14話 不穏
ペラエスへの道中、アイーダとテッサの二人のやり取りは、笑顔で火花を散らすというか、優しい言葉なのに何故か『棘』を感じさせるような……そんな感じで、ずっと二人で静かに対立……ケンカを継続させているように思えた。
私としては二人に仲たがいをしてほしくないし、出来れば3人で良い関係を築いていきたいと考えていたので、二人にきちんと顔を合わせながらお願いをすることにした。
「アイーダ。テッサ。
……私にとって二人は、とても大切な人で、大事にしたいと思っているんです。
だから二人にもあまり険悪になって欲しくない。」
そう真剣に伝えると、二人はお互いに謝り合って関係が改善した……感じがするようになった。
感じがするというのは『タツの為に』とか『タツに言われたから』と言うような
『本当は嫌だけど仕方なく』
といった雰囲気が微かに見て取れるのだ。
二人とも上手に隠してくれてはいるけれど、食事の際の食べ物の受け渡しの際といった、ふとしたところに双方微妙にそういった感情が見え隠れしたりしている。
こういった感情は積もり積もると我々3人の関係にとって大きなマイナスになる可能性もあるし、私はできればみんなで仲良く過ごしたいので、テッサのセグインの提案だけでなく、この解決策についても色々と移動しながら考えることにした。
……いや、別に初めての時の3人一緒にプレイがとても良かったとか、別にそんなん関係ないし。
……違うよ?
いい感じで3人でまたとか思ってないし。本当に。
一緒に住む人間の関係改善ってとても大事な事だと思うんですよ。
そう。
将来の事よりも、まずは目先のことからしっかり片付けていくのです。
それが将来につながる。きっと。
……多分。
――最初に思いついた解決策は、『はっきりと序列をつける』という方法。
例えば、
『アイーダよりもテッサを好き』
『テッサよりもアイーダが好き』
といった具合に、どちらをより私が好きか二人に告げる。
上に立った方は下に対して優位性から優しくなり、下もある種の諦めをすることになり争いは消える。
……けれど、逆に優越感から一層踏みつける可能性もあるし、下になった方が上を憎む可能性もある。
なので、これは却下。
次に思いついたのは、『共通の敵を作る』という方法。
二人に共通するライバルを作れば、必然的に協力関係が築けて関係改善となる。
敵の敵は味方というワケだ。
……ただ、この場合は私の新たな恋人候補的な女の人がいなければいけない。
恋人候補がいなければいけない。
……………
……そんな人はいない。
…………相手がいない。
いないんだよ……
……という事で……却下。
最後に思いついたのは『私が取り合うほどの男ではないと意識させる』という方法。
そもそも二人は私の事が『好き』と、いがみ合ってくれているのだから、その『好き』が薄まれば執着が減り、いがみ合いのレベルも下がる。
そうすれば普通の話もできるようになって、その内に関係も良くなるかもしれない。
私を取り合う程の男じゃないと思わせる方法は簡単だ。
手からウンコだしてやればいいだけ。
100年の恋も冷めるだろう。
……ただ『好き』が薄まる事は『首輪』としての機能が活性化する可能性もある。
そもそもの話として『首輪』は、私の動向を補佐官に報告すること、今回の依頼での私が死地に赴くまでの心変わりを防ぐという役目、それと私を惚れさせて二人を人質に、私にいう事を聞かせる為にある。
死地に赴く件は解決したし、補佐官への報告については、報酬として二人が私の奴隷になる事が一応は確約されていて、二人もそれを知っている。二人の様子を見ていれば私に不利益になる事は言わないように思う。
つまり、今現在において約束が守られる限り首輪の事は心配ない。だが約束が反故にされた場合は……
それに『好きが薄まる』という事は、感情的に私にとって嬉しい事ではない。
例えばテッサの『好き好きチュッチュ』状態が『……あ。うん。好き好き』状態になるかもしれない。
つまり、獣のように求めてくるような事が無くなるかもしれない。
……それはイカン! 却下だ却下!
