9話 死せる砦
「っあっつぃ~よぉ……タツ~……」
「タツ様……休憩……しませんか?」
「確かに……もう休憩しないと……まずいよね……」
「……なんで俺までこんな目に。」
照りつける太陽の熱を外套で遮りながら砂漠を進む集団があった。
タツ、アイーダ、テッサ、それにギルドのモンスター部の窓口にいたデニスだ。
それぞれの荷物を載せたソリを引いたラクダに乗りながらゆっくりと『ブラス砦』へ移動している。
4人とラクダ以外の影は無い。
私はデオダード王国のペラエスで、ブラス砦に向けての情報集めやアイーダやテッサとの信頼関係構築に考えを巡らせて行動した。
といっても、大したことではなくアイーダやテッサに対して、とにかく事あるごとに『好き好き』と伝えては二人を大事にする事に尽力し、とにかくこちらの姿勢を明確にしつづけるくらいしかできなかった。……もちろん好きが余って肉体言語な感じになってしまうのは仕方のないことだ。うん。
結果としてアイーダは早々に私を呼び捨てにしてくるくらいには気を許しているし、テッサもベッドの上では呼び捨てにしてくるくらいの仲になれた。
なんとなくではあるがアイーダの心は大分開かれているような感じがする。対してテッサはどこかまだ領主の奴隷という立場に重きを置いているような感じだ。
その証拠になるかは分からないが、二人が家にやってきて4日が過ぎる頃にはアイーダは
「……なにか……私の報告内容で補佐官に伝えたくない事があったら言ってね。……できるだけ隠すから。」
と、事前に報告内容を私に申告・確認し、都合の悪い点を隠ぺいしてくれるようになっていた。
彼女の性格的に、この質問をする事によって『私にとって何が重要な情報か』を探るというよりは、言葉の通りの理解で問題ないように思える。逆にテッサに同じセリフを言われたら探りを入れられていると警戒が必要な気がする感じだ。
次に、ブラス砦に関する情報集めについては、まずはモンスターの正しい情報を求めデニスを訪ねると、デニスは私が補佐官に会うのを嫌がっていたのに、自分が無理やり連れて行ったせいで、私が死地に赴く事になったと考えており、その負い目から情報集めに尽力してくれた。
そんなデニスの協力もあって、すぐに集まった情報をまとめると次の事が判明。
今回の討伐対象のモンスターであるゾンビである。
そしてゾンビは特性として『死体』や『生者』をゾンビ化させる。
情報源はブラス砦の生き残りからで、証言では死んだ人間はゾンビが触るとしばらくしてゾンビ化するとの事。
生きている人間はゾンビの軽い攻撃などではゾンビ化しないが、ざっくりと深く引っかかれたり、がっつり噛みつかれるとゾンビ化する傾向が高い。
ただゾンビ化するのは人や犬くらいまで。虫や鳥はゾンビ化しない。
これらの情報からブラス砦のモンスター『ゾンビ』について、私は一つの推論を導き出した。
ゾンビは寄生生物が死体を操る、もしくは細菌状のモンスターが死体を操るのではないかと。
傷をつける事で、体内に卵なりを産み付け孵化させるか、成体を寄生させるのだろう。
そして虫や鳥などはゾンビ化せず、犬はゾンビ化したらしいことから、条件として哺乳類で一定の脳の大きさが必要なのだろうとも推測した。
そういった生物を倒すにはどうするか。
行動をつかさどるであろう頭を狙って攻撃し破壊するか? いやいやいやいや、近接攻撃はリスクが高すぎる。
『焼却』
が、最も効率がいい。
幸いな事に砂漠で乾燥しているし、砦は石造りで高い壁に囲われているから燃料があれば簡単だ。
……そして私は燃料を出せる。
ラクダの糞や、牛糞といった、乾燥させれば燃料となるウンコが無尽蔵に出せたのだ。
あはははは。クッソ。
……まぁ、そんなこんなで机上の理論ではあるが一定の勝機を見出したのだが、出発まで待ったとすると20人ほどの部隊が組まれ、その一員として行動する事になる。
選ばれた精鋭達も私と同じような立場の物が多いだろうから、きっと私のように首輪や監視が付いてくるだろうから合計50~60人程度の進軍となる可能性が高い。
そんな大勢の前で能力を使えば、それこそ目も当てられない。
かといって能力を使わなければ近接攻撃に回される可能性もあるし、使えば生き残ったとしても能力が周知され、その後のトラブルはどれほどのものになるか見当もつかない。
で、あれば少人数で先行し、早急に処理してしまうに限る。
この考えに至り、補佐官に再度の面会を申請した。
口実は口約束のような報酬の話を、デニスに依頼しギルド立会のもとで正式な報酬と確約させる事。
