第一回戦 試合終了の鐘が鳴る
ボールを受け取り、高く掲げた葛葉くん。そして、投げてすぐ中央まで走り、葛葉くんの前で腰を落とし構えた緋村さん。なんだか引いた拳に気を集中させているように見える。
もしや、アレですか?! ドッジボールの試合で某漫画の主人公と親友の暗殺者くんがやってたアレですか?!
「そんな思いつきの技が通用するとでも思うのか!」
「やってみなきゃ」
緋村さんがカッと目を開く。
ボールを頭上に掲げそれを待ち受ける葛葉くん。
つーかボール持ってるんだからバスケらしく普通に投げようよ……なんてあたしの声は誰にも届かない。
「わかんねーだろっ!」
繰り出された正拳突きが正確にボールの真芯を捕えた。
凄まじい勢いで飛んだボールはそのままバックボードに激突し、そして、その反動で大きな音を立ててゴールリングを通り抜けた。
「ピイィーーーっ」
文句無しの得点。
そして、両チームの点差は1点だ。
残り時間はとっくに1分を切っている。
しかし、何とここへきて、先輩チームに焦りが出てしまった。
何と大井先輩が痛恨のパスミス!
ボールの所有は緋村さんチームへ。
もちろん彼女はすぐにそのボールを葛葉くんへ。
これが入れば逆転だ。
「次はオリジナルな!」
そう言って緋村さんは助走をつけて飛び上がった。
まさか今度はボールを蹴る気?!
「させるかあっ!」
ところがなんと、大井先輩が葛葉くんにタックルをかました!
笛を吹こうかと構えたが、そう言えばボールを持ってる人への攻撃は反則じゃないんだった。ああ、ここへきてアグレッシブだなぁ、大井先輩。
ボールを持つ葛葉くんの体が衝撃で倒れる。
何とか体勢を立て直したものの、予想外の攻撃に、ボールの位置がずれている。
すでに蹴る体勢に入っていた緋村さんは、葛葉くんだけは当たらないようにと無理やり蹴りの軌道を修正した。
体勢を崩しながらもなんとかボールに蹴りのインパクトを持ってきたが――
「しまった!」
ボールはと言うと、狙いよりも低く飛んだがためにゴールとのライン上で待ち構える川島先輩のもとへまっすぐ飛んだ。
「川島、避けろ!」
大井先輩の声もむなしく。
制御を失ったボールは、先輩の顔面にめり込んでしまった!
「ばちぃん!」
あっちゃあ、綺麗な顔が台無し……じゃなくて、すごい音したけど大丈夫?
顔面でボールを受け止めた川島先輩は衝撃を止めきれず、そのまま後ろに大きく仰け反った。
観客席から悲鳴が上がる。
緋村さんは大きく目を見開いた。
「っ!!」
残り時間は数秒。
もう勝負は決まったものと、そこにいた全員が思った。
ところが。
「がんばれ、ひぃちゃん!」
今井くんの声が響き渡った。
彼はあきらめていなかった。彼だけは、時間いっぱいでもまだ希望を捨てていなかった。
ひぃちゃんに勝って欲しいな――試合前にそう言った彼の必死の叫びは、きっと彼女の心に届くはずだ。
「シュン……」
会場の割れんばかりの声援と悲鳴を越えて。緋村さんの唇がそう動いたように見えた。
その瞬間、緋村さんの瞳に闘志の炎が戻ってくる。
「まだ終わってねえ!」
川島先輩の顔の上に乗っている状態のボールを見据え、大地を蹴った。
「ひぃちゃんっ!」
緋村さんは、最後に今井くんを見てにこりと微笑んだ。
一瞬なのに瞼の裏に焼きつくくらい、魅力的な微笑みだった。
「くらえっ、必殺……」
まるで羽根でも生えているかのように、緋村さんは軽く宙を舞った。
そのまま体を捻って先輩の顔の上のボールに狙いを定める。
「ウィリアム・テルっ!」
息子の頭の上の林檎だけを射抜いたかの有名なウィリアム・テルのように、先輩には全く触れずにボールだけを正確に蹴り飛ばした緋村さんは、その反動で背中から床に落下した。
ボールは真っ直ぐにゴールへ飛んだ。
ががん!
凄まじい音がしてボールはバックボードに激突する。
そのままリングとの間で跳ねまわる。
会場中がそのボールの行方を目で追っていた。
少しずつ、少しずつボールの動きは収まっていく。
そして。
ボールがリングを通り抜けたその瞬間。
あたしは、思いっきり、笛を吹いた。
――ピイイィィーーーーーっ!
その音は体育館中に響いて、まるで一瞬だけ時が止まったかのような静けさがその場を支配した。
響くのはボールが床を転がる音だけ……
「よっしゃああああ!」
緋村さんの雄叫びが上がる。
「わーい! ひぃちゃん、おめでとう!!」
嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる今井くんは、きっと勝利の女神(?)だ。
またフードからチョコレートが飛び出しているけれど、今は教えないでいてあげよう。
すべてが終わった……と思ったあたしたちの耳に、現実の鐘の音が響き渡る。
そう、予鈴だ。
だって今日は――
「しまったああああ! テストがああぁぁ!」
その川島先輩の雄叫びで、体育館内は騒然となった。
慌てて教室へ向かう者、焦りすぎて二階席から落下する生徒、そして動転したのかおもむろにモップがけを始める生真面目なバスケ部員。
それでもなぜか全員がテストに間に合うよう席に着いたのは、奇跡としか言いようがないだろう。
テストの結果がどうだったかは別として。