21話 黄金の国 セグイン
王宮内の一室。
横たわるタツの上に、艶めかしい装いで跨り、体を動かすティファーニアの姿があった。
「んっ。 ……んっ。
ど…う……ですか? タツ様」
「お。 お。 うん。
気持ち……いい……です。」
「んっ。 ……んっ。
本当ですか? ふふ。嬉しい。
頑張りますね。
んっ。 ……んっ。」
ティファーニアがタツの上に乗せている手の上に、半裸に近い恰好のアイーダが手を重ねる。
「ティファったら、やるわね……でも、タツはここが弱点なの。」
「ここ……ですか? アイーダさん」
「そう、そこ。
そこでぎゅーって力を入れるの。」
「ぎゅー……ですね。 んん。」
「ああああ」
「ね?」
「ね? じゃないわアイーダ。
ティファ様。タツ様はそんな力だけなんて望んでません。
もっと緩急をつけて優しく包み込むようなのが好きなんです。このように――」
半裸に近い恰好のテッサが、アイーダの手を払いのけ、ティファの手に自分の手を重ねて優しくタツに触れながら動かす。
「あひゃ」
「このように。」
「このように。じゃないわよテッサ。
どう見てもくすぐったがってるだけじゃない。ねぇ。ティファ。」
「アイーダ?
いくらティファ様が様付で呼ばなくて良いと言ってくれたからと言っても慣れ慣れしく呼び過ぎるのはどうかと思うわ。」
「何よ!? アンタだって略してるくせに!」
「あのっ……私は…こう呼び捨てにされる機会もなかったので、なんというか、新鮮な感じがするので構いません。 嬉しいです。」
「ほら! ティファだってこう言ってるじゃない。」
「まったく……建前を鵜呑みにするなんて子供かしら?
年齢だけは一番重ねているくせに……」
「なんですって!?」
「そ、それよりもアイーダさんにテッサさん。
もっと教えてください。タツ様の喜ぶマッサージを。
こう、今のように背中を押したり揉んだりで良いのですか?」
「そうですね。
アイーダのことなんかより、タツ様のマッサージの方が大事でした。
すみませんタツ様。」
「いや……なんていうか……もう十分です。
天国過ぎてどうしようかと思ったくらい。」
うつぶせに寝るタツの上から、ティファーニアが一生懸命に背骨に沿って両手でマッサージをし、そのマッサージをアイーダとテッサが監督していたのだ。
タツ達は出し過ぎた砂金のせいで立ち入る事が出来なくなった屋敷の代わりに、王宮の中にある大きな部屋を与えられ、そこで暮らすようになった。
流石は王宮と言わんばかりに風呂まで完備されており、元日本人のタツにとっては、毎日風呂に入れるという最高の環境を手に入れ、そこでアイーダやテッサにマッサージを受けたりイチャついたりする事が多くなっていた。
さらに、ティファーニアは本当に押しかけ女房のようにやってきたのだが、ティファーニアに対するタツのガードは固く、は常に一歩線を引いたような対応をしていた。
それに対し、ティファーニアはタツのガードを解くべく、まずはアイーダとテッサに取り入り、
「タツ様との出会いを伺いたいんです!」
と、タツの研究を始め『女の色香』によって二人がタツを籠絡した事を知り、それを使いタツのガードを砕く事にしたのである。
――ティファーニアは頭の回転の速い人間であり、王女である自分は近い将来、隣国デオダードへの発言権のある有力者への貢物か、はたまた逆の隣国であるビスワスへの貢物として贈られる事になる事を理解し、その事に国王である父が自分を溺愛するあまり胸を痛め、決断を下す事ができずにいるのを知っていた。
彼女自身は、愛する家族や民を救うことに繋がるのであれば受け入れる覚悟はできており、体の手入れを怠たることは無かった。
だが……本心は家族と共にいたかった。
貢物として、自分を殺し、ただただ相手を喜ばせるように振る舞うだけの存在になることに恐怖していた。
その時、現れた救世主。
なにも要求することなく、ただ国の利の為に行動し、瞬く間に各方面から信用を得、それでも尚、奢る事なく誰に対しても丁寧な受け答えをする紳士。
――食事の際に、参議からの報告を受けた父が「食糧事情が変わりそうだ」と、嬉しそうに話すのは本当に久しぶりの事で、まだ見ぬ救世主に対して、ティファーニアは感謝を胸に抱いていた。
しばらく後の食事の際には「戦火を免れたかもしれぬ」と、祝杯をあげ喜ぶ父の姿があった。
父は「これも救世主殿のおかげだ! 山をも作り出すとは、まさに神が遣わせた英雄だ!」と、国王である事を忘れ、まるで少年のように語った。
不安に怯えた日々が遠くなる事と、明るく元気な父を取り戻してくれた救世主に対して、ティファーニアは憧れを胸に抱く。
そしてまたしばらくの後「セグインの未来が輝きだした! セグインに栄光が訪れる!」と興奮を隠さず話す父がいた。
その頃にはティファーニアも「救世主様がまた素晴らしい事をなさったのですね!」と相槌を打つようになっていた。
興奮する父は、救世主が錬金術で純金を生み出したと語り、それを聞いたティファーニアは、まるで夢物語に巻き込まれたような感覚を受けながらも、神の如き行いをする救世主に対して、その胸に抱くは尊敬だった。
感謝・憧れ・尊敬。
これらの感情はティファーニアの中で大きな渦を巻き、救世主に対する大きな好意となった。
「お父様! いえ、国王様!