…………だが考えようによっては、いずれ手からウンコ出せる事がバレるかもしれないし、先にマイナス面を明かしておくという事も大事かもしれない。
例えば日本で婚約直前に『あ。俺借金あるんだ』というより、付き合い始めで『あ。俺借金あるんだ』と伝える方が受けるダメージは低い。
なぜなら同じガックリでも、あきらめがつきやすいのは後者だからだ。
…………ならば早めに言っておく方がいい。
ただ『手からウンコ男より領主の奴隷の方が良いわ』的に思われたら最悪だ。
その時はもう二人をサッパリと諦めて、頑張って奴隷を手に入れる……か?
いや、でも自分でスキスキ言ってる内に二人の事かなり好きになっちゃってるんだよなぁ……
……思考の迷路に迷い込んでしまい、なかばヤケクソになった私は思い切って聞いてみることにした。
「ねぇ。二人とも。」
「なに?タツ。」
「はい。なんでしょうか?」
「……もうすぐペラエスに着きますね………ペラエスに着いたら、二人は私の奴隷になると一応の約束があるけれど、アイーダの話では領主が約束を守らない可能性があります。」
二人は黙って頷く。
「でも私は、二人を私の物にしたいし、その努力をするつもりです。」
「タツ……」
「有難うございます……タツ様」
「それでも、努力してもどうしようもない状態になるかもしれない。
……そうなった時、私は多分逃げだすと思います。
行先はテッサの言ってくれたセグインかもしれないし、別の国かもしれない。」
二人の顔に影が落ちる。
「その時になって困らないように、二人には考えておいて欲しいのです。
『私と共に逃げる』か『領主の奴隷として残る』かを。
もちろん今、私に答える事は不要です。
私と来る場合、逃亡奴隷となりますし悲惨な未来が待つかも――」
「私は何があろうとタツ様と一緒にいますっ!」
私の声をテッサが遮る。
「逃亡奴隷になろうが構いませんっ!
タツ様が逃亡奴隷であってもお傍に居て良いと仰ってくれるのであれば、今すぐにだって逃げ出しますっ!」
強い意志を感じる言葉だった。
「あ、アタシだって! タツと一緒に行くわっ!
領主のトコにいたって……きっとすぐに死ぬほどヒドイ目にあう……どっちにしろヒドイ目にあうんなら少しでも幸せを感じられるタツのところがいいっ!」
アイーダもまた、強い意志を感じる言葉だった。
「ありがとう。
二人とも。」
テッサはどちらかと言えば、ドウェインを仕留めた事で英雄視というか神格化というか、テッサの中の私を絶対の物にしているような気がするので言葉に嘘はないだろう。
アイーダも、私の所にやってきたその日に殺されかけていたから、そういう使い方の奴隷になりつつあることを誰よりも自覚していて自分の為にもきっと私についてくる。
……という事は、私が手からウンコを出せる事を言っても、二人はついて来てくれる…………きっと。
それに、アイーダはなんとなくテッサに対しての対抗意識で張り合っているようにも思えるから、私の手からウンコ能力を伝えたら、多少なりと幻滅して無駄にテッサに対抗しなくなるかもしれない。
そうなれば、かなり二人の仲の良さには進展がある……私に対する好きは……まぁ、そもそも利害の一致のような物だから、減ったとしても好きというポーズは見せてくれるだろう……うん。
どうせ本当にどこまで好かれているかはわからないし……うん。いい。
もう能力を伝えてみてから考えよう。
なるようになれ。
結論に達した私は少し不安を抱えつつも、二人に能力の一端を明かすことにした。
そもそもの話として、テッサはドウェインを仕留める際にブラス砦についてきている。
テッサには横になってもらい眠るのを確認してから情牛糞を撒いたり、砦内部の加工をしたとはいえ、砦のビフォーアフターを知っている。
だから、私が『普通の人が出来ない何かを出来る』という事に当然感付いている。
テッサがソレを聞いてこないのは、きっと私を気遣っているからだろうが内心ではきっとモヤモヤとしているだろう。
アイーダも勘がいい方だし私が『普通じゃない』という事は、気付いている。
それに、私としても秘密を共有し相談できる人がいた方が心が休まる気がする。
デメリットだけではなく、メリットもある。
3人寄れば文殊の知恵という言葉もあるんだ。
そう。いい事だってあるはずっ!
一人で抱えるには……辛すぎる能力だから!
