第一回戦 甲子園に連れてって!
「ピィ〜〜」
「上段回し蹴り、技ありっ!」
緋村さんの蹴りが、パスを受けた瞬間の大井先輩の頭に炸裂した。
「きゃああああ! 大井先輩―っ!」
「緋村先輩、がんばって〜!」
女子生徒から黄色い声援が飛ぶ。そして笛を吹くタイミングをつかんできたあたし。
しかし、緋村さんの蹴りを側頭部にもろに受けながらも、大井先輩は立ち上がった。
そのままシャツの袖をまくりあげ、きっちりと止めてあったボタンを2つほど外す。そして、軽く息を吐いてから体の調子を確かめるようにトントン、と軽くその場でステップした。そうして、ずいぶん身長差のある緋村さんを見下ろした。
緋村さんだって170cm以上はあるはずなのに……さすが大井先輩。2m近くあるんじゃないだろうか。そしてその頭部に蹴りを入れた緋村さんの身体能力は常軌を逸している。
つーか、大井先輩まで本気モード?!
あの川島先輩ともそれなりにうまくやっていたくらいに温厚な大井先輩が声を荒げた。
「板割ることしか能がない、空手部なんかに負けるかっ!」
「板なんか割ったことねーよ! いや、割れると思うけどな? ……ちっとは空手について勉強しやがれっ」
相手は先輩だというのに、緋村さんが口汚く応酬する。
ていうかあれ? 空手って板割るんじゃないの?
なんて素人大爆発の疑問には答えてくれるはずもなく、緋村さんと葛葉くんが順調にポイントを稼ぎ、一度もゴールを揺らすことなく先輩チームと競っている。
ある意味このヴァイオレンス・バスケというゲームは彼らにぴったりの勝負だったのかもしれない。
ところが、この試合で唯一得点に絡んでいない人物がいる。
「がんばれっ! 桂くん!」
ずっと隣で拳を握って応援していた今井くんの愛らしい声援が飛んだ。
そう、野球部員の桂くんは戦闘でも籠球でもまったく得点に絡めないでいたのだ。まあ、それは……仕方ないっちゃ仕方ないのだが。
とても女性と思えない身体能力を発揮している緋村さんをはじめとして、完璧なタイミングで攻撃を仕掛ける葛葉くん、それにバスケ部員3人の中に入ってしまっては、このルールで高校球児の活躍の場などない。
「ぴぃ〜〜。赤、ヴァイオレイション。インターフェア!」
鋭い一年坊主の声が飛ぶ……って、あたし笛吹いてないよ?! いま、自分でぴーって言ったでしょ、そこの一年坊主!
勝手に審判し始めた一年坊主の首にこっそり笛をかけておくと、彼は気づかずにそのまま笛を持ってコートを駆け回り始めた。
よし、これであたしがいなくなっても大丈夫……
「ヒビキちゃん、桂くん大丈夫かな……?」
こっそり逃げようと思ったのに!
逃げようとしたあたしの服の裾を、今井くんがしっかりと握っている。
そんなうるうるした瞳で見つめないで!
「桂くんだけまだ一点も……しかも、焦ってるみたい」
確かに彼は先ほどから反則を連発している。
きっと自分だけ役に立っていないという焦りからだ。
「赤、ヴァイオレンス。オーバーアタック!」
とうとう桂くんはボールを持たない川島先輩に攻撃を仕掛け、反則を取られてしまった。
「何だよ……あいつだけ足手まといじゃん」
「ゲームに水差すなっての」
観客の心ない陰口。
桂くんがぐっと唇をかみしめた時だった。
観客席から凄まじく大きな声が降ってきた。
「桂―――っ!」
会場にいた全員の視線が集中する。
そこには、顔を泥まみれにした野球少年の姿が――あたしの記憶が確かなら、あれは野球部の時期キャプテンと噂され、桂くんの女房役に当たるキャッチャーの相馬くんだ。
朝練習を途中で抜けてきたのか、大きく肩を揺らして息を整えている。
「なっ、相馬?!」
驚いた顔の桂くんに、相馬くんが何かを投げる。
遠くてよく見えないが、どうやらあれは……野球のボール?
「使え、桂っ! 野球部の底力、見せてやれ!!」
「相馬……」
ぱし、とボールを受け取った桂くんは、そのボールを大事そうに胸に抱え、そして唇を引き結んだ。
「うおっしゃあああ! 野球部なめんなああ!」
彼は気合い一閃、大きく振りかぶった。
か、桂くんの背後にマウンドが……甲子園が見えるっ?!
「甲子園に……」
エースピッチャーの投球。
「つれてってええええ!」
目測150km/h!
まっすぐに飛んだ剛速球は、ユニフォームを着たバスケ部2年の腹に鈍い音を立てて突き刺さった。
そのまま後ろ向きに吹っ飛ぶ姿を、会場の全員が声も出せずに見守っていた。
静まり返る体育館。
はっとしたあたしはとりあえず笛を吹いた。