1話 能力
「――で?
何色のトラックだった?」
「……え?」
少年のようにも少女のようにも見える人が、静かに私に問い掛けていた。
「ほら早く。
どうせすぐ次の人が来るんだから。ハーリーハーリー」
「あえ? あ。 えっと……」
靄がかかったようにはっきりとしない頭。
現状把握もままならないまま問われた内容を考えるべく、現在に至るまでの記憶を辿り始める。
私の名前は、運七達彦。生まれは田舎の――
「あ~、そういうの要らないから。
……ってか変わった苗字だな。
ん? ……なんか…よく聞く響きに似てるような……」
頭で考えただけの事を、さも見ているかのように否定され戸惑う。
「はいはい。そういうのも面倒臭いってば。
はぁ~。……しょーがないから、お前にもわかりやす~いように一回だけ説明してあげる。
本当に一回しか言わないから耳の穴かっぽじってよく聞きなさいな。」
有無を言わせないような少年のようにも少女のようにも見える人の言葉。
訳が分からず誰かに助けを求めたくなり、誰かが居ないか右左と首を振るが誰もいない。
というよりも
『何もない』
ただ何もない空間が永遠に続くように広がっているだけだった。
自分の置かれている状態に思考は混乱を極め、やる方ない思いや不安が生まれ始め、何を言うでもなく口が動いているのが分かった。
すると突如両頬に手が当たり顔が固定される。
頬の痛みを覚え始めると、少年のようにも少女のようにも見える人の笑顔が、ずいっと間近に迫っていた。
「いいから、聞けっつってんだろ? な?」
極めて穏やかな口調ながらも、私の両頬に当てられている手にはギリギリと力が込められている。
混乱しながらも一つだけ理解した。
あ。
コレ笑顔だけど怒ってるヤツや。
そう理解するのに1秒も必要なかった。
とりあえず思考を停止し、目の前の人物を怒らせないよう聞く事に専念し始める。
私の様子を見て納得したのか、両頬から手が離れ、少年のようにも少女のようにも見える人は軽く咳払いをしてから口を開いた。
「よしよし。じゃ説明するぞ。
まずお前は死んだ。」
停止したはずの思考がザワっと動き始める。
と、同時に、少年のような少女のような人が私の頬を両手で挟むようにバチーンと鳴らし、さらに万力で締められるような力が伝わってくる。
思わず声が漏れそうになりつつも、貼り付けたような笑顔の少年のような少女のような人が、ゆっくりと顔を近づけてくるのを見て、
あ。
コレなんも考えたらアカン。
ただ聞くだけじゃないとダメなヤツや。
と、0.5秒で理解し、再び思考を停止した。
少年のようにも少女のようにも見える人は、今度は私の両頬から手を離すことなく言葉を続けた。
もはや思考は許されないようだ。
「え~~。お前こと、運七 達彦。
お前は特段のイイコトも無く、薄暗~い人生を27年歩んできて、トラックに撥ねられて死んだ。
山も谷も華も無い適当な学生生活。普通~の中小企業に就職してからも、これまた愛想笑いと上辺の付き合いだけの適当な社会人生活。
……せっかくの人生なんだからもうちょっと楽しめよお前……まぁ別にいいけどさぁ。
で、繁忙期に入って残業が続いた帰り道、判断力が鈍っていたからか天然ボケなのか、道路に落ちてたビニール袋を猫と間違えて助けようとして、走行中のトラックの前に躍り出て、はい終わり。と、いうわけだ。
ドゥーユーアンダスタン?」
言葉を聞いて自分の死の瞬間の記憶が鮮明に思い起こされる。
……あぁ、そうだ。
私は道路に猫がいると思って、ただただ助けなきゃと思って……つい。
…………というか……私が助けようとしたのはビニール袋だったのか?
「そ。コンビニの袋な。」
無駄死にというか自殺のような死因に無性に恥ずかしくなってしまい、顔を覆おうと手を動かす。すると、両頬にギリギリとした痛みが走った。
両頬に当たっていた少年のような少女のような手に、突如込められた力に驚き、顔を覆おうとした手はビクンと中途半端に上げた位置で反射的に止まった。
……ただ止まる位置が悪かった。
あと、ビクンと反応したのも悪かった。
どうやら目の前にいるのは少年ではなく少女らしい。
小さいながらもプニっとした感触というか、柔らかみというか、素敵な何かを感じた。
目を自分の手に向けると、わざわざ乳首を狙って、人差し指で突いたような恰好になってしまっている。
自分のしたことに慌てながら、オッパイ、ビニール袋猫、ちっぱい! ちくびー! 死んだー! そして頬が痛ぁぁぁぁぁっ!
