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嵐の前のプロローグ (3)  緋村琴音

 いつもなら笑みを湛えている口元が、茫然と開かれている。綺麗な形をした眼が大きく見開かれていく。何より、頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。


「はっ、ははは、はじめっ……まして!」


 川島先輩が異常なまでに緊張した口調でそう絞り出した――この人がこんな様相を呈するのは、後にも先にもこれっきりだった。

 その様子を見て今井くんがきょとん、と首を傾げる。

 うっ、これは……!

 あたしの中で警鐘が鳴り響く。

 人が恋に落ちる瞬間を見てしまった――なんて、どこの少女漫画だ、それは!

 確かに今井くんは童顔で、笑った顔なんて本当に女の子のように愛らしいと思う。私服登校のこの高校において、男だと思われるより女に間違われた回数の方が多いんじゃないだろうか。

 彼が少々、いやかなりぼんやりとした性格で、間違いを否定しないからその勘違いは加速度的に広まっているのだが……!


「先輩、落ち着いてください! この子は……」

「おおおお、俺を知っていたのか?」

「はい。だってヒビキちゃんのスケッチブックにいっぱい描いてあったから。ずっときれいな人だなって……会ってみたいなって思ってました」


 うっ、今井くんの笑顔がまぶしいっ! キラキラと後光までさして見えるよ! そしてそれは今の先輩にとって目の毒だっ!

 ちなみにこの愛らしいクラスメイトの少年は、名前の響子をもじってあたしのことを「ヒビキちゃん」と呼ぶ。


「ふ、ふふふ、そうか。そうだろう!」


 先輩は大きな手で今井くんの両肩をつかんだ。

 ちょっと先輩、なにする気?!

 ところが今井くんはさらに不思議そうに首をかしげて先輩を見上げている。


「えと、川島先輩?」


 今井くんがそう言った刹那、さらに美術室の扉が乱暴に開かれた。

 いったい今日はどうしたというんだろう? こんなことならさっさと帰っておとなしくテスト勉強でもすればよかった!

 もう勘弁して、と振り向いたそこにいたのはこれまた整った顔立ちをした少年。


「こんなとこにいたのか、シュン」


 不機嫌そうに眉間にしわを寄せたのは、中性的に整った顔立ちの少年……いや、実は少女だ。

 クラスメイトの緋村琴音ひむらことね。和風美人な名前とは裏腹に、空手部唯一の女子部員にして170cmオーバーのすらりとした長身、ボーイッシュな顔立ちで学校中の女子生徒を虜にしている。髪はベリーショート、常に男ものの服を身につけているせいで、今井くんとは対照的に男に間違われることの方が多い。

 今井くんとは幼馴染で、はたから見れば付き合っているようにも見える。見た目性別が逆転しているとはいえ、非常に見目麗しい二人だ。美少女と美少年、並んでいても絵になる。

 ところが現実は、しっかりした緋村さんがオトボケ今井くんの保護者をつとめている、というのが正解らしい(本人談)。


「あ、ひぃちゃん。待ってて、少し絵を描いてから帰るから」


 川島先輩に肩を掴まれたままの今井くんがボーイッシュな少女ににこり、と笑いかける。

 その瞬間、少女の眉間の皺が倍増した。

 うっ、なんか……この部屋だけ気温が一瞬で氷点下?! これぞまさにツンドラ気候?!


「おいシュン、誰だ、それ」

「えーとね、川島先輩」

「んで? 聞くが、そいつが何でお前に触っているんだ?」


 幼馴染の少女の問いに今井くんはさぁ、と可愛らしく首をかしげる。

 突然の乱入者に驚いていた川島先輩も、はっとして今井くんの肩から手を離した。

 首を傾げる今井くん。睨む緋村さん。そして慌てる先輩。

 はたから見れば学校一のイケメンの先輩(?!)が可愛らしい少女・・に一目ぼれ。そこへ少女の幼馴染の少年・・が現れてあわや乱闘、みたいな?

 何このベタな展開! しかもいろいろ配役おかしいでしょ?!

 いや、先輩は明らかに目の前の愛らしい子が「女」で、乱入者が「男」だと思っているだろう。

 だからこそ、厄介だ。


「いったい誰だ? 一緒に帰るとは、まさか恋人! 君たちは恋人同士なのかっ?!」


 3人の容姿を考えると、まるで恋愛小説のワンシーンのような光景。もし今井くんがで緋村さんがならね。

 愛らしい今井くんと対照的に非常に男前オトコマエな緋村さんは、


「うるさいな、こいつこそ誰だよ」


 先輩ではなくあたしに向かって聞いた。

 この先輩を知らない女子生徒は荒神こうじん高校中を探してもあなた一人ですよ、緋村琴音さん。

 仕方なく川島耕太かわしまこうた先輩について簡単な解説をしてあげた。

 すると彼女はきょとん、とした顔をして川島先輩を指差した。


「耕太? この顔で耕太? 耕作の耕に太郎の太?」

「そ、そうだけど……た、太郎の太?」

「似合わねーっ!」


 げらげらと爆笑する彼女は心の底から楽しんでいる。

 いや、でも突っ込みどころはそこじゃないでしょう?

 学校一のイケメン(自称と言いたいところだが本当なのが悔しい)だとか、バスケ部のエースだったとか、模試でもしばしば全国ランキングに名を連ねているとか……気を惹く話題には事欠かない先輩の、なぜわざわざ名前に突っ込む?!

 しかもその瞬間にあたしのすぐ隣でツンドラ気候と正反対、熱帯ジャングルの猛暑が爆発した。


「……人が気にしていることをおおお!」


 え、先輩、自分の名前気にしてたの?!

 ど真ん中ストライクで先輩の傷を抉った緋村さん本人はすでに臨戦態勢。冷やかな目つきで今井くんの向いに佇む先輩を見ている。

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