補佐官は渋るような素振りを見せたが、元々向こうから出してきた条件であり、それを明文化するだけの事を躊躇するのは私が『行かない』と言い出す理由にもなる。故に補佐官は『討伐が出来ない限りは無効となること』を念押しし、それを私が了承すると無事書面化できた。
その後、世間話をするようにアイーダとテッサの主人の変更については、二人の報告で情報が行っていたからか、あからさまに恩を売るような形で盛り込もうとしていたので、こちらから条件を提示した。
その条件は『先遣隊として誰よりも早くブラス砦に向かい、他衛星都市の手練れよりも功績をあげる』という事。つまり『ペラエスの街には、とんでもない手練れがいる』と公言できるようになり、街の価値が上げる事に繋がる。領主の価値が上がるのだ。
「ランバート様の采配で功績が上がったとなれば名誉も得られますよ。」
と、功名心を刺激したら、文言を入れさせることと早めの出立の両方の目的を達成できた。
本当は報酬を減らすなりの交換条件も考えていたのだが、あまりに簡単に約束で来たので私の中で最も重要な文言の
『討伐が成功したら2年は休みで依頼を受けない』
についても、煽てながら条件にいれられないか相談したら、滞在する事を条件にOKが貰えた。
……普通は有りえないだろうが、そもそもの話として、この補佐官はブラス砦についての情報を私やギルドよりも深く得ていて私の事を『どうせ死ぬ駒』と思っているのだから、ちょっといい気にさせれば問題無かったのだ。
契約をまとめ、補佐官が心変わりしない内に
「奴隷や私の監視役はデニスさんでもいいですよね。じゃ、今から行ってきます。」
と、わずか依頼から1週間で旅立つ事となった。
他の手練れ達は当初の予定通りの半月後の出発、私よりも約2週間遅れての出発となり、精鋭達は一度各衛星都市から最寄りの衛星都市に集まって集団で移動するのだろうし、私達の移動速度はソレと比べればきっと早いから、もしかすると10日程は余裕がある事になるだろう。
ペラエスから旅立ってから5日目。
私達は、ブラス砦がうっすらと見えてくるという所までやってきていた。
--*--*--
砦が遠くに見えるようなところで野営地を設営する。
設営し終わり、みんなに向き直る。
「はい。注目。
それでは私はちょっと砦に行ってきますんで、デニスさんにアイーダとテッサ。みんなはここで待機していてくださいね」
「……いや行ってくるってタツよう。
おめぇ大丈夫なのか?」
「えぇ。問題ないです。
ここからでも様子は分かると思いますので、まぁ、のんびりしててください。」
ここから砦の距離は、ギリギリ何をやっているかわからないような距離。
ただ火を付ければ何が起こってるかは見えるだろうし報告内容もまとめられるだろう。
「あっ、万が一ですが、もしゾンビが出てきたら、二人の事を宜しくお願いします。」
「……おう。逃げるくらいならワケねぇからな。まかしとけ。」
「タツ……」
アイーダが心配そうな顔をしている。
可愛く見えたので、抱きしめておく。
「大丈夫。すぐに戻ってくるから。」
私の言葉を受けて、抱きしめ返してくるアイーダの腕に力が入るのが分かった。
テッサは、ただそれを見守っている。
そんなテッサに少しの寂しさを覚えつつも、大事にしている事が伝わるよう抱きしめてから外套をたなびかせる。
「じゃ、さっさと行ってきます。」
ラクダに乗り込みブラス砦の前へと向かった。
--*--*--
砂漠にポツンとあるブラス砦の前に到着すると、3mはありそうな石の塀と、頑健に閉じられた門が見える。
以前に誰かが様子を確認する為に設置したのか、はしごが塀にかけられており、それを上って塀の上に立つ。
すると、餌が居ることが伝わったのか今まで砦の中に潜んで乾燥を防いでいたようなゾンビ達がわらわらと出てくつ。
「うっわ……きしょ。」
蠢くゾンビ達は、ワラワラと私めがけて動くだけで塀を上ってくるような様子は無い。
しばらく観察し塀の上に立っていれば無害である事が分かり胸をなでおろす。
どうやら複雑な動きは無理なようだ。
動きも単純なのだから攻略自体も簡単そうだが、きっと砦の中に入れば死体を増やそうという本能のような物で罠などがあるのだろう。
わらわらと蠢くゾンビを横目に首を左右に動かしコキコキと鳴らす。
「……よし! いっちょやりますか!」
両手を砦に向けて、乾燥した燃料となりそうな糞を想像し、そして放出するイメージを固める。
『出ろ』と目を見開くと、まるで消防車が放水するような勢いで糞が飛び出し始め、ソレをゾンビや砦の壁など、とにかく大量にぶつけていくのだった。