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第一回戦 試合開始の笛が鳴る

 あの悲劇的なプロローグから二日後、朝6時50分。

 あたしは重い頭を無理やり叩き起こして体育館に向かった。もう、気が重くて仕方がない。

 この時間なのに廊下に生徒が多いのは、きっと気のせいじゃないだろう。

 大々的にメンバー募集をしたのが学校一のイケメンと名高い川島耕太先輩と、女子生徒にカリスマ的人気を誇る緋村琴音さんなのだ。注目を集めないわけがない。

 いかに荒神こうじん高校が進学校と言えど所詮は高校生。お祭り大好き、イベント大好きであることに変わりはない。

 がらり、と重い扉を開けると、早朝の体育館は、二人の決闘(?)を心待ちにする生徒で溢れかえっていた。

 ふと、二階席の最前列に陣取る上級生の会話が耳に入ってきた。


「んで、何で川島は2年の緋村を敵に回したんだ?」

「さあ? 本人に聞いたけど、あいつもいまいち覚えてなかったみたいだぞ」

「まあ、仕方ないか。川島だからな」

「そうだな、川島だからな」


 その会話で一気に脱力する。

 やっぱり……もう勝負したいだけなんだよね、二人とも。もう今井くんのことなんてどうでもいいんだよね。合言葉は「川島だからな」――それだけで、先輩がどんな扱いを受けているか知れるというもの。

 大きなため息をつきながら、バスケ部の有志によってすでに用意されたコートに向かっていると。


「ヒビキちゃーん!」


 後ろから愛らしい声が追いかけてきた。

 今回の騒動で一番不幸な、でも全くその不幸を感じていない少年が駆けてきた。


「おはよう! すごいねえ、ひぃちゃんも川島先輩も人気者だね! でも僕、ひぃちゃんに勝って欲しいなあ。川島先輩も嫌いじゃないけど、ひぃちゃんの方がもっと好きだもん」

「……おはよう」


 思わず顔が引きつったのは、今井くんがさらりと緋村さんへの好意を示したからではなく、彼のパーカーのフードに溢れんばかりのお菓子が詰め込まれていたからだ。

 キャンディー、ガムに、チョコレート。それどころか食べかけのお煎餅せいべいの袋まで入っている。


「今井くん、後ろ……帽子の中、すごい事になってるよ?」

「えっ?」


 今井くんが慌てて後ろに手をやると、その反動でお菓子がばらばらと落ちた。


「わっ、うわっ!」


 慌てて動く度にお菓子が体育館の床に散らばる。

 もう一度ため息をついてから、一緒に拾い始めた。


「あのねー、たまにねー、フードにお菓子が入ってるんだあ。でも、こんなに多いのは初めてだよ!」


 実は、荒神こうじん高校の生徒の間で、今井くんのフードにお菓子を入れるというゲームが流行っている。

 今井くんがまったく気づかず、それどころか『天使の分け前(エンジェルス・シェア)』と言って喜んでいるため、その流行は全く収束を見せないのだが。

 今日はまた一段とひどい! いや、今井くんが喜んでいるからむしろ豊作?


 一生懸命拾っていると、上から大きな声が降ってきた。


「さあ、風見響子さん! 試合を始めるとしよう!」


 あああ、そんな大きな声で、こんなたくさんのギャラリーの前で名前呼ばないでよ、先輩!

 あたしはあなたと違って穏やかな高校生活を望んでいるんですぅ……。

 などという心の声は届かない。だって先輩には声に出したって届かない。


 なぜか空手着に身を包んだ緋村さんが完全に戦闘態勢で川島先輩に指をつきつける。

 それだけでギャラリーから歓声が沸いた。


「手加減しねーぞ」


 その言葉は、なぜか歓声に負けず、凛とこの空間に響いた。

 緋村さんのチームはクラスメイトの葛葉くずはくん(空手部員)と、桂くん(野球部のエースピッチャー)。葛葉くんは先日の新人戦で地区代表になったって噂だし、桂くんもスポーツ万能の高校球児アスリートだ。

 どうやら緋村さんが強引に誘ったようで、葛葉くんは眠い目をこすっている。面倒くさがりな葛葉くんのことだ、そのうち『帰ろうぜ〜』なんて言い出すのは目に見えている。

 しかも、桂くんの方だって夏の大会が近いんだから野球部の朝練習があるはずだが。

 多くの人の犠牲の上にこの試合は成り立っているんだろう。


「望むところだ」


 対する先輩も不敵な笑みで応える。

 二人とも見た事はないが――あ、違った、左隣で制服のままため息をついているのはついこの間までバスケ部のキャプテンをやっていた大井先輩だ。川島先輩に無理やり引きずられてきたんだろう……可哀想に。

 もう一人は後輩だろうか。ちゃんとバスケ部のユニフォームを着ているあたり、生真面目で先輩の頼みを断れなかったんだろうことは一目で分かる。


 すると、あたしの元におそらく一年生と思われる坊主頭のバスケ部員が駆けてきて、ホイッスルを渡した。

 何? これ、吹けって?

 はやくはやく、と目でせかす一年坊主に押されて、大きく息を吸い込んだ。


――ピイイィィーーーーーっ!


 開始の笛が鳴った。

 こうして、もう理由も目的も分からなくなってしまった勝負が、スタートしたわけである。

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