繰り返される日常 2
人間は古来より環境に適応し、種の繁栄を築いてきた。適応と言うよりも、生活の出来る環境を作れる知恵があった、と言う方が正しいのかもしれない。
この時代も例に漏れず、環境に適応し殆どの人間は冬が続くことを受け入れていた。「1年周期で訪れる冬が、1年間続くだけである」と、諦めの雰囲気が蔓延していた。また、それに呼応するかのように、野菜や米を作る農家の廃業や医療費の増大などマイナスの影響も出始めていた。
僕と沙綾は、左右に雪の壁がそびえ立つ見慣れた通学路を進んでいた。道路には昨晩積もった真っ白な雪が敷き詰められている。既に作られた足跡を僕たちは辿っていた。出来る限り労力を使わない歩き方を模索した結果、先人達の足跡の上を進むことが1番楽という結論に至った。とは言うものの、足跡は1つしかなかったため、沙綾が僕の後ろに付いてくる形になっていた。
「ちょっとー、歩くの早い」
後ろから柔らかめの雪玉が飛んでくるが、僕は歩く速度を落とすつもりはなかった。
「女の子は足元にも気を遣うから大変なんだよ」
沙綾は雪道では歩きにくそうなブーツを履いてきていた。反面、僕は雪道と戦うためにお洒落さを犠牲にしたスノートレックを装備していた。お蔭で足元の悪い道も難なく進むことが出来、濡れることもない。機能性を優先した僕の勝利だ。
しかし、ブツブツと後ろから飛んでくる不満の声に根負けし、歩く速度を落とすことにした。
「お?いいねぇ。私、そういうユキの何だかんだ優しいところ好きだよ」
調子に乗った笑い声が聞こえ、自然と溜息が漏れる。
せっせと雪掻きに精を出す人々を横目に、僕と沙綾はくだらない雑談を交わしながら大通りを並び歩いていた。
僕たちの通う高校は町の大通り沿いにある。家の前の狭い道路を2,3回曲がると、高校のある大通りに出る。近道もあるのだろうが、面倒臭いという理由から2人とも冒険はしていなかった。というよりも、近道という事は裏道が多くなるからだ。裏道は総じて道路の状況が悪い。町で行っている除雪も行き届いておらず、且つ利用者も少ないとなれば、路面状況の悪い箇所が多くなり、悲惨なことになりそうだったためだ。その点、大通りならば除雪は優先して行われ、移動に付随する変なストレスも少なくすむのだ。
信号待ちをしていた際に沙綾は、「そういえばさ、あの話ってもう聞いた?」とたった今思い出したであろう話題を振ってきた。
「あの話?」
「ほら、最近話題になってる」
学校の噂話などに疎い僕は、沙綾の言う“あの話”には見当がつかなかった。
「うちの学校でそんな話題になる話って何かあった?」
「いやいや、違うよ。学校じゃなくて、町中で流れてる噂があるじゃん」
「あー」
何となく沙綾の言わんとしていることが伝わった。
「もしかして幽霊の話?」
「そうそう!それそれ!」
信号が青に変わったことに気付き、僕たちは歩き出した。同じ制服のズボンやスカートを履いた高校生たちが我先にと歩いていく。学校はあと少しだ。
近頃、巷である噂が流れている。簡単に言えば、「人を襲う幽霊がおり、襲われた人間は存在が消えてしまう」といったものだ。ただ、人を襲っているのは幽霊という話もあれば怪物という話もあり、明らかに流言の類である。だが、ここ最近は人が消えるという事件が実際に多発していた。しかし、それは幽霊でも何でもなく、犯罪グループによる拉致・監禁が原因ではないかと僕は考えている。平和になった今の時代にも、昔からの暗部は存在し続けているものだ。
「その幽霊事件なんだけどさ、この辺りでも起こったらしいんだよね」
そうなのか、と相槌を打つ。正直なところ、あまり興味は無かった。
「もし私が襲われそうになったら、ちゃんと助けに来てよね」と、沙綾はいつものように悪戯っ気を含んだ笑みを浮かべた。
「はいはい、わかったよ。第一、沙綾を襲うような物好き幽霊は、そうそう居ないと思うけれど」
「えー、何それ酷くない!?こんな超絶美少女を放っておく存在は、この世に居ないはずだよ」沙綾はフンと胸を張る。
「ワー、ソウデスネー」
といつもの軽口の応酬に、肩の力が抜ける。
「ま、ユキも夜道とか人通りの少ない道は避けるようにね」
先ほどまでとは打って変わり、沙綾は真面目な顔になる。
「うん、そうするよ」
釣られて僕も真面目な調子になってしまう。
「やっぱり危険を意識的に回避するのは大切だからさ」
「うん。そんなことを言ったら、沙良もだからね」
「もちろん!私も乙女だし、常日頃からそういうところは意識しているよ」
「なら良いんだけれどさ。幼馴染として心配だから」
「そんなのはお互い様だよ」と沙綾は柔らかく笑った。
僕たちは、雪に埋もれて一部しか見えなくなった校門へと着く。
「まあ、もしユキが幽霊に襲われて、世界中の人がユキの事を忘れちゃったとしても、私は絶対に忘れないから」
「なんだそりゃ」と僕が言う前に、沙綾は昇降口へと走って行ってしまった。
走っていく直前に見えた彼女の頬は、ほんのりと赤い色を浮かべていた。