4話 ガス(屁)
なんとも微妙な神託を受けた事により、頭を捻り考える。
「バイオガスっていっても、発酵して出たメタンガスとかの利用ってなると、発酵させる設備は勿論のこと、取り扱いで爆発の危険性もあるだろ……あれだけ進んだ日本ですら下水道に煙草を捨ててガス爆発の事故が起きたことだってあるんだ……危険すぎる。」
バイオガスの神託を受けてから『ガス』という言葉に連動する物を想像すると『ガスコンロ』や『ガスバーナー』『ガスボンベ』といった、燃料としての利用法がすぐに浮かぶ。
たしかに夜になればろうそくを灯すような生活だから、ガスの有効活用を考えれば富を築くことができるかもしれない。
だが、設備の面での知識が圧倒的に足りないため、どれも難しく感じてしまうのだ。
なぜこんな難しい神託があったのかを考えていると、一つの実験にたどり着いた。
「武器としてのガス……か。」
タツの知識を見ると、人との戦争で武勲をあげることや、厄介なモンスターを狩る事での報酬は『命』がかかる事だけあり大きい。
小さくため息をつきながら天を仰ぐ。
神様が見えたりしないかな? と、一瞬思ったが、どうにもそれは難しそうだ。
だが、ガスをうまく使えばこの世界で誰も取り組んでいない新しい道が開けて、ウンコを利用するよりも主に私に対する害は少なそうに思える。
「当面は戦いに活かすって事になるのかな……でもガス……か。」
自分の右手を見つめる。
考えている事は一つ。
『手から屁が出せるか否か』
発酵によりバイオガスを発生させるには時間と場所がいる。
だが、もしかすると『排泄物』という括りに屁がカテゴライズされていれば、もしかすると右手から無尽蔵に出せるんじゃないかと考えたのだ。
バイオガスも言ってみればウンコなのだから。
「……やってみるしかないか。」
実験の答えはすぐに出た。
出たのだ。
そう。出たのだ。屁が。手から。
手からウンコだけじゃない物が出せる事にちょっと泣いた。
それは喜びの涙だった。
あまりの嬉しさに、『神様いいところあるじゃん!』と、感謝を叫んだほどに喜んだ。
かろうじてプライドを保てそうな能力を確認し、早速家を出て少しだけ街を離れて野に穴を掘り火種を起こしておき、そこに向かって伏せ、防御を固めながら右手でガスを少量はなつと、
ボバン
と小規模の爆発が起きた。
間近で起きる爆発にかなり驚いたが、これで使える能力だという事は十分に理解でき、喜々として歩み始めるのだった。
--*--*--
このデオダード王国のペラエスの街には、まぁ定番の『ギルド』のような物が存在している。
基本的には各王国の管理下で運営されており、モンスターの情報の提供や退治の仲間のあっせんや紹介。戦争の際には兵の募集や派遣、揉め事の解決の裁判みたいな物まで幅広く手掛けている。
各部署毎に建物が分かれており、モンスター専門の建物に足を進める。
入り口には黒板にチョークのようなもので、様々なモンスターの出現情報や駆除依頼などが書かれており、そこを見るだけである程度の情報を集める事ができるようになっている。
だが、今の私が求める情報は書かれている情報だけでは足りない為、狩人らしき人間と話している窓口の厳ついオヤジの手が空くのを待ち、手が空いた瞬間に話しかける。
「すみません。ちょっといいでしょうか?」
「おぉ、どっかで見た顔だな。なんか用か?」
「ええ。お忙しいところ申し訳ないのですが、ちょっと教えて頂きたい事がありまして。
洞窟を根城にしているような駆除対象のモンスターはいませんか?」
「…………」
「? あの……どうかしました?
