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繰り返さない非日常と回帰

 その日の夜、僕は小さい頃の夢を見た。確か小学校に入る少し前の出来事だった。

僕はいつものように1人公園の砂場で遊んでいた。すると、少し年上の男の子たち3人が来た。その男の子たちは砂場で遊ぼうと僕の所へ近づいてきた。

「おい、ここは俺たちの遊び場だ。お前はどっか行って遊べよ」

生意気な年上の言葉に、小さかった僕は後先考えず、

「お前たちがどっかへいけ」

と返した。その一言が彼らの怒りを買ったらしく、喧嘩が始まってしまった。

 もちろん数でも負け、相手は年上ということもあり、喧嘩とは言えない一方的なモノだった。僕は蹲り必死に耐えるしかなかった。もう駄目だ、と泣きそうになった時、

「こらー!やめろー!」

女の子の怒鳴り声が聞こえた。同時に、僕を蹴っていた攻撃の手が止まる。顔を上げると、沙綾の後姿が、1人の男の子に馬乗りになりボコボコと叩いていた。他の男の子たちは呆気に取られて、その光景を暫くの間見ているだけだった。

「ユキをイジメる奴は、この私が許さないからなー!」

沙綾は今にも泣きそうという声で叫んでいた。

「さ、沙綾……」

「もしユキを泣かせでもしたら、どこまででも追いかけていってお前達を泣かせてやる!」

「沙綾!」

僕の声に沙綾の拳がピタッと止まる。ゆっくり振り返る沙綾の瞳には、涙が浮かんでいた。

「沙綾、もう大丈夫だから。もう帰ろう……」

体中の小さな痛みに耐えながら、僕は立ち上がる。年上の男の子たちは、沙綾の気迫に押されたのか、もう戦意が喪失しているようだった。

「うん、帰る……」

沙綾は男の子への馬乗りを解き、僕の方へと歩いてくる。馬乗りされていた男の子は、鼻から血を流しているのが見えた。僕たちはどちらからとも言わずに、手を繋いで公園を後にした。沙綾は空いている手で涙を拭っていた。


「沙綾、助けてくれてありがとうね」

沙綾が落ち着くのを見計らうと、自然とそんな言葉が口から出た。

「幼馴染だし、そんなの気にしなくていいよ」

沙綾はまた泣きそうになりながら答える。

「本当は僕が男の子だから、沙綾を助けなくちゃいけないのに」

「男とか女とかそんなの関係ないよ。私は、私の好きな人が泣いたりしてるのを見たくないだけなの」

「そっか……」

女の子を守るべき男の子が、女の子に助けられる。しかも、その女の子も自分より強い相手に立ち向かうのは怖かったはずだ。僕は自分の非力を恨んだ。

「でも、もしこれから沙綾が困ることがあったら僕が助けるよ。誰よりも先に沙綾を助けに行くよ」

確証のない出鱈目な約束が口を吐く。しかし、沙良は

「うん。約束だよ。必ず助けに来てね」

と泣き腫らした目で笑った。




―――あの時と全く同じだな。目の前に降り立った女子生徒の後ろ姿を見て、少しも成長していない自分に嫌気がさす。

「危ないから、少し下がっててね」

言い終えるなり、彼女は真っ直ぐに能面へと駆けだした。能面は真正面から来るか細い敵へと向け、片腕となった拳を真っ直ぐに打ち出す。巨大で堅固な拳が当たれば彼女は一たまりもない、と僕は考えていたが、それは杞憂であった。彼女は空いた手で岩のような拳を受け流し、能面の懐へと潜り込んだ。能面は自身の繰り出した拳の勢いと受け流された勢いで、前のめりの態勢になった。彼女はいつの間にか柄を両手で握っていた。そして、白銀に煌めく刀身を深く沈みこませ、目では捉えきれぬような速さで振り上げた。月の光を反射した美しい残光が能面の身体を縦に横断した。能面の身体は真っ二つになり、彼女を避けるように地面に落ちた。


 

腰に携えた鞘へと刀をしまいながら、彼女は僕の方へ向かってきた。近づく彼女の顔を見れば見るほど、沙綾に似ていた。しかし、別人ではないかと考えてしまう理由はその容姿があまりにも大人びていたためだ。

「大丈夫だった?」

まるで日常とでもいう様な感じで彼女が僕に尋ねる。

「あ、はい、一応……」

「よしよし、なら良かった」

彼女は腰に手を当てて笑う。まるでおっさんのような仕草だった。

「取り敢えず今日はもう家に帰りなさい。そして明日、さっきのゴリラについて詳しい話をしましょう」

なんだか彼女のペースに乗せられて、話が進んでいる。

「まぁ、なんていうか、その……。明日の朝、何かしらの違和感があるかもしれないけれど、学校には必ず行くのよ」

「はぁ……」

「気の抜けた返事ね……」

「いや、頭の処理が未だに追いついてなくて」

「それは明日になれば解決、いや、解決はしないか……。取り敢えず、分かることはできると思うよ」

「解決しないんですか……」

「解決できれば、こっちも万々歳なんだけれどねぇ」

彼女は手をパンと叩く。

「よし、それじゃあ私も疲れたから、今日はこれでおしまい!」

「えぇ……」

「気を付けて帰るのよ、それじゃあ!」

彼女が去って行こうとした時、僕は自然と口が動いた。

「あ、あの、名前、教えていただけませんか」

彼女は一瞬考える様にして答えた。

「私の名前は、一二三城ひふみじょう あや

「ありがとうございます……」

どこかで期待していた名前とは違い、僕はどこかガッカリしていた。

「おやおや~、どうしたの~?」

「何でもないです」

「なんでもないわけないでしょ。ほら、お姉さんに言ってみなさいよ~」

一二三城さんはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる。

「本当に何でもないですから」

「そっか~。ま、この話も追々聞いていくから、覚悟しておいてね」

と右目でウィンクをする。

「何なんだこの人……」

「ん~、心の声が漏れてるよ、少年」

笑顔が威圧的なモノに変わる。

「あ、それじゃあ僕、そろそろ帰りますね」

地面に落ちていた鞄を拾い上げ、家へと足を向ける。

「おいおい、逃げるんじゃないよ~」

後ろから軽い非難の声が飛んでくるが、僕は気にしない。しかし、少し進んだところで立ち止まって振り返る。

「あの、今日はありがとうございました!それじゃあ、失礼します!」

近所迷惑かもしれないと思いつつも、少し大きな声で一二三城さんへ御礼を伝えた。一二三城さんは、にこにこと柔らかく笑いながら手を振った。

 高揚感を心のどこかに持ちながら、僕は帰路へとついた。

 その時、能面の死体が無くなっていることには気付くよしもなかった。


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