と、混乱は深層に達しつつあった。
「……いい度胸だな。運七 達彦くん。
神の胸に気易く触れてくれるとはな。
あまつさえ小さいとかどうよ? この童貞のくせに生意気な。」
「はぇ!? ごご、ごめんなさいっ!!」
不本意ながらも少女の胸に触れてしまいドキドキしている気持ちと、なんで童貞って知ってるの? というか神様って!? と思考が回り始める。
すると、またギリギリと力がこめられる。
あ。
はい。考えたらダメなんでしたね。
「よしよし。続けるぞ。 私は神。
ま。別に信じる必要もないが神だ。
なぜお前がここに居るかというと……簡単に言えば穢れ無く清廉であり、形はどうあれ善行の為に無念の死を遂げた。
そしてお前は一般的に見て、『幸せな人生』や『満足できる生涯』ではなかった……
そういう不幸せな善人がトラックに撥ねられると稀にココに飛んでくるから、私がしょっぱい生前の帳尻合わせで幸せを感じるように祝福と生命を与えるのさ。
わかった? 理解した? OK? っていうか。理解して無くてもいいから『YES』と言え」
「い、YES」
「よしよし。いい子だ。」
笑顔を見せ、ようやく両頬から手を離す少女……神様。
よくよく見ると本当に美しいとしかいえないような少女だ。
私はロリコンではないが、ロリコンという性癖も仕方がないのかもしれないと納得してしまうくらいには美しい。
もっと単純にいえば、胸に触れたのが嬉しいと感じてしまうくらいには美しいし、万力の如き顔への攻撃もご褒美のように感じられるほどに美しい。
そんな事を思っていると、神様は小さく鼻を鳴らして続けた。
「ふん。この正直者が。
……で、まぁ、早速祝福を与えてお前を新しい世界に送ろうと思うんだが……何にするかな祝福。
分不相応な祝福を与えると、お前ら人間は自分からトラブルに突っ込んで行ったり、自分で火種まき散らしたりするからな……しかもソレが巡り巡って自分に戻ってきた時とかに
『ヤレヤレ……こんなはずじゃなかったんだがな。
……どうして俺はこんなにトラブルに見舞われるのかな? フッ。』
とか、ワケわかんないこと言うからな。
……嫌なら大人しく働いたり子供作って幸せになってろっつーの。
しかも、興味薄そうにしておきながらハーレム作ったりさ……興味ないなら田舎にひっこんでろよ! このムッツリが! ……ってツッコミたくなるから、あんま強力な祝福は与えたくないんだよな~……」
少女がガリガリと頭を掻きむしりながら、独り言を聞こえるように言っている。
その様子から本当に面倒臭そうなのが見て取れる。
何か嫌な前例でもあったんだろう。
「そ。これまで祝福を与えて送り込んだヤツが、最終的にはことごとく勘違い系の『俺様を崇め奉れ』のナルシスト系に落ち着くんだよ。当初の清廉さどこいった!? 業の深さにビビるわー! ってなるの。」
考えている事が読まれるのは十分に理解できたので、折角なので思った事を口に出してみる。
「こ、これまで一体どんな祝福を与えてきたんですか?」
「ん~~? 類まれなる膂力とか、魔法の才能とか、剣術の才能とか、商才とか、魅了の力とかそんな感じの能力だな。」
「あ~。ライトノベルとかでよく見る『チート』ってやつですね。」
「まぁ、他の人間から見ればズルいように見えなくもないからな~……個人的には単純に特殊能力付与してるだけなんだけどなぁ……はぁ。悩むなぁ……めんどくさい。」
「で、それらの能力を得た前例の方々は、悉く『俺様』系になったんですね。」
「そ。
……中でも最悪だったのは『異性を魅了する力』だったなぁ。コレは男女ともどっちも最悪だった。
男は目に付く女を次から次へと寝とり孕ませまくって飽きたらポーイ。
女は女で、魅了した男どもを競わせて戦争だらけにしやがった。
どっちの場合も自分の周辺と世界に不幸をもたらした俺様系だったよ。」
「……確かに、そんな能力があったら私でもそうなってしまうかもしれませんね……私だって人から好かれたいとは思いますし……もし、それが際限なく手に入るのなら、きっと全部欲しいと願ってしまうと思います。」
「だよなー。人間って本当に欲望の権化な生き物だよ。
……だからお前の祝福は、これまでと方向性を変えてみようと思う。」
「……実験じゃないですか……勘弁してください。」
「ダメ。
……てーか拒否できると思ってんのか?