あ、理由ですね。私がこんな変なことを聞く理由としては、洞窟のモンスターに有利に戦える方法を思いついたので、試してみたい。と、そんな理由があるのですが……」
「……いやスマン。
なんか役人みてーな話し方するからよ。何者かと思っちまった。
……えっと、ちょっと待ってくれ。」
厳ついオヤジは手元の資料らしきものを漁っているので、横から口を挟む。
「出来れば行き止まりになっているような洞窟が良いんですが……」
「あ? こまけぇな…………お? これならいいかもな。
野生化したヒポグリフが住み着いたって洞窟があるぞ。
なんか手懐けようとしたバカが逃がしたヤツらしい。」
ヒポグリフ。
グリフォンと似た獣で、上半身が鷲で下半身が馬という獣だ。
確かに手懐ければ、空中を移動する馬なワケだが……無茶過ぎるだろう、そのバカ。
「ヒポグリフですか……厄介そうですね。」
「あぁ、洞窟近くを中心に家畜の被害が多い。ただどうしようもないレベルじゃないから、できたら駆除してほしい。って感じだな。
魔法使いを加えたパーティを組まないと厳しいかもな。」
「……ふむん。……有難うございました。
ちなみにどの辺りでしょうか。」
「ペラエスとシシラのちょうど中間くらいの山間だな。」
地名を思い浮かべると、まずシシラは隣街であるという事が分かった。
そして今話している場所は、ペラエスの街から歩いて1日程度のちょうどシシラの街の中間地点から、さらに山に向かって歩いていった場所であり、不思議と具体的な風景が思い浮かんでくる。
どうやらタツが昔に行った事がある場所のようだ。
「……あぁ……あの辺りって確か竹の群生地がありましたよね。」
「おお。竹細工なんかも作られてるな。」
「ふむ……竹……節を抜けば使えるかも……もしかしたらイケるかな……」
「お? にーちゃんヒポグリフをヤル気か?」
「えぇ。ヒポグリフは基本的に昼活動して、夜は眠るんですよね?」
「おう。だから夜襲が基本だな。
でもあいつら結構夜目もきくから、もし根城の洞窟から逃げ出しちまったら、逆に人間が不利になる。
空中から襲われりゃあ嘴で鎧だろうが貫いちまうから、洞窟から逃がさないように最低でも5人くらいで行かないと無駄死にするぞ?」
「ご忠告有難うございます。
無駄死には勘弁願いたいですもんね。」
「おおよ。」
「まぁ、とりあえず様子見に向かってみることします。」
「おう。気を付けろよ。
様子見で死んでちゃ世話ねぇからな。」
「ですね。」
厳ついオヤジと小さく笑い合い、ギルドのモンスター部署を出る。
この日はヒポグリフの対応に向けての支度を整える事に費やして、翌朝、ターゲットのいる山間に向けて移動を開始した。
--*--*--
山の麓の住人達から情報を集め、ヒポグリフの根城の洞窟は突き止めた。
ヒポグリフ討伐の準備に洞窟から離れた場所で竹を切り、中の節を突き棒で壊してパイプ状にした物を何本も用意しながら様子を伺うと上空にヒポグリフが現れた。
様子を観察してると、夜明けからしばらくの後に外出し、日暮れが近くなると戻ってくるというパターンを過ごしている。。
この山の周辺にモンスターが少ない事から、どうやらヒポグリフは周辺のエサを狩りつくしてしまい、行動範囲を広げているのだろう。
ヒポグリフが出かけたタイミングを見計らって洞窟内を調べる事も出来、実験には十分な環境が整っていると判断できた。
私の言う実験は『ヒポグリフ討伐』の事であり、ギルドの親父は最低でも5人は集めろと言っていたが、私の能力を他人にバラすことは、そのリスクの高さから避けるべきであるから単身で挑むしかない。
それに実験に失敗して、もしヒポグリフに襲われても、ウンコを放出しまくって目くらましをして逃げる事もできるだろうし、それでもダメならウンコの中に身を隠せばきっと嘴しか攻撃能力が無いヒポグリフは諦める。
……死ぬほど嫌だが、本当に死ぬよりはマシだ。
最悪の場合を想定しても、おおよそ生き残れるだろうと判断し、腹を決める。
こういう時、日本人の私としてだけでなく、タツとして戦いに生きてきた経験があったことがとても役に立った。
きっとタツの記憶がなければ『でもでもだって』と諦めていたに違いない。
街を出て5日目の夜。
作戦を実行に移された。