22話 兆し
「……うっ、うっ……ヒック! …えぐっ」
「タツ様……私がこんなことを言うのは厚かましい限りですが…流石にちょっとティファ様が可哀想です。」
「ゴメンなさい。」
「ねぇ。タツ? 私達に不満があった?
何か足りなかったの? ねぇ。 努力するから教えて欲しいの。」
「とんでもないです。自分には十分すぎるくらいです。
ゴメンなさい。ゴメンなさい。」
黄金の国セグイン。とある一室の中、タツとテーブルを挟んで顔を隠すようにして、さめざめと泣くティファーニア。
テッサはティファーニアの肩に手を当てて慰め、その逆隣りではアイーダがタツに問い掛ける。
正面のタツはといえば、机に頭をくっつけて全力で謝罪の体勢をとったまま固まり、問いかけに対して口だけを動かしている。
どうやら修羅場のようだ。
時は、緑化された砂漠でタツが果物を食べた鳥の糞を出したところ無事に芽が出て栽培が始められるようになった『葡萄』が、想像以上の収穫量となり町全体で繁栄を祝う為に『収穫祭』が盛大に開催された当日の昼。タツと共にデオダードからセグインへと渡ったバスタードソードを使う男、レスターの家でアルコールの葡萄ジュース割を飲む実験という名の宴会を男だけで開催していた頃に遡る。
--*--*--
「うんまっ!
……タツよ。コレはうんまいぞ!」
「あ~本当ですね。
ワインとは違うけれど新鮮な葡萄で甘みが強い分、女性が好きそうな味になってますね。
なんか……グイグイいけそうな味な気がします。」
「あぁ。辛い酒に慣れてる男でも葡萄をさらに水で割った感じにすれば爽やかな酒になってイケるんじゃねぇかな。
……でも、ツマミがちょっと合わせにくいような気もするから、今のとこ男が好みそうなのはコーヒー酒の方だな。」
「そうですね……葡萄を干して、干し葡萄にした物をアルコールに漬けにして風味だけを移したら男性向けにできるかもしれないですよね。」
「ほぅ。それはまた良いかもしれんな。やってみようぜ。
……だがよぉ、この葡萄ジュース割の酒……使えるぞ! タツ」
「ん? 使えるって何にです?」
「決まってんだろう。コレだよコレ。」
レスターは口角を上げながら小指を立てる。
「コーヒー酒とかだと女に飲ませても、ちょっと口を付けるぐらいだったから、あんまり好きじゃないって感じがしてたが、これならクイクイ飲んじまうぜきっと。
で、酔っちまえば股だって開きやすくなるってもんよ。クックック。」
「い、いやいや、レスターさん。いやいやいやいや。」
レスターは頭の後ろに両手を回し、背もたれに寄り掛かりながら続ける。
「まぁ、セグインの英雄様たるお前さんにゃー関係ねーことだろうけどな。
俺みたいなお前のオマケみたいな男にはよ、そんな姑息な努力だって必要ってことだよ。」
「い、いやいやいや、レスターさんはオマケなんかじゃないですよ!
私の仕事を大分手伝ってもらって本当に助かってますし、それにもう仕事もいっぱい抱えてるじゃないですか!」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。へへっ!
しっかし、あん時、思い切ってデオダード出る決断して本当に良かったぜ。まさかこんな俺が、国の一等地に家を持てるなんてな。
単純にこっちの方が面白そうって思いつきでお前にくっついてきただけなのによ。」
レスターはタツと共にデオダードからセグインに渡り、セグインに知人の無かったタツはレスターを頼る事が多かった。
タツが徐々にセグインに認められるようになるにつれ、レスターもタツの知人である事が知られ、またタツの作業をよく手伝っていることから、セグインが手厚い待遇をするようになっていたのだ。
「しかも女奴隷に侍女達までついて。
いや~。最高だぜセグイン!
