2話 現状確認
私こと『運七達彦』は、現在、持ち家のリビングのイスに腰掛けている。
神様に送ると言われてから、次に気が付いた瞬間には既にココにいた。
自分の状態を確認しようと、まずは自分が何者なのかと改めて考える。
すると、日本で過ごした27年の経験と学んだ知識。それと同時に異世界『アウローラ』にて『タツ』として18年ほど生きてきた知識が脳裏に浮かぶ。
『タツ』と名乗り、父母もわからぬ流浪の民として生き、魔物を狩って得た金を基に博打をうって勝ち、その金で家を手に入れるまでのタツの記憶が映画を見ているように脳内に流れていった。
『運七達彦』と『タツ』は別人であるからして性格等も違う。現状『運七達彦』という性格と、生き方が自分であるという風に感じる。
『タツ』の人生もまぎれもなく自分ではあるのだが、どちらかというと客観的に別人を眺めていたような感覚に近く、戸惑いこそすれど大きく混乱はしなかった。
そしてその他の事を思い浮かべてみると、神様が与えてくれた特権なのか、この未知たる異世界における知識が元々知っていた事実であるかのように思い起こされてくる。
例えるならば、ド忘れした言葉なんかを思い出した時のように
『あぁ、そうそう。アレな。アレだわ。アレアレ。』
と、不思議と納得できてしまうのだ。
この異世界は『アウローラ』という世界。
平たく言えば、ファンタジー世界だ。
木造建築が主流で、君主制の国が多く存在し豊かな土壌や資源、領土を求めて人同士の争いが活発。
争いは、剣や槍、弓を用いて行われる。戦がよく起こる故に平均寿命は短く、若い人間が多い。
ファンタジー世界といっても、アニメのようにジャンプしたら屋根に飛び移れるような驚異的な人間が普通に居るような世界でも、切り傷が魔法でポワワーと治ってしまうような世界でもない。
どちらかといえば、日本でいう戦国時代のような雰囲気が近いのかもしれない。
ただ、大きく違う点として1000人に1人程度の割合で魔法使いが存在する。
この魔法使いは火・水・土・風に系統分けされ、戦闘用の魔法のみを使用する。
故に活発に行われる戦においては魔法使いは一騎当千の活躍を見せる為、この戦国の世においては非常に貴重な人材と戦力であり、魔法使いは優遇され、王国で召し抱えられる事が多く、特権を得ているからこそ我儘に振る舞っても許されるのだ。
また、人同士の争い以外でも、第三勢力として野生のモンスターとの争いも存在している。
モンスターとの意思の疎通は不可能。どちらかといえばこのアウローラのモンスターは、ただの『獣』だ。
日本と違う点としては、獣がファンタジーだけあって、ヒュドラのような恐ろしいモンスターまで存在しているという事だろう。
ただ大型のモンスターは大抵の場合は拠点を持っており、その生活圏からは出てこない。
そしてモンスターは食肉は勿論のこと、その素材を利用した加工品が優れており、戦国時代のようなアウローラにおいては武器や防具に多く利用される。
そして今滞在している『アウローラ』の『デオダード』という王国では奴隷制度が存在している。
国によっては極々稀に奴隷の存在を認めていない国もあるが、アウローラにおいては、むしろ多くの国が敗戦国の人間や犯罪者を奴属させる形の奴隷制度を採用している
つまり、簡単に言えばアウローラは士農工商の世界。
人と、あるいはモンスターと戦える人間である『士』は重宝され、次に『農』である食料を生み出す人間、そして武器防具・農具などの道具を作る『工』が続き、最後に商売をする人間が並ぶ。