2人の仲の改善から、能力を明かすかどうかに話が結びついてしまったが、結論に達した私は
『こんな情けない男なんです。
だから私の為に争わないで。
でも、見捨てないで! 宣言』
をする事にした。
--*--*--
……ということで、二人に話したワケです。
こっそり手から牛糞ひり出す実演もしましたよ。
二人の反応?
そりゃあもう目が点ですよ二人とも。
目が点。
そりゃあ『好き好き~』って言ってる相手が、手からウンコ出せるんですよ?
目が点にもなるし、ハトだって豆鉄砲くらいますわ。
「「 絶対誰にも言いませんからっ!! 」」
って口揃えて必死に言うんですわ。
……なんていうか
……そう。まるで……いい年してウンコもらした人間をフォローするような優しい目をしてる気がしました。
ハハハ。クッソ。
それから二人が、私に対してさらに優しくなった気がします。
アイーダとテッサの仲たがいも、なんというか秘密の共有というか、バラしちゃいけない物がを抱えた苦悩の共有ができたのか、関係が良くなったような気がします。
結果オーライです。
そうです。
OKなのです。
……ただ、私の心はちょっと試合に負けて勝負に勝った的な。
何となく心が痛い様な気分になりました。
--*--*--
マイナス思考のあまり、テッサとアイーダが内心秘密を知れて嬉しがっていたのに反応を誤解しながらも3人の絆が少し深まった旅もペラエスの街が見えてきて終わりが近づく。
その時、バスタードソードの男レスター・アビラがタツに一つの提案をし始めた。
「補佐官の逃げ場を無くす為に盛大に凱旋しよう!
死ぬと思っていたヤツが生きて帰ってくれば、アイツ絶対腰抜かすから……その様を酒の肴にしてやろうぜっ!」
タツは少し考え、その提案に乗る事にした。
レスターは、街に入るや否や大声を張り上げ始める。
「俺たちは、あの『死せる砦』を攻略して来たっ!
見事討伐し、もうあそこにモンスターはいないっ! 俺たちの勝利だっ!
今日は盛大に祝うぞー! 祝盃だーーっ!」
その声を聞きつけた傭兵や衛兵達は、真偽を訪ねてきたり、祝いの言葉を投げてきたりと賑わいをみせ、そしてその賑わいを引き連れて補佐官の下へと向かい、補佐官は「何の騒ぎだっ!?」と出てきて、固まる。
死ぬ予定の人間たちが無傷で凱旋したのだ。しかも冒険者達に自慢しながら。
手負いで帰ってきたのであれば、子飼いの手練れで仕留めることもあったかもしれないが、これだと報酬惜しさに殺す事も難しくなってしまう。
「報酬が手に入ったら、全員で宴だー!」
レスターはさらに盛り上げ、ただ酒目当てに傭兵たちはどんどん集まってくる。
もしこの状況で秘密裡に殺してしまったとすれば、傭兵たちは皆ペラエスに立ち寄らなくなるだろう。今、目立っているタツやレスターをしばらくの間は、噂が立つのを恐れて狙う事も難しくなる。
なにより攻略した実力があるのであれば、返り討ちに合う可能性だってある。
補佐官に出来る事は、顔をヒクつかせながら報酬の話をする事だけだった。
折れた補佐官は比較的素直に報酬の話となった。が。
「すぐに渡せる報酬はこれだけ」
と、レ金貨10枚ずつ渡してくる。
「枚数が少なすぎやしませんか?
