2ちょろ
学園には「女王」がいる。
生徒に王族エリック第二王子がいるが、「女王」はその婚約者チェルシー・アルバーン公爵令嬢を指す。
艶めく黒髪に切れ長の瞳は冷たい碧眼。堂々とした態度はまさに女王の風格をただよわせ、表情は何時も凛とし、変わることはない。
生徒は彼女にを恐れて、避ける。
それは婚約者も同じであった。
「あの女は、本当に忌々しい」
「殿下お声が少し」
側近にたしなめられ少し声を落とすが、苛立ちはつのる。
「『女王』とおごる女を婚約者としているんだ、少しはいいだろう」
気持ちはわからないでもない。
チェルシー・アルバーン公爵令嬢は出来過ぎている。
語学は5か国語を流暢にあやつり、茶器を持たせれば甘露なる茶を入れ、完璧なマナーを披露し、書に向かえば歴史に深い理解をみせる。
せめて愛らしい笑顔やスキがあれば話が違ったかもしれない。
かの令嬢は鉄面皮と呼ばれ学園では誰も笑顔を見たことがなかった。
先程も、チェルシーは先日行われた試験の結果を持ってきた。
エリックが受け取りみると、ほぼ満点の評価点に最高評価の優ばかり。
「いかがでしょうか」
チェルシーは顔色ひとつ変えず待つ。
学園の試験では順位は発表されず、個人の評価が渡されるだけである。
だがこれだけの評価をとれば間違いなく、1位だろう。
「まあまあだな」
「精進いたします」
エリックの言葉に静かにうなずくと離れて行った。
言い返すこともない。
思い出すだけで腹がたつ。
「あの女も心の中でもは私を嘲笑っているのだろうさ。王妃から産まれただけ、血統だけの王子。兄上に何も敵わないのに皇太子だ。私ですら自分を笑いたいくらいにな」
側近は止められない。
エリックは出来が悪いわけではない。十分優秀だが兄上アルフレッドや婚約者のチェルシーと比べると劣ってしまう。
そのことがエリックの心に影を落とした。
「そんなことないです!」
ピンク色の髪の生徒がエリックに駆け寄る。
小柄で、エリックを見上げる目が雄弁に語る。
「ご自分を、その努力を笑わないでください」
「君はマリア・エイミス男爵令嬢か」
エリックは女生徒を見下ろす。
整った顔にある大きな翠の目が、じっとエリックを見つめる。
「私のような下級貴族の名を覚えていらっしゃることや、この硬くなった手が努力の証ではありませんか」
マリアはエリックの握りしめた手を取り、優しく指を広げた。
手のひらに残る爪の跡。
どれほど強く握っていたのか。
「目の下にクマもあります。この度の試験では無理をなされたのでは」
マリアの目には真摯な、エリックを心配する心が見て取れる。
エリックは婚約者の冷たい目を思い出した。
「マリア嬢」
「マリアでかまいませんわ殿下」
だって同級生ですものわたし達とマリアは笑った。
「…マリアは優しいな」
エリックはマリアの手を握った。
華奢で柔らかな手の感触にエリックも笑みがこぼれる。
マリアはエリックに手を握られて頬を赤く染め、目はあちこち泳ぎ出した。
「で、殿下、て手を離していただけませんか」
エリックはマリアが手を引いても離してくれない。
今更ながらエリックの手を自分から触っていたことが恥ずかしくなり、不敬にあたるのではないかと心配になった。
エリックは笑みを深めて言う。
「エリックだ」
「えっ?」
「私は君をマリアと呼ぶ。だから私をエリックと呼んでくれ」
いくら学園の生徒とはいえ王族を名前で呼ぶことはない。
それこそ家族やごく親しい友人、婚約者に許されたこと。
「ふ、不敬にっ」
「私が許す。マリアがエリックと呼ばないとこの手は離さないよ」
「そんなぁ」
先程までの真面目な顔から、笑顔、今の情けない顔までマリアの表情はよく変わる。
ついに吹き出したエリックは、マリアが真っ赤になって「エリック様」と呼ぶまで手を離さなかった。
側にいた側近はエリックが元気になってよかったやら、イチャイチャに巻き込まれて居た堪れなかった。