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親愛なる悪魔へ  作者: ルシア
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お兄ちゃんの諸事情

 生まれたときから様々なものが見えた。その存在に気づいてはいけないのだと、子どもながらにわかっていた。だから決して注視することも指さすこともしなかった。

 それは物心ついた頃から変わらなかった。果たしてそれが良かったのか悪かったのかわからない。なぜなら3歳年下の妹は、何もない場所を見たり、捕まえようとしたり、怖がったり、笑ったりしたからだ。

 妹も同じものが見えている。そう気づくのに時間は掛からなかった。なんとか両親や他の人たちの視線を妹から遠ざけようとした。けれどほどなくして、両親も妹が見えないのを見えていると気づいた。

 だが、どうしてだろう。思っていた反応と違った。

 両親は妹を見てとても喜んだ。数百年来の先祖返りだと。外ではそれらについて語ってはいけないけれど、家の中なら良いのだと教えていた。

 我が家は古くから続く由緒正しき血筋なのだと両親は語った。

 平安時代に帝に遣えていた陰陽師の一族であり、最も霊力の高かった『千晴』の子孫なのだという。

 千晴について両親はたくさんのことを語ってくれた。女でありながら陰陽師として危険な場所にも行っていたこと、彼女の苦労や業績、そして悪魔との出逢い。

 そして千晴はとある神社に嫁いだ。それが父親の実家の家系なのだという。確かに叔父は宮司だ。父は宮司になるのが嫌で、弟である叔父が継いだのだと聞いている。

 場所もすぐ近所だ。小さい頃から何度も遊びに行っていた、和泉神社という名の神社である。

 千晴は悪魔との出逢いを随筆として残していた。幾多の資料が神社の中にはある。今となっては解読が難しいが、そこに記されていることを要約すると『先祖返りは淡海の地を訪れよ』というものだ。先祖返りとは、霊力の高く妖や物の怪の類が見える者のことを差す。先祖返りの者は本家に保管されている書に生年月日と名前が記されるのだ。

 生まれた千毬は数百年来の先祖返りなのだという。前の先祖返りは祖母の祖父にあたる人物らしい。今となっては信じ難い話だが、この一族はそれを信じ続けていたのだ。

 物の怪の類が見えるのが先祖返りならば、自分もまた同じある。

 両親にそのことを伝えようかと迷った。しかしそれらを無視することに自分は慣れていたし、今更伝えても自分に利があるわけでもない。

 ただ、可愛い妹を守れればそれでいい。

 真っ当な人間として、妹を邪悪な存在から守り抜いて見せよう。





「って思ってたのによ、千毬が一番辛いときに俺は中学で、千毬が中学に上がれば俺は高校だろ。酷くない?」


 はぁ、とため息が漏れる。


「3歳差なんだから仕方ないやん、それ。だいたい洋平さんがいつまでも隠してんのがアカンのちゃうん?」


 すると隣でお茶を待つ絆花が憐れむように言った。


「今更言えるわけないだろ。それより最近学校どう?」


「どうって、普通やで」


「お前じゃなくて千毬。虐められたりしてない? 変な奴が憑いたりしてない?」


 そう洋平が尋ねると、「うわー、超シスコン」と絆花が顔を歪める。


「今んとこは大丈夫やで。洋平さんの護符のお陰で千毬に近づく奴はウチが何とかしてるし」


 絆花がそう言うと、妖弧のソラが「きゅ~」と鳴き、短い手を挙げた。ソラも活躍していると訴えかけている。


「まだ護符余ってるか?」


 護符とは洋平の手作りの札である。洋平も先祖返りと知るのは宮司である叔父だけだ。両親や千毬には知られたくないと言う洋平の願いを受け入れ、それでも術を学びたいと願う洋平の願いを受け入れた。

 昔のように本格的な陰陽師の知識や術はないが、身を守れる程度に洋平も千毬も学んだ。だいたい千毬が教わっているのを横で何となく聞いているフリをしていたのだ。もちろん自分も使えるようになるために、一人の時間にたくさん練習した。


「まだ3枚あるからとりあえずは大丈夫やと思う。ただこれとは別に、結界が張れるようなんが欲しいな」


「結界?」


「せやねん、時々変なん入ってくるし。もし結界が破れたなら破れたで、それがわかれば一石二鳥やろ」


 洋平は自分が傍に入れない代わりに、絆花に千毬の護衛を任せていた。絆花は霊力が弱く自分で護符を作ったりは出来ないが、洋平の作った護符を扱うことは出来た。彼女が千毬に絶対なる信頼を抱いていることもわかっているため、洋平が絆花に願い出たのが始まりである。


「わかった、作っておくよ」


 訂正すると、洋平が先祖返りと知るのは叔父と絆花だけである。


「紅茶入れてきたよ~、今日はお母さんが作ってくれてたアップルパイもあるの♪」


「ともちゃん、いらっしゃい」


 お盆を持って千毬が部屋に入ってくる。その後ろにアップルパイをお盆に乗せた母も顔を覗かせた。


「お邪魔してます」


 絆花は挨拶をして立ち上がると母からお盆を受け取った。


「んじゃ、俺も部屋に帰るかな」


「えー、お兄ちゃんも一緒に食べようよ」


 それぞれのお盆から紅茶とアップルパイを手に取ると、洋平は背中で扉を押した。


「ガールズトークに俺が入っても面白くないだろ」


 ゆっくりして行けよ、と声を掛けて洋平は母と共に千毬の部屋から出て行った。


「……で、お兄ちゃんと二人で何話してたの?」


 机に紅茶とアップルパイを並べながら千毬は楽しそうに尋ねてきた。


「何ってこともないよ、いつも通りちぃが学校で虐められてないかって話」


「お兄ちゃんってば、またそれ? せっかくともちゃんが来てくれてるのに」


 残念そうに千毬はため息をついた。


「でも毎回毎回二人だけで話す時間欲しがるし、絶対ともちゃんのこと好きだと思うんだけどなぁ」


 それは二人で千毬を守るための作戦会議をしているわけで……、決してそのような意図があるわけではない。


「ともちゃんはお兄ちゃんのことどう思う?」


「シスコン」


 即答すると千毬は頭を抱えた。


「それを言われるとおしまいだよ~。そうじゃなくて、好きになったりしないの? 私、ともちゃんにならお兄ちゃんをあげてもいいよ!」


「貰ってくださいの間違いやろ」


 そう言って二人で笑い合った。


「顔も頭も良いのに性格があれじゃ、せっかく高校生なのに彼女も出来ないよ」


「ちぃも相当なブラコンやね」


 絆花と洋平の距離は千毬を介してとても近い。そこに恋愛感情が本当にないかと聞かれれば、絆花は首を横に振るだろう。

 絆花にとって洋平は、千毬と同じように特別な存在だった。彼は千毬を守りながら絆花も守っている。絆花に守るために力を与えてくれている。それに、秘密を共有しているという関係がどこかくすぐったがった。

 しかし、きっとは洋平にそんな気持ちはないだろう。彼は一途に千毬を思っている。シスコンと言うには度が過ぎているのだ。過保護であり、それこそまるで千毬に恋しているようだ。

 洋平が守りたい存在は、自分にとって掛け替えのない存在である。千毬を守りたいと思う理由が一つ、増えたのだった。

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