ギルド立ち合いの下の契約があるでしょう?」
と、私が契約内容を盾に突っ込むと、見えないように舌打ちをしながら
「金貨の手配は手間がかかる。
すぐにそれだけ用意できただけでもありがたいと思ってください。
領主様に報告をした上で、後日正式に対応いたします。」
と誤魔化した。一理はある為
「それもそうですね。
いちおう奴隷も私の物となっている事になりますから、今日から二人は私の物。
連れていきますが問題ないですよね?」
「…………ふぅ……好きになさい。」
「有難うございます。」
礼を言って補佐官の下を後にする。
「やったな。
まさかこんなにうまく報酬が手に入ると思ってなかったぜ。」
「レスターさんのおかげです。」
「……まぁ、身の安全考えて煽りすぎたせいで、酒代にかなり消えそうだけどな……」
「ハハ。確かに。
あぁ、そうだ。私は旅で疲れてしまいましたし、ゆっくりしたいので、金貨1枚を今回の場を作ってくれた礼に提供しますよ。酒代の足しにしてください。」
「おおお! 気前がいいな! ありがたく頂くぜ。
これで俺の報酬もそんなに減らなくて済む! なぁにタダ酒なんてのは安酒飲ませときゃあいいんだからな! 後はまかしときな! 本当はあんたも居た方が良いんだが、まぁ、無理は言わねぇよ。ゆっくり休んでくれ。」
「ええ。有難うございます。
それでは。デニスさんも飲み過ぎないように気を付けてくださいね。」
「おうよ。」
アイーダとテッサを連れて抜け出す。
「タツ様? これからどうなさいます?
休まれるのでしたら食材などを買いだしておきますが?」
「うーん。まずはみんなで風呂に行って疲れを取ろうか。」
「あぁ……私お風呂って好き! 流石よタツ!」
ウキウキで二人を連れてお風呂に行きました。
もちろん公衆浴場ですが。
で、その後は、久しぶりの街で3人で食事をし、綺麗になった体で、久しぶりにイヤラしいことをタップリさせて頂きましたですよ。
テッサが獣の如しでアイーダたじたじ、途中からテッサに対抗心を燃やしたアイーダが獣化して……大変素晴らしかったです。
…………ちょっと、私が生まれたての子羊状態になってしまい、立てなくなるかと思ったけれど。
--*--*--
飲み代を提供しても私の財産は金貨14枚。日本円で1,400万円を手に入れ、金貨1枚を旅の慰労として盛大に使い、しばらく3人で贅沢をすることに決めた。
が、二人は奴隷という立場からか少し豪華な食事などをねだるくらいの事しかせずに多くを望まなかった為、タツはドウェインの持っていた赤色の宝石3個を指輪に加工し、二人に贈ることにした。
3人でおそろいの指輪。
加工には1週間かかったが派手すぎない良い出来になり、その指輪を贈ると二人はとても喜んでくれて、テッサに至っては涙をこぼし、アイーダも何故かもらい泣きをはじめ延々と慰め大会が始まるほどだった。
それからさらに1週間が過ぎても補佐官からの呼び出しはなく、残りの報酬や休みの約束についてデニスやレスターといった人間から情報を集め探りを入れると、どうにもキナ臭い話になってきているようだった。
まず、王都の方で『死せる砦』が衛星都市から派遣された傭兵たちにより攻略されたこと、そしてその手柄がペラエスのタツだという事も大きく噂になっている。
これは、私が各衛星都市の手練れに頼んだ事だから仕方がない。
だが、良くないのは、その噂に
『コルハンお抱えの魔法使いが手柄を横取りしようとして殺された。』
という一文が付け加えられているのだ。
誰がやったとは言われていないが、前後関係から考えれば間違いなく私の仕業という事になる。
冷静に考えれば、そういう噂が立っても仕方がない事をしてしまっているのだから、どうしようもない。
……ただ、王都でまで噂になるというのは非常にマズい。
何故かといえば、王都は防衛の要。
つまり『魔法使いが嫌と言うほど集まっている』所なのだ。
そんな所で『魔法使いが普通の人間に殺された』だの『難攻不落の砦で大手柄を上げた人間がいる』だのは、間違いなく目をつけられる。
ドウェインを見て分かった事として、魔法使いは非常に高慢な人間が多い。
そんな厄介な人間に目をつけられること程、面倒くさい物は無い。
さらに、凱旋から2週間が経った頃に補佐官の姿が消えた。
姿を一切見る事が無くなったのだ。
これは報酬全てなしという最悪のパターンすら考えておく必要もあるかもしれない。
そう用心をはじめ、アイーダやテッサと色々と計画を練っていると、凱旋から3週間が過ぎた頃に、私の家に領主から招待状が届けられた。
勿論、来れるかどうかを問うような招待ではない。
強制参加の招待だ。
……領主の話によっては、計画を実行する必要もあるかもしれない。
そう考えながら、小間使いに屋敷へと伺う旨を返答するのだった。