……そうだ。この葡萄とアルコールをよ、侍女達用にちょっと置いてってもらっていいか?」
「え、ええ。
構いませんけど……侍女さん達って3人くらいいらっしゃいましたよね。
……もしかしてレスターさん……侍女さん達を狙ってらっしゃるんですか?」
真剣な眼差しで強くレスターを見るタツ。
「お? ……フッフッフ。
そうだぜ。一人だけガードが堅いんだよ……他は落としたんだがな。」
「……え?
…………落としたって。」
愕然とするタツに対して、ニヤケながら続けるレスター。
「おう。ジェシーとテリナはもう可愛いもんよ。
だが、シエラだけはどうにもガードが固くてなぁ……奴隷のリンジー含めて全員一度に可愛がってやりてぇんだが攻めあぐねてるってワケよ。」
タツはレスターに紹介された侍女達の顔を思い浮かべる。
シエラは侍女達の中でリーダーのような存在のキッチリしている印象、ジェシーは奔放で可愛い、テリナは大人しく引っ込み思案な印象だ。リンジーはムッチリお姉さんだった。
皆とても綺麗な娘達だった。
なんという事でしょう。
ほぼほぼ全員がレスターの毒牙にかかってしまうなんて。
しかもテリナなんて、ある意味ロリー……don't touch!
思わず拳を握りしめ天を仰ぐ。
「おっ? どうしたタツ。」
「………………………いいなぁ。」
「ん?」
アルコールの葡萄ジュース割に手を伸ばし、ごっごっごっ、と一気に呷る。
飲み切り、ぶふふぅーと大きく息を吐き出すと、その顔は赤く。既に酔っている事は明白だった。
大きく息を吸い込む。
「……いいなぁーー! いいなぁーーっ!!
あぁ~~~羨ましいっ!! 妬ましいようっ!」
「お? おおっ!?」
「うわぁぁん! 羨ましいよぉおおっ!
なんだよ5Pってぇ~………うわぁぁあん!」
「おっ!? い、いやタツよ!
お前は、王女様までお前にべったりって噂がたってんぞ!?
ヤリ放題な身分だろうに、なにを羨ましがってんだよ!」
「ヤリ放題なんかじゃないよう!!
生まれてこの方アイーダとテッサ意外としたことないようっ!
うわぁぁん!! 王女様なんて怖くて未だ手が出せないよ! うわぁぁぁあああんっ!!」
「お、おうっ!?」
レスターは普段見ることの無いタツの姿に焦り、戸惑わずにはいられない。
……だが、男として本音をさらけ出して泣くタツに、どこか感じる物があった。
「そうか……苦労してんだなタツ……」
「うわぁぁん! 私だって5Pとか…………5Pとかぁ! してみたいよぉっ!! うぇぇえん!」
「泣くなっ! 泣くなタツ!
大丈夫だ! お前ならできる!」
「……ヒック……ヒック……
…………本当ですか……レスターさん。」
泣き止みレスターを見るタツ。
レスターも、どこか涙ぐみながらもサムズアップをしている。
「当たり前だろう!
お前は、セグインの英雄なんだぞっ!?
あのギルドのお堅いエリンだって、お前と会う時だけモロに誘ってるだろうっ!」
「た……確かに……いつも、胸元がゆるゆる……だから、目のやり場が……」
「あぁ! アレは間違いなくお前を誘ってるのさ……
タツ。冷静になって考えろ。
セグインに住む女達から見たら、お前はどう見えていると思う」
「…………うっ、ひぐっ。
て、手からウンコ男! うわぁあああんっ!!
うびゃああああっぁぁぁあああんんっ!!」
「……ぐっ!」
タツの号泣にレスターも思わず涙ぐむ。
「ちがう! 違うぞタツ!
そうじゃない! そうじゃないんだ! お前の手からウンコ出ようがそうじゃない!
それにお前はウンコだけじゃなくて富すら生み出してる! 英雄なんだ!
