18話 貧乏脱出計画
ダスティン・ルーク・セグインは片肘をつきながら、参議であるナーダ・ダーマル・テオと資料の羊皮紙に目を通しては苦い息を漏らしていた。
「食料はさらに値上がりが厳しい……か。」
「はい……これまでは魔鉱石の取引を融通することで幾分の譲歩を得ておりましたが、死せる砦が落ちた事が隣国ビスワスにも伝わってしまったようで……足元を見られております。」
「ふぅ……ビスワスは祖父の代よりの同盟国。不戦協定が結ばれておるとはいえ、デオダードにセグインが落とされれば、自国の守りを固める為に備蓄に回す必要も出てくる……セグインという国ももう長くはないと踏んだという事か。」
「……残念ながら。その通りかと。」
「だが、食は民を支える為に切らすことは出来ぬ。
……この際、備蓄の魔鉱石を全て放出するか?」
「国王! それは我が国唯一の資源! 金策にして最大の武器!
もしそうなれば……」
「わかっておるよ。ナーダ。
私もそこまで諦めてはおらん。魔鉱石は戦火から民を守る為にも必要な物。
……だが、武器があれど兵は食わねば死んでしまう。 ……どうしたものか。」
重い空気が漂う部屋に慌ただしい足音が響く。
「国王! 国王様!」
「どうしたライル……まったく騒がしい。 其方も参議らしくもう少し落ち着かれてはどうか?」
「これが落ち着いていられようかナーダよっ! 吉報だ!
食料問題に光明がさしたぞ!」
国王ダスティンと参議ナーダは、駆け込んできたライルの言葉に顔を見合わせるのだった。
--*--*--
「おおお。本当によく食べるなぁ……
タツさんとやら。コレ本当にタダでええんか?」
「ええ。皆さんが頑張って家畜を増やしてくれれば、この国ももっと住みやすくなるでしょうから。」
髭にも白髪が混じり始めた男と話をしているタツ。
その二人の会話に割って入る赤毛と金髪が混じったような髪の色の女がいた。
「ラムジさん。
この飼料はタツさんが魔法で出した物ですが、ギルドでも実際に家畜に食べさせて問題ないかを調査しましたし、他の牧場の方も使っています。家畜もしっかりした量を食べれるおかげか、乳の出も良くなりましたから安心して使ってみてください。」
飼料を無料でもらえるという事は嬉しそうだが、何か裏があるのではないかと躊躇するラムジの様子を見てタツが続ける。
「エリンさんも後押してくれてますし、是非試しでいいので使ってみてください。
……で、ですね。もし余裕ができたらでいいんで個人的に食べ物とか分けてくれると嬉しいんです。もちろん差し障りの無い晩酌用程度の少量で良いので……エリンさんには内緒で。」
後半を小声で囁くと、ラムジも『ははーん』といったように薄く笑う。
「おおともよ! その程度でいいなら任しときなっ!」
「有難うございます。
じゃ、ラムジさんの所にも飼料をどんどん送らせてもらいますね。」
「聞こえてますよ? タツさん。」
「おっと、なんでもないですよね? ラムジさん?」
「おおよ。なんでもね~よ。なぁ。」
「まったくもう……」
エリンと共に笑顔のラムジに手を振り、牧場を後にする。
「タツさん。すみません。
飼料を提供いただけるだけでなく毎回お付き合い頂いてしまって。
やはり牧場の方も自分達の仕事が国を支えている自覚があるので、顔の見えない相手の物を信用してくれないので……」
「いや、こちらこそ毎回なんだか牧場の方に裏取引のように、おこぼれを強請ってるような形になってしまって申し訳ないです。」
「いえ、とんでもない! それはタツさんが先方を納得し易いようにする為に言って頂いているのは分かっていますから。
それに実際にタツさんへと集まってきた食糧なんかも、結局ギルドに運ばれるようになって、そこからタツさんは必要最低限だけしか持って行かないし……逆に私達こそ、そのおこぼれに預かってしまってる状態です……本当に有難うございます。」
ペコリと腰を折って頭を下げるエリン。
自分の目線に気を付けながら、これまでを振り返る。
キマイラを討伐した報酬として、私は生きた家畜を手に入れる事ができた。
そして、その家畜を使用して、私が手から出した『未消化で栄養を多く含み、雑菌が死滅した糞』を、食べるか実験し、家畜はモリモリと食べて、経過を見ても体調を崩すことが無かった為、キマイラ討伐で顔見知りになったギルドの職員に飼料としての提案をした。
実際に見てもらったり実験したりしていると、アレよアレよという間に家畜の飼料の提供が決まり、ギルドからは私を繋ぎ止める為か、妙齢の見目麗しいエリンという女性の担当がつけられたのである。
エリンはアイーダやテッサと違って、奴隷という立場ではない女性。きちんとした性格と笑顔がとても魅力的な女性。
もちろんプライベートな関係は無く、仕事だけの関係での付き合いとなるのだが……そういう関係もなんというか新鮮で嬉しかった。
