表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを呼ぶ声  作者: 貴戸わたり
2/15

第二話 リトルナーレの家

 リトルナーレの家に初めて入ると、ぼくは自分の家に入ったような気になった。部屋の場所なんかが同じだったからだ。扉を開けると台所があって、右に部屋がひとつある。多分もっと奥にはトイレとかがあるはずだ。部屋には大きな窓があって、ベッドの向かいには大きい箱のようなものがあった。ぼくの家と違うのは置いてあるものぐらいで、窓からはぼくの家と同じ海が見えた。リトルナーレの家の周りにもオシロイバナが咲いていた。

 リトルナーレの家はぼくの家と同じだった。でもベッドはぼくのよりもずっと大きかった。

「大きいベッドだね」

「これ、三人用なの」

 リトルナーレはぼんやりした顔で言った。ぼくは家の中を歩き回った。家には本もおいてあった。他にも見たこともないものがたくさんあった。

「お母さんに、手紙を書こうとしてたんだけど。でも、どうやればいいのか全然わからないの。どこにいるかもわからないし……」

「じゃあ、リトルナーレは字が書けるんだ」

 リトルナーレのいる部屋に戻ってきて、すごいなあとぼくが言うと、リトルナーレは「書けないの?」と言った。

「うーん、教えてもらったんだけど、わからないし、おばさんがもういいって教えてくれなくなったんだ」

 リトルナーレはぼくをじっと見て、それからあの顔で笑った。ぼくはこの顔が大好きになっていた。

「教えてあげる」

「本当?」

 ぼくはうれしくなって叫んだ。机をたたいて「今から教えて」と言った。リトルナーレはちょっと持っててと言って、台所からノートと鉛筆を持って来た。

「……お母さんたちは街に行ってるから、泊っていく?」

 ぼくはもちろん「うん」と言った。「ぼくの家もだれもいないんだ」

 リトルナーレは椅子に座ると、ノートに何か書いた。ぼくがそれを見ると、やぱりリトルナーレはぼくを見て笑った。でもそれは村の人が笑うようなものではなかった。リトルナーレは楽しそうに笑って、また言った。

「わたし、笑ったのって久しぶりなの。ねぇ、明日一緒に森へ行こうよ」

 ぼくも笑ったのは久しぶりだった。字の練習をやめて、ぼくとリトルナーレはずっとしゃべっていた。ぼくの知らないことや、海のこと、花のこと、森の果物のこと。お母さんたちのことはしゃべらなかった。

 リトルナーレのベッドには、ベッドと同じぐらい大きい布団があった。気持ちの良い布団に入って、月が一番上に登ってきてもしゃべった。それはすごく楽しくて、ぼくはずっとそうしていたいと思った。

 そしてぼくは初めて暖かいベッドで眠った。うれしくてうれしくて、なかなか眠れなかった。リトルナーレも眠れないらしくて、顔を見合わせて笑った。ベッドは二人で一緒に寝ても大きかった。

 その日からぼくはいろんなことを教えてもらった。


 朝起きるとリトルナーレと森へ行った。リトルナーレはかごを持っていて、僕に渡すと台所からもうひとつ持ってきた。

 森には村の人もいたけれど、いつもよりは少なかった。リトルナーレは地面に落ちている実を拾い始めた。僕は少し考えてから同じように実をひとつ拾ってみた。それは想像していた通り、黒くて柔らかかった。

「ねぇ、これ、食べない方がいいよ。僕一度こんなの食べてお腹痛くなったから」

 リトルナーレはかごに入れた実を取り出してじっと見た。それからかごに戻すとこっちに来て僕の持っている実を見た。

「腐っている所だけ切り取るのよ」

「どうして木から採らないの? おいしいよ、こんなのより」

 僕がいつも食べているのは、もっと新しい実だった。落ちている実は見るからに不味そうだった。するとリトルナーレは白いスカートをつかんで離すと、木を見上げて言った。「登れないのよ」

 リトルナーレはずっと落ちている実を食べていたらしかった。それも村の人たちが良いものを拾った後だから、残った悪い実しか落ちていないんだと言った。僕はずっと木に登って好きなだけ採れていたけれど、リトルナーレは少ししか食べられていないようだった。

