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嵐の前のプロローグ (1)  今井俊太

 この作品は、針井龍郎さま主催の「シャッフル企画」から生まれたものです。

 他の作者さまが提案したキャラクターを元に短編を書くという企画でしたが、原案の和藤様がくださったキャラ達が、短編で終わらせるには惜しかったので、このような形で連載することにしました。


 前半は依然投稿した短編を推敲しただけのものですが、もしよろしければ深く考えずに最後までお楽しみください!



08.7.12 早村友裕




 きっとポテンシャルはあったに違いない。認めたくなどないけれど――だって、あたしの周りには何しろそれっぽいヒトたちがたくさんいたんだから。



 けど、誓っていい。

 あたしはいたって普通だった。

 中学の時少しばかりみんなより勉強ができたからそれなりの進学校に入学して、少しばかり絵が好きだったから美術部に所属して、少しばかり世間に疎かったから特別目立つわけでもなく、だからといっていじめのように無視されるというわけでなく平凡な毎日を過ごしていた。


 それなのに。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう?


 それはずっと分厚い雲が覆っていた空が少しずつ晴れやかさを増し、テストさえ終われば世間一般的な『青春』の代名詞、17歳の夏がやってくるっていう、素晴らしい季節のことだった。

 その嵐の警鐘はあたしの気持ちになどお構いなしに唐突に、そして高らかに鳴り響いた。





 テスト二日前、放課後の美術室。

 こんなところにやってくるのはあたしくらいのものだ。それなりの進学校であるこの荒神こうじん高校の生徒であるならば、図書館、または帰って家でまじめに勉強するのが普通だろう。

 そうでなくとも、美術部なんて幽霊部員ばかり。まじめだった3年生の先輩たちが本格的な受験勉強を始めてしまってからはほとんど1人で活動していた。

 どこか埃っぽい、しかし絵の具の匂いに満ちた空気が迎えてくれる。いくつものキャンバスが描きかけのまま放置されている。スケッチ用の壺や、人間の上半身を象った石膏像が後ろの棚の上にずらりと並んでいた。

 いくつもの石膏像の視線を受けながら棚の前を横切り、日が差し込む窓辺にカバンを置く。そして、いつも持ち歩いているスケッチブックを鞄から取り出した。


 ぱらぱらとめくると、最初の方のページはほとんどが同じ人物の絵で埋められている。正面、横顔、全身の画も、後ろ姿まで様々な角度から描かれている。


「本当に……綺麗なひと」


 このスケッチブックに描かれた先輩は、性格には難ありでもモデルとしては一級だった。だから、あたしはその造形的な美しさにかれて、何度も何度もスケッチした。

 一つ一つ、丹念に手をかけて創られた美術品のように左右整った目鼻立ち、180cm以上はあるだろうすらりとした長身、すべての女の子を虜にしてしまうであろう柔らかな微笑み。

 それも、モデルになっても見られていることを意識せず、照れずに自然な表情でいられるという天性の――ナルシストだった。


「はぁ……」


 あの性格さえなければね。

 ぱたん、とスケッチブックを閉じた。

 そして、今日もしばらくキャンバスに向かって、入学してから何度も何度も繰り返してきた壺のスケッチでもしてから帰るつもりだった。

 ところがそうはいかなかった。



 カラカラ、と軽い音を立てて美術室の戸が開く。

 普段なら誰が来ることもない美術室にやってきたのはいったい誰?

 そう思って振り向くと、そこに立っていたのは――天使のように愛らしい少年だった。

 大きな目をきょとんとさせてこちらを見ているのは、クラスメイトの今井俊太いまいしゅんた

 女子として平均よりずいぶん低身長のわたしよりも5cmは低いだろう。小さな丸顔と愛らしい童顔のせいで、まるでテレビに出ている子役のようだ。パステルカラーのフード付きパーカーの袖から小さな手が半分くらい覗いている。色白の肌の中に頬がかすかに色づいていた。丸い目と小さめの鼻と口が完璧なバランスで顔の中に配置されている。色素が薄く焦げ茶色に近いサラサラの髪もよく似合っている。


「今井くん、珍しいね」


 とても同い年とは思えないほど幼く見える彼は、その容姿からクラスのマスコット、またはペット的存在としてみんなから可愛がられている。

 また、この可愛らしい少年は、美術部と吹奏楽部を兼部している。そのためこちらにはめったに顔を出さないのだが、何か月も見ていない幽霊部員たちよりはよっぽど部員らしい部員だった。


「こんにちは」


 おずおず、と美術室に入ってきた彼ににこりと笑いかけた。


「吹奏楽部の方は?」

「今日はテスト前だからお休みだよ」


 吹奏学部は多忙だ。この期末テストが終われば高校野球の応援と夏のコンクールが待っているはずだった。


「久しぶりに絵が描きたくて、きちゃった」


 はにかむように笑った顔も完璧だ。男とか女とか、そんなものもすべて超越している。

 この子は、平凡なあたしにとって唯一の癒しだった。この愛らしい子と少し話して、少し近くにいるくらいは許されるよね?


「隣でぼくも描いてていいかな?」

「いいよ。今日はきっと誰も来ないはずだしね」

「ありがとう!」


 そう言ってにこりと笑った今井くんを見て、決めた――今日のモチーフは彼にしよう。うん、きっとそれがいい。

 そして、この間描いたテディベアのラフスケッチの横に飾るとしよう。



 その時、再び美術室の扉が開いた。

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