16話 反逆 【イラスト有り】
心臓が破裂するんじゃないかと思うほどに脈打っているのが分かる。
動悸が激しくなっている理由は二つ。
自分が想像以上の事をしてしまった事に対する動揺。
それと、脱出を急く焦りの気持ちからだ。
激しい動悸につられ早くなりそうな息を、敢えてゆっくりとした呼吸をする事で落ち着かせてから頭を巡らせる。
私はブラス砦で砦を乾燥した牛糞まみれにした際に、消防車から放水するくらいの勢いで糞を放出できる事に気が付いた。
放出する『量』を増減させる事もできていたし、その放出にあたって普通であれば『反動』等の力が発生するはずだが、この能力を使った私に対しては、まったく反動などが影響しないという事も体感していた。
消防士が放水する際には全身でその反動を受け止めているのに、なぜ反動が無いのかを不思議にも思ったが、元々神様が思い付きでくれた能力なのだから『そういう能力なのだ』と理解することにしていた。
ただ、放出された『物』に関しては運動エネルギーをきちんと持っていた。
勢いよく手からウンコを飛ばせば、当たったゾンビはその物量をモロにくらっていた。
学校で習った事だが物体の持つ運動エネルギーは、物体の質量と速さの二乗に比例する。
質量――つまり重ければ重いほど力は強くなるという事。
お風呂に水を満たすと200~250リットル程あるのが一般的。
つまり、あの大きさの質量の水であれば200~250キログラムという事だ。
そして、私が想像したのは
『私と対峙している人間6人が埋まる量のクソ』
だ。
それも、広い部屋で裁判官のように間隔をあけて着席している連中が、一瞬で埋まるようなとてつもない量。
最初は
『手を上下左右に動かして放出し続けなきゃダメだろうな……相手が魔法を使ってくるだろうし、一か八かになるからやり過ごして逃げよう』
とか思っていたのだが……領主がアイーダとテッサの約束を反故にし、あまつさえ二人をムナクソ悪い男魔法使いに抱かせるという物言い。
惚れた女二人を私から取り上げた挙句に寝とられ、おもちゃとして弄ばれるという事にあまりに腹が立ち、ついカっとなってヤル気になってしまった結果。
出たのだ。
ドバっと。
一瞬で。
大量に。
ウンコが。
しかも消防車の放水の勢いそのままドンと、まるで壁が飛んでいくかの如く。
……私を撥ねたトラックも真っ青の運動エネルギーを持っていたに違いない。
結果としてどうなったか。
今、私の目の前にはクソの壁が出来ている。
もちろん魔法使い達や領主はその中だ。
クソとの衝突で、かろうじて一命を取り留めたとして待っているのはクソでの窒息という地獄。
「……恐ろしい。
ほんとに恐ろしい力を手に入れてしまっていた……」
少しの現実逃避に独りごちる。
壁とウンコの衝突音や、ウンコによる壁の破壊音で、間もなく領主の兵隊や、魔法使い達が王都から連れて来ているだろう兵隊達がウンコの部屋にやってくるだろう。だからさっさと脱出をしなければならない。
まずは脱出の経路を考える為にも落ち着かなければならない。
そう。
こういう時は、とりあえず深呼吸をしt……
「くっさっ!」
大量のウンコが目の前にある状況で深呼吸をしようなどと、どうやら相当に動揺していたらしい。
ウンコの刺激臭で一気に覚醒し、落ち着きを取り戻し部屋を後にする。
怪しまれないように急ぎ足で歩き、出口まで半分という地点に辿り着いた頃、警報の代わりなのか鐘が打ち鳴らされ領主子飼いの兵らしき者が私の前に立ちはだかり始めた。
『やるしかない』
漫画のヒーローのように手首をくっつけて両手を前に出すと同時に、ブラウン管テレビ程の大きさのカッチカチウンコを想像して放つ。
正常なウンコは70%以上が水分でできているから柔らかい。
だがカッチカチウンコはそうはいかんぞ。
「はぁっ!」
私の手から放たれたカッチカチのブラウン管テレビサイズのウンコは、消防士の放水スピードそのままに兵の胴体に飛んでいき衝突する。
特大カッチカチウンコをくらった兵は、ウンコの持つエネルギーをモロにくらい、その大きな衝撃に耐えきれず自身もカッチカチウンコに巻き込まれるように吹き飛ばされながら壁にぶつかり、ようやく止まった。