そう! お前は王女様すら手に入れられる英雄なんだ! 落ちついてよく考えろ!」
「わ、私なんて、しょ、所詮は
『手からウンコ男』なんだぁぁ! うぇええんっ!!
えふっ! エホッ! ゲハッ!」
一心不乱に泣くタツを見て、レスターは拳を強く握る。
「……そうか……お前は、その能力のせいで……男の自信が削がれてるんだな。
……わかったっ!! タツっ! 俺に任せておけっ!
俺がお前に抱かれたがっている女を連れて来てやる!」
「……レ゛、レ゛スダーさん……」
「おう! このレスターに任せとけ! なぁに大船に乗ったつもりで任せてくれればいいっ!
5Pどころじゃない! 10Pだって叶えてやるさっ!!」
「レズダーざんっ!」
タツはレスターの手を強く握る。
レスターもタツの手を強く握り返す。
「安心して待ってろっ! すぐに用意する!
だから……もう泣くなっ!」
「レ゛ズダーざぁんっ!!」
タツはレスターに抱きつき、レスターもタツの背中をポンポンと叩く。
「じゃあ行ってくるぜ!
お前は少し休め。
……なんせ次に目が覚めた時は、桃源郷が広がってるんだからなっ!」
タツはレスターの言葉に従い目を閉じ眠りにつく。
その顔は泣きながらもレスターを信頼し、安心しているように見えた。
レスターは走った。
セグイン王都を縦横無尽に走り抜ける。
これも、タツの為。友の為。
『セグインの英雄。
そして俺の親友であるタツの伽してくれないかっ!』
と、レスターは自分の知っているタツに好意を持っているであろう女達や、見目麗しい女達に次々と声をかける。
するとすぐに女達は集まった。
それも当然である。
タツはセグインの救世主であり、王宮住まいの英雄。
富んだ国となった今でも国王に大事にされる人間。
つまり超大金持ちの玉の輿だ。
声をかけられた女達は、皆これ幸いと頷き了承。
そして声をかけられなかった者に自慢する程だった。
だが、そんな事を大声でふれまわっていれば、あっという間に噂になる。
『英雄タツが、今とにかく女を欲している』
と。
半年間に及ぶタツの活躍はセグインの民もよく耳にしており、その耳にする噂は、品行方正さや、紳士さも合わせて謳うものばかりであった。
そのタツが祭りに当てられたのか『今日は色に狂っている』と噂になるのも当然。
そしてあっという間に王都中に噂は走り、タツを狙う女達は耳聡く情報を聞きつけ、そして行動し『王宮』に居ると思って押しかけた。
結果。
ティファーニアや、アイーダ。テッサが噂を耳にする事となる。
レスターが女達を15人も引き連れ、意気揚々と笑顔でタツがいる部屋を勢いよく開け放つ。
そこには、ぐっすり眠るタツを愛おしむように撫でる女奴隷2人と王女様が微笑んでいる姿があるのだった。
レスターは凍りついた笑顔のまま、女達を連れてまわれ右する以外に出来る事は無かった。
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夢うつつのタツは。
おぼろげに感じられる女の良い香りに、レスターが約束を守ってくれたのだと思いながら目を覚ます。
そして目に映るは女らしき姿。
あぁ。本当に桃源郷なのかもしれない。
覚醒し。
その姿を見つめ直せば。
よく見知った女3人。
タツは酔っぱらっても記憶が完全に残るタイプで、レスターに何を言ったかを完全に覚えている。
……今ほどそれを恨めしく思った事は無い。
現状整理が追いつかないまま、王女が
「私に半年以上全然手を出さないのにっ!
他の女には興味を持つなんて――!
うえぇぇんっ!!」
と泣き始めるのだった。
そんなタツにとって凄惨な収穫祭の最中。
王宮で参議がデオダードからの使者と名乗る者2名と相次いで対面する。
一人の使者は読み上げる。
「穢れの魔法使いタツの許しを請いたい。」
一人の使者は読み上げる。
「穢れの魔法使いタツを差し出せ。」
と。