正しくは、魔法使いと奴隷を加え、魔士農工商奴なのだろうが、語呂が悪い。
もちろんニートは存在しない。
働かざる者食うべからず……というよりも、食えないから死ぬ。
一部の貴族にはニートが存在するかもしれないが、この世界は生きる為に老いも若きも働かなければならない世界なのだ。
動けなくなれば、待つのは死。
力ある物が正義に近い世界。
……私はそんな過酷なアウローラの『デオダード』という王国の『ペラエス』という街に居を構えている。
若くして居を構えるというのは非常に素晴らしいが、経緯は褒められたものではない。
『タツ』は狩りをして得た元手を全部使って博打をうち、それで得た金を使ったのだ。その性格から、どちらかといえば刹那的に動いており計画性は感じられない。
良く言えば、直感で正直に生きている。
悪く言えば、無鉄砲なバカ。
自分の事を悪く言うのもなんだが、正直記憶を辿ると『わー、ばかだなー』としか思えない。
モンスターと戦う知識は一般常識程度にはある。が、タツ自身が類まれに強いというわけでもなく、その他大勢と協力してモンスターを討伐し、その成果で得た金を裏カジノで負けたら奴隷という条件の下で運よく勝ったというだけ。
しかも日本人の私が裏カジノの勝利の事実を客観的に顧みるに『タツ』という人間を、裏カジノの人間はわざと勝たせているように思えた。
理由は『その他大勢のモンスター討伐の人員を裏カジノに呼び込む為』だ。
同条件で戦いに優れた有能な傭兵を奴隷にできるチャンスだと見たのだろう。
現にタツの記憶の中では、仕組まれた大勝に気をよくして酒場で戦友達にベラベラと裏カジノで大勝した事を喋りまくっている記憶があり、そしてタツの周りから戦友達の姿が次々と消えた。
戦友達も刹那的な生き方をしている者が多いから、裏カジノに飲まれ奴隷へと身をやつしたのだろう。
つまり、現在ペラエスという街においてタツに知り合いは存在しない。
あまりの考えなしの行動と、その悲惨な結果に陰鬱な気になりながらも、次に頭に浮かぶは神様からもらった能力。
『手から無尽蔵にウンチを生み出せる能力』だった。
気分を変える意味も含め、とりあえず確認すべく席を立ちトイレに向かう。
トイレは汲み取り式のようで、いわゆるボットン便所。
蓋をあけ、右手を向ける。
『悪い夢であってくれ』
そう思いながら大便をする感覚を思い起こし、その出所を尻から右手に変えてイメージする。
すると……
……ムリムリっ
「あ」
……ムリムリムリムリムリムリムリ
「ああああああああああああああああああああああああああ!!」
出た。
右手の平の中心から一本糞が出てきた。
延々と出続けている。
右手が尻の穴になり、排泄し続けているような感覚で微妙に気持いいのがムカツク。
慌ててキュっと括約筋を締めて大便が止まるのをイメージすると右手からの排泄は止まり、手の平を見ると幸いな事に汚れてはおらず、とりあえずほっと胸をなで下ろす。
心なしか大便を済ませたような腹具合になっているような感じもして、ボットン便所にかがまなくて良い事にも少し心の安寧を覚えた。
日本人の感覚にとっては、ボットン便所はすでにある種の拷問のようなものだからだ。
事実が確認できたのでリビングに戻り、台所の水桶から水を取り、念の為に手を洗い再度イスに腰掛ける。
天を仰ぎ、大きく息を吐く。
そして机に突っ伏して、とりあえず泣いた。
2時間くらい泣いた。
嗚咽をもらした。
ちょっと吐いた。
そしてもう一度、なんで私がこんな目に合わないといけないんだろうかと咽び泣いた。
「手からウンコとか……あんまりだ!