「僕、登れるよ。採ってこようか」

 そう言うと、リトルナーレはすごく喜んで跳びはねた。

「それなら私、下で受け取るわ」

 僕はうなずいて、いつものように木に登っていった。リトルナーレは下で「すごい」と笑いながら叫んでいた。僕もうれしくて楽しくなっていつもより多めに実を採った。「落とすよ」と叫んでそのまま手を離すと、実は静かに落ちていった。リトルナーレはそれをよたよたしながら受け取った。

 僕はリトルナーレの所へ落とせように、乗っている太い枝の端へ動いた。それから実をひとつ落とすと、リトルナーレはまたそれを受け止めた。一つ一つリトルナーレに落としていって、全部で十個ぐらいになると下へ降りた。

「きれいね、本当に。手間はかかるけど」

「おいしいよ、それ」

 家へ帰って二人でそれを食べていると、リトルナーレがまた文字を教えてあげると言った。僕はすっかり忘れていたけど、リトルナーレはちゃんと覚えていて、台所にある大きな箱から絵本を二つ持ってきてくれた。

「覚えられるかな」

「大丈夫よ。ちょっとずつなら……」

 リトルナーレは絵本を開きながら言った。やっぱり知らない字ばかりだったので、わかるものだけ書いた。組み合わせを覚えさえすれば、いくつかの言葉を書くことができた。

「これがトリ、これが……、ん?」

 またわからないものが出てきた。これで六つ目だ。「これはカメよ」リトルナーレが反対側からノートに文字を書いた。僕はつぶやきながら何度か書いていった。そしてそれを手で隠して、もう一度書いた。

 見ずに書けたのでうれしくてリトルナーレの方を見ると、リトルナーレは窓の外を見ていた。首の後ろを両手でさわって、体を小さくしていた。どうしたんだろうと名前を呼ぶと、外を見たまま小さな声で言った。

「お母さんが街へ行ってから、今日で一週間なの」

 リトルナーレは僕の顔を見て言った。

「明日、帰ってくるかしら?」

 僕は「わからない」と言った。リトルナーレはまた窓の外を見て、僕はリトルナーレの横顔を見ていた。


 暗くなると、またベッドに潜った。シーツは冷たくて、僕はリトルナーレの服に顔をくっつけた。暖かく、布の柔らかい感触が気持ち良くて、しばらくそのままじっとしていた。リトルナーレは何も言わず、しばらくすると僕の服をつかんで、丸くなって眠ってしまった。

 その夜はどうしてかさみしくて、自然に体を寄せて眠った。夜が更けて朝が来ても、リトルナーレは僕の服を放さなかった。僕もリトルナーレの服を放さなかった。


 次の日の昼過ぎに、リトルナーレのお母さんたちは帰ってきた。昨日と同じように窓の外を見ていたリトルナーレは叫んだ。うれしいのか悲しいのかわからないような声だった。

「帰ってきた! お母さんだわ!」

 リトルナーレがイスから立って窓辺に行ったので、僕も窓に寄って外を見た。

 リトルナーレのお母さんたちは村の人たちのように大きくて、村の人たちよりもいろんな色の服を着ていた。不思議なぐらいキレイな色の服だ。あの人たちがリトルナーレのお母さんかぁと僕は不思議に思った。

 話し声が聞こえて、リトルナーレは扉の方へ走った。お母さんが帰ってきたのに、リトルナーレはうれしそうな顔をしていなかった。むしろ引きつっていて、扉の前で急に立ち止まると小さな声で僕に言った。

「お母さんたちびっくりするから、窓から出て帰って」

 どうしてびっくりするんだろうと思いながら、大人しく窓から外に出た。リトルナーレはスカートのすそを強くつかんで、僕に聞いた。

「お母さん、大丈夫かな?」

 リトルナーレの言うことがよくわからなかったけれど、扉が開いたので急いでオシロイバナの影に隠れた。振り返って見ると、リトルナーレはその場に立ったままだった。

 目の前には獣道が続いていた。僕は今日、冷たいベッドで寝るんだなぁと思った。

 夜はとても寒かった。でも、今までだって夜は寒かったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