兵が崩れ落ちると、その後ろの壁には大きくヒビが入っている。
「……とんでもない威力になってるな。」
私は目につく兵にカッチカチのブラウン管テレビサイズのウンコを放ち、兵にぶつけながら逃げる。
逃げながら色々とさらにヤケクソになってしまい、ナチュラルハイな状態になった結果、カッチカチのブラウン管テレビサイズのウンコをぶつける技は『糞動拳』とでも名付けておこうと思いついてしまった。
そう。
『もうどうにでもなーれ』状態である。
「フンドゥーケンっ!」
そう叫びながら撃ってみる。
すると、これまでが壁に当たってヒビが入る程度だったが、兵が壁にめり込むような感じになり、かなり威力が上がったような気がした。
きっと技名を叫びながら放つ事で、飛んでいくスピードが私が勝手にイメージした速度を反映して速くなり、それに伴って威力が上がったに違いない。
新技『糞動拳』を使いながら脱出を目指す。
目につく敵には『糞動拳』を放ち排除しながら屋敷を出ると、来る時には開いてた門が閉じているのが見えた。
門が閉じられているだけでなく兵達が槍や弓を構えている。
門の作りや人数を見る限り『糞動拳』の威力だけでは門をこじ開けるには至らないだろう。
……だが、より大きな威力ならば問題ない。
両手首を合わせ、刀の居合抜きのように両手を腰に構え気合を入れる
「特大……糞動拳っ!!」
言葉と同時にトラックサイズのカッチカチウンコを想像し放つと、トラックサイズのカッチカチウンコが手から猛スピードで門と兵に向かって飛んでいき、そして激しく衝突し轟音を響かせた。
トラックサイズのカッチカチウンコは門を壊すだけでは飽き足らず、勢いそのままに飛びつづけていく。
私はカッチカチウンコにより邪魔者が掃除された門を悠々と出て行くのであった。
--*--*--
思っていたよりも簡単に脱出に成功した私は、外套を着、隠れるようにデニスの元に向かう。
私達のこれからの為に、デオダード王国に対しての『伝言』を託さなければならないからだ。
ギルドへと足を運ぶと、まだ領主の館での騒動は聞きつけられていないようで、平常運転のギルドだった。
デニスは傭兵らしき男と依頼についてだろうか話をしていたので割り込み、話をしていた男に「緊急ですまない」と一言謝りながら銀貨を1枚渡すと、上機嫌になり快く譲ってくれた。
デニスは私の様子から何事かあったことを察し、他人の耳を避ける為に外に出てくれた。
アイーダやテッサと合流を急ぎたい気持ちもあった為、移動しながら会話をする。
「デニスさん忙しいところスミマセン。」
「いや、いいって。
昨日オメーが言ってた最悪のパターンってヤツになっちまったのか?」
「ええ。最悪も最悪。
最悪で最低すぎて眩暈がしそうですよ。」
「そうか……とりあえず昨日言ってたように、領主の敵になったお前が奴隷を連れてペラエスを脱出してセグインに向かうって事で、俺に別れの挨拶と後始末の依頼であってるか?」
「申し訳ないですが、それだけじゃ済まなくなりました。
私が考えていたよりも、ずっと面倒をお願いする事になりそうです。」
「おいおい、勘弁してくれよ……なんかとてつもなく厄介な事になりそうだな……」
「はい。否定しません。
とてつもない厄介事になりました。
ですが、逆にデニスさんが私を利用する価値も生まれましたので損はさせません。」
「…………まぁ、いい。
とりあえずどうした。」
足を止め、デニスを見る。
私を見て歩みを止めるデニス。
「領主と王都から来た魔法使い、総勢6人を殺しました。」
回れ右をするデニス。
「よし。俺は帰る。」
「まぁまぁっ!
最後まで聞いていってくださいよ!」
デニスを羽交い絞めにして拘束する。
「離せっ!!
そんなとんでもないやつと一緒に居たら俺まで危ないわっ!!」
「大丈夫ですって! もっととんでもないことしますから!
逆に近くにいる方が得な状況になりますからっ!」
「やーめーてー! はーなーせー!」
「大丈夫ですからっ!
