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繰り返される日常


 耳をつんざく鋭い音と共にトラックが徐々に視界を埋めていく。

何度も見た光景は、いつものように鉄の塊と接触する瞬間に意識が落ちていく。

 


 薄い光を受けた瞼をゆっくり持ち上げる。朝日がカーテンに当たり、より弱々しくなった光が僕を照らしていた。

「うー、寒い」

 空気は冷え切り、肌に突き刺さるようだ。のそのそと布団から這い出てテーブルの上に置いてあるエアコンのリモコンを手に取る。手元を見ずに感覚を頼りにボタンを押すとピッと軽い機械音が鳴り、エアコンが生ぬるい空気を送り出し始めた。布団へとまた潜り込み、部屋が幾らかでも暖かくなるのを待つことにした。 



 ウトウトし始めた時、玄関の呼び鈴が鳴った。母が訪問者を迎える声が聞こえ、また訪問者もそれに応えている。慌ただし気に階段を登る足音が部屋に近づいてくる。外に出していた頭を亀のように布団の中に引っ込めて徹底抗戦の構えを取る。

「おっはよー!」

勢いよくドアが開き、部屋の中に大声が広がる。

「そのぬくぬく温かい場所から早く出てきなさい!」

亀の甲羅のようになった布団を引き剥がされそうになるが、必死に抵抗を試みる。だが、抵抗虚しく羽毛の甲羅は簡単に身体から離れてしまう。


「おはよー、コウちゃん」と悪戯っ気を含んだ笑みで俺を見下ろしているのは幼馴染の三條沙綾さんじょう さやだ。毎朝起こしに来てくれる…という訳では無く、気が向いたら迎えに来るくらいの感じである。


「今って何時」寒さに身を縮めながら沙良に尋ねる。

「んー、6時?」

「早過ぎ!あと1時間も寝る余裕があるのに起こすなんて…」

「だってほら、早起きは三文の徳っていうでしょ?」

「早過ぎてもそれはそれで損になると思うけどな」

「全くユキはあーだ、こーだ言って可愛くないなぁ」

沙綾は納得していない様子で鼻をフンと鳴らした。

「あ、おばさんがもう朝食作るってさ。だから早く起きて食べてきなよ?」

「んー、わかった」ベッドに顔を埋めながら、床に落ちた布団を手探りで探す。

「そこ!さり気なく二度寝しようとしない!」

「三度寝だから大丈夫」

「いや、そういう問題じゃないでしょ」

俺が持ち上げかけた布団を足で押さえつける。

「沙良、足どけて」

「ユキが起きたらね」にっこりと笑う顔には得体のしれない迫力がある。

「わかったよ」渋々身体を起こし、ベッドから降りる。

「俺は下の階行くけど、沙綾はどうする?」

「そうだなー、私はここで漫画でも読んで待ってるよ」

と言いながら沙綾は本棚を物色し始める。

「いや、家に帰ってよ」

「一旦帰って、またユキの家に来るのって時間の無駄だからこのまま居る方が良いんだよね」

「沙綾が勝手に来たんでしょ…」

「その言い方酷くない!?折角幼馴染が起こしに来てあげたのに!」

「はいはい、どうもありがとうございます」

むー、とでも聞こえてきそうに沙綾は頬を膨らませる。根負けしたように俺は軽く溜息をつく。

「下で朝飯食べてくるから変なことするなよ」と言うと沙綾は、

「はーい!ベッドの下とかは見ないから大丈夫」子どものように無邪気な笑顔で応える。

ちなみにベッドの下には何の問題も無く、むしろ綺麗なくらいだ。時代は進み文明もかなり進歩した。現代の若者はその最新技術をフル活用しているのだ。




 リビングに行くと父は既にスーツに着替えて新聞を読んでいた。母は台所でちょこちょこと忙しなく動き回っている。朝のいつもの光景だ。


「おはよう」と母に声をかける。

「あら、おはよう。ちゃんと起こしてくれるなんて流石さっちゃんね」

僕を見た母は小気味の好い笑いを浮かべる。母は昔から沙綾のことを、さっちゃんと呼んでいる。僕も小学生の頃までは同じように呼んでいたが、思春期に入った辺りから名前で呼ぶようになっていた。

「朝からいい迷惑だよ、本当に」

溜息交じりに沙良を招き入れた母への抗議を示すが、「良い幼馴染が居て良かったわね」と笑われて流されてしまった。


 部屋の中央に置かれた木製の長方形のテーブルには、目玉焼きやウインナー、味噌汁、茶碗に盛られた白米が準備されていた。父の対角線上にある椅子に座り、母にした時よりも低いトーンの挨拶をする。父は新聞から僕にチラッと視線を移し「おはよう」と応える。いつからか父とはある一定の距離を取るようになってしまっていた。自分でももう少しコミュニケーションを取りたいとは思っているが、何を話したらいいのか分からないのだ。


 居心地の少し悪い中、用意された朝食を食べ始める。テレビは7月20日6時15分と表示し、いつもと同じニュースを取り上げていた。父の持つ新聞の一面もいつもと同じ内容だった。

朝食を食べ終えた僕は食器を流し台へ置きに行くと、

「あ、ワイシャツはそこに干してあるの着ていってね。それしかアイロンがけしていないから」と母は弁当と睨めっこしながら指をさす。適当に返事をし、ハンガーにかけてあるワイシャツを取り、自分の部屋へと向かった。