だが私と一緒に行動するようになってしばらく経って、上司からの指示か本人の意思なのかは不明だが、決まって胸元がユルユルなゆるい服装を着てくるようになったのだ。
そういった服を着ているので、さっきみたいにガバっと腰を折って礼をされると、それはもうタユンタユンなわけです。
ユルユル
タユンタユン。
ハハハ。
……だが、私はもう童貞ではないのだ。
毎夜毎夜テッサかアイーダ、もしくは二人同時にイチャコラして、肉欲に溺れる日々を過ごしているのだから、そんなパイチラなど効くわけがないのだ。
……
……まぁ。
自分自身では自覚はない事だが、相当に顔が緩んでしまうようで、一度エリンが腰を折って礼をしているのをアイーダとテッサが見て、その晩に思い切り
「「 あんなものが気にならないくらいにスッキリさせる 」」
と、肉体的にシメられたので、以降は表情には出さないように気を付けています。はい。
そう。
対、タユンタユンは無表情がベスト。
そして腰が折られた瞬間に遠くを見るのがモアベター。
………………
いや、でも気になるよ。実際。うん。
アイーダとテッサのオッパイも大好きだけれど、仕事中のパイチラというのは別腹なのです。
気になる物は気になる。
これは真理なのです。
エリンにはそんな素振りを見せないように雑談をしながらギルドへと戻ると、レスターもちょうど戻ってきたようだった。
「おうタツ。
言われてたヤツ実験させてるけど、なんかうまく行きそうだってさ」
「おおっ! 漂白やノリはどうしたんですか?」
「俺にそんな小難しい事はわかんねぇよ。
なんかどっちも鉱山で取れたもんを利用するらしいぜ。」
「そうですか。いやぁ、いいですね~。
『紙』が作れるようになれば、羊皮紙を作る必要が無くなりますし、収穫量の少ない革を加工品に回せますからね。」
自分という存在が、飼料の功績でギルドから重宝されているのを活かし、さらに自身の地位を高める為の取り組みとして、レスターとギルドに協力してもらいながら『紙』の作成も実験しているのだ。
紙の原料は何か。
もちろんウンコだ。
といっても象のウンコだが。
象の糞は実際に日本でも紙として売られており、その原料を私は無尽蔵に出し放題。
これまで紙として使われていた革は家畜が多ければ問題は無かっただろうが、セグインは家畜の数が少ない。
革は衣食住に必要不可欠な素材であり、利用法は多岐に渡るが、やはりどうしても羊皮紙などとして使用しなくてはいけない需要もある為、慢性的に不足している状態だった。
そこで紙の加工法さえ確立できれば、供給不足の革を衣食住関連に回すことができる。
それに紙は強度次第で衣食住にも利用する事ができる。
些細な事だが、些細な変化が積み重なって大きな変化になるのは世の常。
できる事からコツコツと。である。
尚、私がこのようにセグインに肩入れする理由は単純。
『いい国』
そう思ったからだ。
貧しいが人は助け合い、共に支え合って生きているように思えて居心地が良く。
アイーダやテッサも奴隷という立場であっても、デオダードと比べると、とても過ごしやすそうにしているように見えた。
国王や兵隊たちの評判も悪い物は聞かないし、逆に悪い所があったら文句を受け付ける部署までギルドに設けられていたりまでする。
貧しい国だからこそ、それを補う魅力を作り出しているのだろう。
なにより……アイーダとテッサの二人の笑顔を見て、この国なら二人と一緒に幸せになれるかもしれないと判断した。
だからまずは、より過ごしやすい国にする為の努力を始めたのだ。
そしてもう一つ。
暮らしてみて分かった事だが、セグインの民の防衛特区に対する信頼が厚い。
戦争になっても防衛特区だけでなんとかするだろうといった信じられないレベルで信頼されている。
そもそもの話として、セグインはデオダードと比較して人口が少ない。
戦争になれば数は力だ。
なのに、デオダードがなぜか大きく動こうとはしなかった事も、この防衛特区が関係しているかもしれない。
これはセグインに何かしらの強味や秘密が隠されているような気がするのだが、今の私の周りにいる人間からは聞いても『防衛特区の兵隊は超強い』という回答しか得られない。
では、なぜギルドはキマイラで頭を抱えていたのだろうか?
私がその秘密を知る機会は、確固たる地位や信頼を得ないと巡ってくることはないだろう。
国を良くする為に活動をしていれば、その内に地位も信頼も得られるだろうから、そうなったら聞けばいい。
そんなことを考えながらレスターやエリンと話をしていると、アイーダがバタバタと駆け込んでくる。
「た、大変よ! タツ! 大変!
王宮から使者が来てるのっ!」
……どうやら、その機会は早く巡ってきそうだ。




