第一回戦 乙女心と夏のソラ
「はあぁ〜、疲れたっ」
どうにか3日間にわたるテストを終え、あたしの後ろの席でぐったりと机に突っ伏したのは、あの対決以来さらにファンを増加させている緋村さん。
今も教室の外では下級生の女の子がちらちらとこちらを窺ってたりする。
そして、あたしに向けられる視線はちくちくと痛い……もしや、上履きがなくなるのは時間の問題か?
「……お疲れさま」
苦笑いで返すと、緋村さんもちょっと眉を歪めた。
「なあ、ヒビキ。結局あいつ、なんだったんだ?」
あいつ=川島先輩。
「うーん、それは……」
口ごもった瞬間、どどど、と大きな足音がして、教室の扉がばたん! と開いた。
嫌な予感。
恐る恐る振り向くと、そこにはあたしのスケッチブックの大半を占める顔があった。
鼻の頭に絆創膏をはっているのは、3日前の試合で顔面にボールを受けたせいだろう。まあ、そんなものきっと川島先輩にかかれば『俺の美貌を損ねる理由になりはしない』のだろうが。
その先輩は颯爽と教室に入ってくると、机にぐったりと突っ伏している緋村さんにびしりと指を突き付けた。
「今回は負けたが次は負けんぞ! 緋村あああ!」
あれ、先輩はその名前をどこで覚えたんだろう?
そして、つかつかと今井くんに歩み寄り、どこから取り出したのか小さな赤の髪留めをぱちん、と彼の柔らかそうな髪に留めた。
「そしてシュンちゃんに誕生日プレゼントだ」
「あ、ありがとう先輩!」
うわあ、可愛い笑顔向けちゃってるよ。っていうかそのヘアピン可愛いんだけど。もうなんか女の子にしか見えないんだけど。
っていうか、クラスの誰か突っ込めよ。
と思って周囲を見渡したが、誰も関わりたくないんだろう。もしくは面白がってわざと教えないでいるのか……みな遠くから見守るだけだ。
「でもね先輩、僕の誕生日は……」
その瞬間、絶対零度、ツンドラ気候の空気を纏った緋村さんがその間に飛び込んだ。
「シュンは渡さんっ! お前、勝負に負けたくせに往生際がわりーぞ!」
「誰が一回勝負だと言った! 次は駅伝で勝負だ!」
「なにぃーっ?! ただの駅伝じゃ面白くないから、フラッシュ計算駅伝にしようぜ!」
「この俺に算数で挑もうとは笑止千万! 返り討ちにしてくれるわあ!」
「お前らは小学生か」
ぼそりと呟いたが、やっぱり誰の耳にも届かない。
あたしの声を聞いてくれる人は、この先現れてくれるんだろうか。
はあ、と大きなため息をつくと、つんつん、と肘のあたりが引っ張られた。
振り向けば、そこには泣きそうな顔をした今井くん。
「……ね、ひぃちゃんと川島先輩、なんでまた喧嘩するの?」
それはね、君を取り合っているんだよ……相変わらず口には出せず、心の中で飲み込んでしまった。
「お前にシュンの何が分かる?!」
「無論、何でも!」
「じゃあシュンの親父の名前は?」
「健太郎っ!」
「はずれ!」
「では健二だな?!」
「違う!」
「健三郎っ!」
「それも違う」
「健四郎!」
「どんだけ『健』好きなんだっ。正解は『耕太』でしたっ! 耕作の耕に、太郎の太っ」
その瞬間、先輩の額に青筋が浮かぶ。
「その名を呼ぶなああ!」
ホント仲いいよね、この二人。だからお前たちが付き合えばいい(シンドリーちゃん風)。
またもめちゃくちゃな言い争いを始めてしまった二人を見ながら、今井くんに尋ねてみる。
「ちなみに今井くんのお父さん、本当は何て言うの?」
「健太だよ」
うっ、ニアミス?!
「でもさ、二人とも、またあんな風に戦ったりするのかなあ」
終わる事のない言い争いを見てため息をついた今井くんの為に、「この争いをやめる」という選択肢はあの二人にないのだろうか。
が、今井くんはにこりと笑って、言った。
「うん、でもひぃちゃんは負けないよね。だってすっごく強いもん!」
そんな今井くんの笑顔は、あの最後の瞬間に見た緋村さんの笑顔とダブって見えた。
お互いを信じる事が出来る、それこそが幼馴染のポテンシャルなんだろう。
可愛い今井くんと、カッコいい緋村さん。
きっと二人はこれでバランスがとれているに違いない。
そう思ったら、知らず、笑みがこぼれていた。
次のモチーフは、あの時の彼女の笑顔にしよう。
うん、きっとそれがいい。
そして、今井くんのスケッチの隣に飾るとしよう。
窓の外には、あたしたちの物語を飾るのに相応しい、最高の青空が広がっていた。
ここで第一回戦終了です。と、同時に短編連載部終了でもあります。
次回から、連載本編(?)となりますが、最後まで書きあげているわけではないので、亀の歩みになるかも……気長にお待ちくださいm(__)m