並んでいた。

「足を出しなさい。探しておくから、見つけたらあげよう」

 ウェルばあがリトルナーレの足に棒を当てていると、白い鳥が飛んできて窓に留まった。その鳥は慣れた様子で机に飛び移り、小刻みに動いた。リトルナーレは鳥を見ようとしてバランスを崩した。

「鳥だ。鳥がいる!」

「ファヴィというんだよ」

 その鳥は何度か鳴くと、戸棚の前に置いてあるパンくずをつついた。それを見て僕は笑った。ウェルばあじゃなくて鳥が食べるなら、小麦が置いてあってもおかしくなかったからだ。リトルナーレはファヴィにそっと近づいていき、その白い羽をなでて笑った。僕は右足を掴まれながらファヴィを見た。

「逃げないのね。ファヴィはかもめなの?」

「かもめ? じゃあウェルばあには他のかもめと区別がつくの?」

 続けて僕が聞くと、リトルナーレが慌てて「かもめじゃないかも」と言った。二人で一度に質問をしたので、ウェルばあは一つずつ答えてくれた。

「ファヴィはかもめだよ。そうだねぇ、他の鳥たちと飛んでいるとわからないけれど、大体わかるものなんだよ。飛び方や鳴き方でね」

 左足を放してくれたので、僕もファヴィのそばに行った。ファヴィはとても白い鳥で、羽がすごくきれいだった。柔らかそうなたくさんの羽を触ろうとすると逃げた。リトルナーレと二人でファヴィをなんとか触ろうと頑張っていると、ウェルばあが手をたたいた。

「そら、子供たち。早く帰らないと日が暮れてしまうよ」


 その日から、ウェルばあの家に行くと必ずファヴィが飛んできた。僕らがいても大丈夫だと思ったらしく、白い羽をさわらしてくれるようになった。抱けるようになるとファヴィを隅々まで眺めては「鳥って不思議だなぁ」と呟いた。

 僕はファヴィの白い羽を見る度にリトルナーレの白いスカートを見た。同じきれいな白だったからだ。白くてさわると柔らかいものだ。さわると怒るのもそっくりだった。僕が何となくスカートをつかむと「何?」と嫌そうな顔をするのだ。ファヴィもそんな顔をしていた。

 浅瀬にいるリトルナーレに獲ってきたうらうずがいをあげていると、かもめのような白い鳥がたくさん空を飛んで行った。それまで鳥なんか気にしなかったけど、ファヴィを見てからは、鳥が飛ぶと目で追うようになった。

「ファヴィもあの中にいたのかしら」

 そう言いながら、リトルナーレは紅貝を三つくれた。木陰に座り、ファヴィのきれいな羽のことや貝のことなんかを話した。

 昼間は蒸すように暖かかったけれど、夜になると雨が降ったように涼しくなった。森の奥でかえるや何かの鳥が高い声で鳴いているのを聞きながら、僕らは体を寄せ合って眠った。


 朝起きると、リトルナーレはもう台所にいて何かしていた。目を擦りながら手元をのぞき込むと、パンと果物がまな板の上に置かれている。リトルナーレが包丁を取り出したので、僕は少しずつ後ろへ離れた。

「パイを作るの」

 リトルナーレは慣れた手つきで果物を切っていった。僕は包丁を見るのも怖くて、リトルナーレに「平気なの?」と聞くと「上手に使えば怪我はしないのよ」と笑った。

「パイってどんなもの?」

「パイもどきなの。パンの上に果物を乗せて、焼くのよ。私一度だけ教えてもらったの」

 僕も何か手伝いたかったけれど、周りをウロウロしていると邪魔になるだけだとわかったので、海へ行くことにした。

 一人で砂浜へ行くのは多分すごく久しぶりで、僕はしゃべることなく、黙って海へ行って黙って潜った。うらうずがいを獲りながら、ウェルばあに何か入れ物もらえないかなぁと考えた。獲った貝は全部チェストの上に置いていて、最近は置きにくくなっていた。かといって、捨てることもできなかった。あれは全部、僕がリトルナーレのために獲って、リトルナーレが僕のために拾ってくれた貝だからだ。

 いつものようにうらうずがいを持ってリトルナーレに手を振ろうとしたけれど、砂浜には誰もいなかった。あの白いスカートも風に揺れていなかった。かもめも飛んでいなかった。

 僕は急につまらなくなって海から上がった。うらうずがいを持って、すぐに家へ帰った。リトルナーレに貝の入れ物について何か聞きたかったし、何かしゃべりたくてたまらなかった。一人でいるのはこんなにつまらなくてさみしいのかと僕は思った。

 家の近くまで走ると、家から煙が出ていて、慌てて家に駆け込んだ。良い香りが家の外までしていたけど、それ以上に煙が気になった。

「どうしたの?」

 リトルナーレは出掛けた時と同じように台所に立っていたけれど、オーブンに手を突っ込んでいた。机の上にはオーブンの前に置いてあった布なんかがたくさん置いてあった。

「煙が出ていたから、どうしたのかと思った」

 リトルナーレは笑ってオーブンの扉を閉めた。持っていたうらうずがいをあげるとリトルナーレはありがとうと笑ってチェストに置きに行った。僕は一人になるとオーブンの中を覗いたけど、よく見えなかった。どんな風になっているのか見たくて、黒い取っ手をつかんだ瞬間、僕は叫び声を上げて手を離した。

「何やってるのよ! 焼いてるんだから熱くなってるのに!」

 叫び声を聞きつけたリトルナーレも叫んで、僕の手に水をかけた。それからじっと手を見て言った。「大したことないみたい」

 僕はオーブンがあんなに熱いものだと知らなくて、それに懲りてパイが出来るまではオーブンには近寄らなかった。窓から海を眺めながら、そういえば最近リトルナーレは窓の外を見なくなったと思った。確か、この前お母さんが帰ってきてからだ。そういえば、前に帰ってきてから今日は何日目なんだろう?

 パイは焼けていくと良いにおいがしてきて、リトルナーレは手袋で扉をつかんで開けた。

「できた?」

「うん、丁度良いくらい。レステ、机の上の物どけてくれる?」

 僕は言われた通りに全てのものを床に降ろすと、まずまな板を置いて、それから葉に包まれたパイを置いた。

「なんで葉でくるんでるの?」

「焦げないようによ」

 リトルナーレが葉をめくると、湯気が上がって良い香りがもっとした。僕は手を伸ばそうとして、止めた。オーブンをさわった右手を引っ込めて左手を出した。

「これ、熱い?」

「持てないほどじゃないわ。でも食べる時は気をつけてね」

 僕はそうっとパイを取った。確かに持てないほどじゃなかったけれど、それでも熱かった。これがパイかと食べてみると、熱くて熱くて味わうどころじゃなかった。それでも次第に冷めていって僕は落ち着いてパイを食べた。パイは果物よりも食べごたえがあって、すごく良いにおいがした。食べていると上に乗っている果物が落ちてしまうので、その度に拾って食べなければいけなかった。リトルナーレもしょっちゅう落としていて、笑いながら食べた。机の上はべとべとになって、「汚い」とリトルナーレは苦しそうに笑った。

「これ、本当はダメなのよ。落としちゃダメなの」

 リトルナーレも僕も「おいしい」と言いながら全部食べてしまった。それからは、時々パイを焼いてくれるようになった。僕はパイも、パイの香りも、パイを焼くリトルナーレも好きだった。


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