 部屋に行くと沙綾はうつ伏せになりながら漫画を読んでいた。お気に入りらしいクッションに顎を乗せ、こちらを見もせず「おかえりー」と気の抜けた声を出す。制服のスカートはめくれ上がり太もものほとんどが顕になっている。完全にリラックスモードだった。

「着替えるよ」

「うん」

沙綾は生返事をする。

「だから着替えるって」

「うん、良いよー」

「良いよじゃないよ!着替えるから出てって、って言いたいんだって!」

「幼馴染だから別に良いじゃん」

「幼馴染とか関係ないから!」

「おー、ユキは私の事を女だと思ってくれているんだねー」と沙綾は意地の悪い笑みを浮かべる。僕は堪らなくなり、沙良をクッションごと廊下へと引きずり出した。「もー別に良いじゃーん。小さい頃に何度もお風呂入ったし、今更恥ずかしがることなんてないじゃーん」と引きずられる間もずっと文句を言い続けていた。


 扉を閉めた後クローゼットへ行き、制服を取り出す。中学では学生服だったが高校はブレザーだった。真新しく慣れない着心地だった高校の制服も、3か月が過ぎて少しずつ使用感が出始めていた。ワイシャツ、ズボン、ネクタイと着ていき、少し袖の長いジャケットを羽織る。一通り着替え終わり、ドアを開けて沙綾を招き入れる。

 沙綾は体勢と位置がほとんど変わることなく、漫画を読んでいた。仮にも他人の家ではあるのだが、本当に何の気兼ねも無いようだ…。

「着替えた」

「はーい」と応え、ノソノソと起き上がる。漫画からは目を離さず、クッションを抱きかかえ部屋に入ってくる。沙良は部屋に入るなり、そのままベッドに倒れ漫画を読み進める。僕は何に対してかは分からないが諦めようと思った。


 少しの間思い思いに過ごし、そろそろ学校に行くかと荷物の準備をしていると、「よし」と沙綾は急に立ち上がり本棚に漫画を仕舞った。

「さあ、学校に行くよ!」

「今準備しているから、ちょっと待ってよ」

「えー、まだなの?ちゃんと昨日のうちに準備しておかないと!」

「昨日は疲れてたんだよ…」正論のため、反論も曖昧な内容となってしまう。

「やっぱり、早めに起こしに来て正解だったね」沙良は胸を張る。

「よし、行くか」

「無視は酷くない?」

スルーは僕なりのせめてもの抵抗だった。

部屋を出ようとすると、「あ、ちょっと待って」と沙良に引き留められる。

「どうしたの?」

僕が聞き返すのを待たずに、沙綾は僕の首周りに手を回していた。突然のことに心拍数が跳ね上がる。

「ネクタイが曲がってる」

沙綾はネクタイが気になったらしく、手際の良い手つきでネクタイを整えていく。少しの間、沈黙が訪れる。沙良の顔が近く、彼女が愛用しているシャンプーの香りが鼻をくすぐる。彼女の年齢相応に大人びた顔つきの中には、幼い頃の面影がしっかりと残っていた。長い睫毛に無邪気さを含んだ大きな目、スラッとした鼻立ちに薄い唇。小さな頃と変わらず綺麗な顔立ちだ。沙綾は僕の視線に気付いたらしく、雑さを含んだ手つきに変わる。

「どうしてそんなにジッと見てるのよ。手元が狂っちゃうじゃない」と上目遣いで言う。

「沙綾は昔から変わらないなって思って」僕は昔を思い出したためか、笑みが零れる。

「それ、どういう意味よ」とムッとした表情になる沙綾。

「沙綾と今もこんな風に一緒に居られることが何だか嬉しくて」

「ふぅん、よく分かんない、な!!」沙綾が思いっ切りネクタイを締め、僕は頼りない呻き声を出した。

「これで完成!どう、上手でしょ?」にししと白い歯を見せて沙綾は笑う。

全身鏡で確認すると、確かに僕が締めるよりも綺麗に仕上がっていた。沙綾は小さい頃、沙綾父のネクタイを締めていたため出来るのだと言った。

 



時間も丁度良かったため、2人で階段を降りて玄関へと向かった。玄関には沙綾が着てきたであろうコートが畳まれて置いてあった。沙綾はコートを手に取り着始める。僕も玄関に置いてある上着掛けからコートを取る。靴棚の上に置いてある茶色をベースにした柄物のマフラーも手に取り、首に巻く。首周りに風が纏わりつく感じがたまらなく嫌なのでマフラーは必需品である。


「あらあら、いつも通り2人仲良く登校ね」

階段を降りた音で気付いたのか、母が台所から出てきた。

「あ、おばさん、朝からお邪魔しました!」沙綾はニコニコと挨拶をする。

「全く本当だよ…」

「良いの良いの。私よりも、さっちゃんが起こしに行ってくれた方がバカ息子も素直に起きるみたいで助かってるのよ」

僕が悪態をつくも、2人は完全に流していた。この2人が揃うとどうにも僕の立場が弱くなってしまう。単体でも立場は変わらないが…。

2人の話が終わるのを見計らい、「それじゃあ、行ってきます」と母に告げ家を出た。



暦は日本の7月。ドアを開けると、そこには蝉の鳴き声や茹だるような暑さも照り付ける太陽も無い、ただ全てを凍り付かせる白銀の世界が広がっている。いつからだろうか、この世界から季節が無くなったのだ。


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