あぁァんまりだァぁアァァァーー!!!」
★・。・。☆・。・゜★・。・。
――泣き疲れると不思議と落ち着く物で『仕方ない』と開き直りの境地に至り、腹も鳴る。
神様に与えられたであろう財産の記憶を辿っていくと、贅沢をしなければ1年は暮らせるであろう貯金がある事も分かっている。
自分の立場はモンスターと戦う傭兵であり、モブ程度には戦えるようだが、なにも無理に戦う必要はない。
アウローラでは稼ぐことさえできれば十分に生きていける。
稼ぐ為の実験をする猶予も1年はある。
まずはゆっくりと、心を落ち着けて何ができるのかを考えるべきだ。
腹ごしらえをしようと『ペラエス』の街に繰り出すことにし、自分の持ち合わせている情報と実地検分を行い齟齬が無いことを確認する事にした。
ペラエスの街を歩き、行き交う人に目をやると人種的には『人間』、顔や体のつくりはコーカソイドと大差が無い。いわゆる欧米系の人種。
つまり日本人の視点から見ると美男美女に見える。
自分の顔を貯めてある水に映して見ると、幸いにしてタツ自身の顔立ちも一般的な顔立ち。
一般的という事は、日本人から見て美形だ。
うん。良かった。
ただ一般的の範疇は超えない。
流石モブ。
……はぁ。
ペラエスの街は首都の数ある衛星都市の一つ、そこそこの賑わいのある街で人口5000人程度、居を構える職の構成としては農民の割合が多く、どちらかと言えば傭兵兼農家が多い。
主食は山から流れてくる水量も豊富な為、米と蕎麦の栽培が盛ん。
日本の記憶があるので米の存在が嬉しかったが、なんとなく外国人が米や蕎麦を主食にしている現状は違和感を感じる。だが、慣れるしかない。
それにタツの記憶を辿ると、米自体が改良されている種別ではない為『まぁ、食える』という程度だ。
日本の高品質な米を期待してはいけない。
というわけで、食事は蕎麦がきか蕎麦粉のクレープにする事にした。
一般的な庶民の食堂に入り、オススメを聞くと蕎麦粉のクレープが人気らしく、注文すると同時に支払いを済ませる。
支払の単位は『デオダート王国銭』で銭貨5枚。
余談だが、デオダート王国銭は3通りの貨幣を採用している。
デオダート王国金貨、銀貨、銭貨。
一般庶民が目にするのは銀貨までがせいぜいで、金貨は関係ない
銀貨が1万円で銭貨が100円と思ってくれたらいい。
金貨は100万円だ。
ちなみに今住んでいる家は、借家だ。金貨3枚で2年借りる約束になっており、前払い済み。
期限前に大家が賃貸継続か確認に来るような仕組みだ。
どうやら、タツはここで嫁探しをする腹積もりだったらしい。
……どう考えても、その前に安定収入が必要だろうが!
と、思わないでもないが、アウローラ的にはタツの考えが一般的である。
だが、私は日本人としてここで生きて幸せになるつもりだ。
少しばかり自分の中のタツに悪い気がしないでもないが、ここは我を貫かせてもらう事にする。
そんなことを考えていると、この世界においては珍しく恰幅の良いオバチャンがクレープを運んできた。
恰幅が良いと言っても肉付きが良い程度。デブデブしているわけじゃない。
きっと、客に出せないようなモンスターの肉の臭かったりマズかったりするが栄養価が高い部分を主に食べているからだろう。
クレープの付け合せに大根の塩漬けや、肉を煮つけてほぐした物が添えられ、飽きずに全部食べきれるよう工夫がされていて美味しく食事ができ安心した。
やはり食事は生きる糧でもあるが、心の栄養でもある。
美味しい食事があれば、その為に頑張れる。
この日はそのまま家に戻り、精神の疲れを癒す意味も込めて早めに就寝することにした。
ペラペラの布団のような物を体にかけ、目を閉じる。
……嫁探しか
…………手からウンコが出る俺なんか………
そうだ。
もう奴隷を買おう。
女の子の奴隷を買うんだ。
そうしよう。
というか……もう、それしかない。
世の中金だ。クスン。
心の傷は想像以上に大きく、枕を濡らしながら決意するのだった。