今こそ私をお使いください!
私も救世主様には、心からお仕えしたいと感じています!」
隣国や敵国で、見ず知らずの人間を相手にただただ自分を殺す日々と、好意を抱く救世主や家族と共に過ごせる日々が天秤にかかれば、どちらが重くなるかは自明の理。
国王も娘である王女の申し出を受け、救世主――タツに自分の娘を押す事にしたのだった。
――だが、タツはそんな事など知る由も無い。
なぜなら、ただただ自分が過ごしやすくする為だけに行動していただけだから。
それ故にティファーニアの事も、父の言いつけで無理やり結婚するよう命じられ『くれぐれも機嫌を損なわないように行動しろ』と厳命されている可愛そうな娘という印象を持ち、憐みからガードを固くしていたのだ。
逆に対するティファーニアは国王と話す救世主タツをこっそりと覗き見して、自分と同年代か少し年上くらいにしか見えない青年に前もってあった好意が爆発し、既にタツに一目惚れをしていたのである。
そう。王女から『恋する乙女』へと変化したのだ。
そして王女としての立場も『恋する乙女』を応援する立ち位置だったから、その走り方は凄まじく、参議と話をして情報を集め、奴隷であるアイーダとテッサが恋人であることを知り、本来奴隷と王女は比べようも無いが、自分よりも奴隷達の方がタツにとっては大きな価値を持っている事を直感で悟ったティファーニアは、二人を『先輩』として立てる事で取り入る。
実際に二人は先輩であり、タツから愛された期間が自分よりも長い。
それにタツの事をよく知っている二人を味方につければ、自分の恋が実ることが確実なものになるのを理解していた。
なにより『恋人』という同じ土俵にさえ立てれば、ゼロから自分の色に染め上げる事が出来るティファーニアの方が、アイーダやテッサよりも愛されるようになるであろうとも考えているのだ。
恋は戦争。
そしてこの戦争に私は勝ってみせる!
頭の中で、再度自分自身を奮い立たせ、ティファーニアは口を開く。
「さ……さぁ、た、タツ様!
次は…あ、仰向けになってください!」
タツはうつ伏せになりながら硬直する。
「えっ!? い、いや、あの、それは――」
「せ、背中ばかりではバランスが悪くなりますから! さ、さぁ!」
「い、いや、その、い、今は、仰向けには……」
ティファーニアとタツのやり取りを見ていたテッサが薄く微笑む。
「うふふ。タツ様。
元気になられたのですね。
では、ティファ様。ここからは私が交代致します。
タツ様が本当に癒されるマッサージを致しますので。」
「ちょっと! 今日は私よ!
テッサは昨日もそうやっていいトコもってくんだから!
……ね? タツ?
今日は私がテッサにはできないような事……たっぷり挟んであげちゃうんだから。」
「い、いや、ティファーニア様が居るのに、それはできないって!」
「あら…そうですか……
ティファ様……大変申し訳ないのですが……」
「……ええ。
分かりました。私は席を外しましょう。
タツ様が癒されるのが一番ですから。」
「有難うございます。流石はティファ様です。
では、あちらまでお送りします。」
ニッコリと微笑むテッサ。
テッサもまた、この恋の戦争に負ける気がさらさら無いのだった。
浴室を出たティファーニアは
ぐぬぬ。と渋い顔をしながら、
「ちょっと! アイーダ! 私がティファ様をお送りしてる間に何してんですかっ!」
「早い者勝ちよ! ねー。ほーらタツー……ほらぁ…挟まれて…どう~?」
「あうあう」
と、繰り広げられる光景を、こっそり覗くのであった。
「……い、今に。
…………わぁ。………え?
……うわぁ。
……あんなに?」
尚。ティファーニア。
覗くのも結構楽しいらしい。
こうして日々嬉しく癒されながら、タツはセグインの救世主としての役割を担う事になり、あっという間に半年が過ぎ、国は大きく変化した。
まず、環境が大きく変わった。
防衛の為に作り出した糞山脈により、フンコロガシが大量発生し、それを狙った鳥といった動物が集まるようになり、その鳥を狙った動物も集まってくる。
また砂漠の糞の山脈の近くには、糞山脈が保有する大量の水分等により、雨が降りやすくなり、それに伴って糞山脈付近に緑が生まれ始めたのだ。
それを見て、またもタツは
「コレ緑化できるんじゃね?」
のノリで糞山脈を挟んでミミズの糞である良質な土を巻きはじめたり、糞と土を交互に班あっていくと次々と緑が生まれ始め、セグインの周辺の砂漠が緑化され始めた。
そうなると無限の金貨による交易で得られる食料だけでなく、自国で生産できる食料や種類も増え、セグインはどんどん豊かになっていく。
隣のビスワスはその変化を見続け、そして謳う。
「セグインから黄金が生まれる。
黄金の国。セグイン。」
と。