ん? なんならこのまま死んどいてもいいんだぞ?」
「……スミマセンでした。
実験でも楽しく生きるチャンスがあるのであれば嬉しいです。有難うございます。」
「よしよし。素直が一番。
じゃ、どんな能力にしようかな……なんか面白そうなの閃かないかな~……来いっ! 超閃きっ!」
少女姿の神様は腕を組んで考え始めた。
私はその様子を眺めつつ、目を閉じ祈る。
あぁ……どうか、変な能力になりませんように……
「……う~ん。
……運七 達彦?
うん? ……運七? う~ん?」
あぁ、やめて。苗字で呼ばないで。
「ん? なぜに?」
小学生低学年の頃とか『うんしち、うんちー。うぇへへへ』とか、よくからかわれてたんですよ。
その時は先生が『人の苗字を悪く言わない!』ってキレてくれて……田舎で少人数のクラスだったから以降からかわれる事なかったけど、中学に上がって、英語の授業でALTの外国人が、どうやっても私の事を『ウンチチー』としか呼べなくて……
『ミスターウンチチー! ハウアーユー』とか……
『アイムファイン』って答えたら……誰かが「ミスターウンチは元気です」って呟いて、皆が笑いをこらえてたり……トラウマなんですよ苗字――
「ぶはっ!」
トラウマを思い出すと同時に、少女姿の神様が吹き出した。
「そうか! ウンチか! なんか引っかかると思った!
運七がウンチか! あははは! あははっはははは!」
楽しそうに笑う神様を横目に、トラウマを思い出している私の気分はどんどん沈んで行く。
そんな私のことなど毛ほども気にする事も無く、楽しそうに笑う神様。
……神様に喜んで頂けてなによりですよ。はは。
乾いた笑いを思うしかなかった。
「あは~……あ。
決めた。
ウンチにしよう。」
「……は?」
「お前の祝福。
『ウンチ』
これに決めた。」
「………………ちょっと何言ってるかわかんないです。」
嫌な予感しかしない。
胸の奥に黒く思い靄がかかっていくような感じがする。
私の心情とは裏腹に、少女の神様は満足そうに頷き言った。
「運七 達彦。 お前への祝福は『手から無尽蔵にウンチを生み出せる』だ。
じゃ。新しい世界に送る。またな。」
目の前が真っ暗になった。
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『手から無尽蔵にウンチを生み出せる』能力をやると言われた私は、その後、少女姿の神様に対して泣き落としをかけた。
それはもう必死に。
必死さと本気の涙が伝わったのか、少女姿の神様は幾分の譲歩の姿勢を見せてくれた。
……単純に『これ以上相手をするのは面倒だから適当に納得させてサッサと処理しよう』という風にも見えたが……
少女の神様の譲歩内容は、
・生前に得た知識の持越し。
・送り込まれる地球ではない世界の最低限の知識と言語
・ウンコの知識
・気まぐれに神託がおりてくる。
・病気にかかり難い加護と健康的な18歳の男の肉体。
だって。ははっ!
そうじゃない。そうじゃないんだ! 祝福内容が問題なんだ! ……と、粘りに粘ったが、祝福の内容が覆る事は……ついぞ無かった。
ただ、余りのしつこさに、少女の神様は最後の譲歩として、転生後のスタート地点を街の中にある家がある事にしてくれて、そこには一般家庭並みの財産もあるように特典として付けてくれた。
ソレをもって会話は強制的にシャットダウンされ、少女は私を異世界に送り込んだ。
私の祝福……能力は
『手から無尽蔵にウンチを生み出せる』
だ。
――これは、神様から与えられたクソな能力で幸せをつかむ。そんな私のお話――