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廻る日常

 その日の夜、また夢を見た。今までとは少し違う夢だった。意識ははっきりしているが、視界は真っ暗で身体の感覚もない。そんな中、沙綾の泣き声だけが聞こえていた。

「私、頑張るよユキ。だから、絶対、絶対に……」

 気が付くと僕は、見慣れた自分の部屋で横になっていた。



 翌日の朝は、いつもの時間より早めに目を覚ました。あれはいったい何だったのだろうか。しかし、納得できるような答えは見つけ出せなかった。

「うー、寒い」

 僕はいつものように布団の中から上半身を出し、すぐ近くのテーブルに置いてあるリモコンを手に取る。軽い機械音が鳴り、エアコンが生暖かい風を送り始めた。もぞもぞと僕は布団の中へと、再度潜り込む。

 少し経つと、玄関の呼び鈴は訪問者が訪れたことを知らせた。下の階では、母が訪問者を迎えているらしかった。そして、階段を慌ただしく登ってくる音が響く。

「また沙綾か……」

僕は昨日のように布団を亀の甲羅に見立て、徹底抗戦の構えを取る。ドアが勢いよく開き、

「おっはよー!」

と、朝からテンションの高い声が部屋に広がる。

「うるさい……」

僕はくぐもった声で抗議する。

「あ、酷いなぁ。可愛い幼馴染が起こしに来てあげたっていうのに」

声に怒った様子はなく、反対に楽し気な声色である。

「今何時?」

「んー、6時?」

「なんで疑問形なんだよ」

「だって、朝起きて、すぐに準備してユキの家に来たんだもの」

「おばあちゃんかよ」

柔らかい僕の甲羅に一発の蹴りが入る。

「何か言いましたか、ユキくん?」

「なんでもないです……」

声はにこやかだが、その後ろに言い知れぬ圧力を感じた。

「取り敢えず、もう少し寝る」

「ダメ」

沙綾が甲羅を掴んだようだった。必死に手と足を使い、2度目の甲羅剥がしを成功させないように僕は抵抗した。

 しかし、流石は運動系女子。文系軟弱男の僕よりも、身体を使った競い合いは上手かった。沙綾は一度手を緩め、僕の力と気が緩んだ一瞬、全力で布団を奪い去った。年頃の男として、悲しい経験だった。

「ユキ、今度こそおはようだね」

彼女は優し気に微笑んだ。が、実際は布団の上で縮こまっていたので、僕はその顔を見ていなかった。横腹に2発の蹴りが入る。内臓たちは小さく悲鳴を上げた。

「沙綾、お前……」

蹴られた個所を抑えながら、我が幼馴染を見上げる。案の定、ニコニコと笑っていたが、その笑顔に恐怖を感じる。

「お、おはよございます、沙綾さん……」

「うん、おはよう、ユキ」

怖い。

「ごめん、もう一度聞くけれど、今は何時?」

「えっとね、6時!」

「だから、早いって!」

「早起きは三文の徳っていうじゃん?」

「それにしても早過ぎる!」

「”可愛い”幼馴染が起こしに来てあげてるんだから感謝しなさいよ」

「全く、昨日と同じ時間に起こしに来て……」

僕はやれやれと言った風に両手を振る。

「え、昨日?私、昨日は来てないよ?」

つい昨日の出来事をも、沙綾は忘れてしまうのか。あるいは、僕を馬鹿にしているのか。

「何を言ってるんだよ、昨日来たじゃん」

「え、だって昨日私、学校休んだし……」

「だって、そんなはずは……」

瞬間、僕の頭に激痛が走る。反射的に頭を抱える。

「ちょっとユキ!大丈夫!?」

「うん、大丈夫……」

幸いにも痛みは、すぐにどこかへ行った。

「取り敢えず、朝ごはん食べてくるよ……」

僕はフラフラしながら立ちあがる。

「う、うん……」

心配そうな沙綾の顔が目に入る。

「心配しなくても、大丈夫だって」

「分かった。じゃあ、ここで待ってるね」

「ああ。それと、漫画なら自由に読んでて良いからな」

「ユキが心配で漫画なんて読めないよ!いや、読むけれども」

「お前なぁ」

気の抜ける笑いが漏れる。夢で見た落ち込んだ沙綾よりも、やっぱりこっちの沙綾の方が良い。

「じゃあ、言ってくる」

うん、と沙綾は手を振る。僕は部屋のドアを開けて1階のリビングへと向かった。



 そして僕は、小さな違和感の大きな正体を、少しずつ自覚していくことになる。


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