絶対にデニスさんとデニスさんの家族がこの国に大事にされるようになりますからっ!」
しばらくの問答の後、諦めたデニスが話を聞き始めた。
「簡単に説明しますと、私は流れの傭兵です。
しかし、ただの傭兵ではなく『とんでもない能力』を持っています。
まぁ、どうやっても耳に入ると思いますから伝えますが、私が持っている能力は『手からウンコが出せる』能力です。」
「グッ!」
デニスは鼻から鼻水を吹き出した。
少しの沈黙の後、手からポンと小さくウンコを出す。
再度、鼻水を吹きだし、手鼻で鼻水を地面に飛ばすデニス。
少々の沈黙。
手からポンと小さくウンコを出す。
「グッ!」
鼻から中々の圧の息を漏らすデニス。
「……まぁ、変な能力と思うでしょう。
が、これで魔法使い5人を一瞬で殺せました。
今だから言いますが、ドウェインも私が能力で殺せるように仕組みました。
私はこの能力を使う知恵を持っています。」
「…………あぁ。
まぁ確かにドウェインは死んだし、きっとオメーがそう言うんなら帰った頃には領主が死んだ情報も入ってくるだろう。
俺には思いもつかないような……グッ! ……その能力の使い道があるんだろうな。
……で?
オメーの能力と俺の家族や俺が国に大事にされるってのは、どう繋がるってんだ?」
「単純な話です。
私は領主からデオダードという国を代表してケンカを売られ、そして買いました。
『国からケンカを売られたから、国と戦うことにした』んです。
ケンカを売ってきた領主は仕留めましたが、領主は私に王国の名でケンカを売ったのですから、この戦いは継続中となりますし、私はしばらくの後に……王都を襲います。」
デニスがゴクリと息を飲む。
私は自分の言葉で立ち位置を再確認しつつ、言葉の端々に少しの興奮が現れているのを感じながら続ける。
「……その被害は甚大で、人はすぐに王都を離れ衛星都市に散らばるでしょう。
半年か1年で、機能が復旧したら犯人探しが始まるでしょうから、その時に私が名乗りを上げ『再度襲う』と告知します。
ただ、条件次第では襲わないかもしれない余地を残すので、そこで交渉できるのはデニスさんだけと指名。もしデニスさんが居なければ再度王都を襲います。
国としても王都を落とせるようなヤツとケンカはしたくないでしょうし、その唯一の交渉材料は大事にされると見込んで、このような提案なのですが……いかがですか?」
「……凄い自信だが……王都を落とせるだけの自信があるってのが信じられねぇな。
あそこは魔法使いだらけだぞ?」
「なんでしたら王都だけじゃなく、衛星都市も含む国のすべてを壊滅させる手もありますよ?
……が、無益な殺生は可能な限り避けたいと思っています。
知り合いが死ぬのは嫌ですから。」
デニスは目をじっと見る。
やがて、一息つきながら眼を閉じ肩を狭めた。
「…………ふぅ。
で、その特別扱いをしてもらう見返りは? 俺に何を求める?」
「私の噂をばら撒き続けてください。
『ペラエスの領主がデオダードの国を代表してタツにケンカを売ったからこうなった』と。」
「……それだけでいいのか?」
「えぇ。私の名前が大きくなればなるほど色々とやりやすくなりますから。
ただ、デニスさんが噂の元だとバレると犯人探しに巻き込まれる可能性もありますので、バレないように気をつけてもらわないといけませんけれど……」
「俺の職業はギルド職員だぜ?
噂なんてバラまき放題だ。まかせときな。
……まぁ、本当に王都が落ちたらの話だけどな。」
「では、交渉は成立ですね。」
「あぁ。」
「有難うございます。
きっと次に会うのは、だいぶ経ってからになりますね。」
「おう。まぁ、なんだ。それまで達者でな。」
「デニスさんも」
手を差し出すと、一瞬デニスが躊躇した後、無事に握手を交わし、互いに背を向けた。
--*--*--
それから数週間の後、王都を見渡せる丘にタツの姿があった。
「極…大……混合! 糞動ー拳っ!!」
叫び声が響き渡り、その日、王都は糞に包まれた。
イラスト
もじゃ毛 様
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