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親愛なる悪魔へ  作者: ルシア
3/6

鬼火の恩返し

 小さい頃から、何もないところですぐに転んだ。自分としては何かに躓いたり、背中を押されるような感覚があった。しかし直後辺りを見回しても、何もないのだ。

 そのことを両親や友だちは不気味に思っていた。その目が嫌で、出来るだけ無表情になるようになった。転ぶくらい、少しドジなだけだと思えば支障はない。

 友だちも少ないが、最低限いれば問題ない。

今日から中学生だ。わざわざ地元の公立ではなく少し離れた私立を選んだ。またヘマをしないようにしなければ。

そう思いながら、加賀絆花の中学校生活が幕開けしたのだった。



(何で初日から、こんなに重いんよ……)


 入学式に余裕を持って間に合うように家を出たと言うのに絆花の足取りは重かった。背中から覆い被さるように全身がだるさを訴えている。

 体調不良なわけではない。まるで何かに取り憑かれているような感じだった。

 もちろん絆花には幽霊やお化けの類を見る力なんてない。信じてすらいない、と言えば嘘となる。小さい頃からの不運や不可解な出来事はそれらの類の仕業だと思っている。

 だが、何故自分なのか。見えるわけでも感じられるわけでもないのに、自分だけがこうもちょっかいを出されるのは癪だ。


「あ~~~~っ、もう! いい加減にせぇ!!」


 学校に遅れるでしょ、と思わず叫んでしまった。


「あ……」


 何事かと、周りにいた人は絆花に目を向ける。ゴミ出しのおばさん、交通安全のおじさん、犬の散歩のお姉さん、そして同級生になるであろう同じ制服の人たち。


「まったく、しつこいんやから!」


 そう言って絆花はスマートフォンを取り出し操作をした。周りの人は、何だスマホかと思い絆花から目を逸らした。


(初っぱなから痛い子に見られてるやない)


 中学では失敗しないと心に誓ったばかりではないか。

 スマートフォンをポケットにしまいながらため息をつき、ほんの少し軽くなった身体で絆花は学校を目指した。

 絆花は気づいていない、そんな絆花から目を逸らさずにいた者の存在を。




 クラスについたのは入学式の始まるぎりぎりの時間だった。あの後、再び足が重くなってきたのが原因である。

 流石に学校の中まではちょっかいを出してこないらしい。何事もなく入学式を終えることが出来た。


「絆花ちゃん、家どっちの方?」


 隣の席になった子が話しかけてきた。


「ん? 駅の方やで」


「なんだ、逆か。なら下まで一緒に行こう」


「ええよ~」


 よし、順調だ。隣の席の子が話しやすくてよかったと思う。

 二人は昇降口まで一緒に行き、校門を出るところで別れようとした。


「っ、」


 するとさっそく足に何かが引っかかる感じがした。流石に一日に何度もあることなので盛大に転けることはなくなった。せいぜいバランスを崩すところである。


「絆花ちゃん意外とドジだね、何もないとこで躓いてる」


「いや~、なんか小さい頃から躓きやすくて」


 くすくすと笑われ、絆花は苦笑いで返した。


「あはは、じゃあね、また明日」


「うん、ほなね」


 手を振り、別れた。真逆の方へと歩き始める。


「………はぁ」


 最初はみんな腹の探り合いである。これから気の合う子を見つけグループを作っていくのだろう。

 面倒だ、と絆花はため息をつく。


(これから先、どうなることやら)


 願わくば、平穏な中学校生活が送れますように。



 そんな絆花の願いは叶わなかった。

 見た目も冴えずどこか暗い絆花。いつも身体が重く猫背になりがちであり、黒く長い髪は不気味さに発車を掛けていた。そのくせドジですぐに躓いたり、独り言が多かったりと好かれる要素はない。

 ただし頭は良い。話せば暗さなどないし、嫌味な感じもない。そのためクラスでも少し話しづらいが嫌悪されるような存在ではなかった。

 まぁ、小学校の頃よりはマシだろう。

 小学校では明らか嫌われ組に入っていたのだから。


「うわ、ノート忘れたやん……」


 今日は金曜日で週末。来週から始まる期末テストの勉強をしなくてはならないのに、肝心のノートを学校に忘れたではないか。

 家に帰ってきて一息ついてから気づいたため、もう17時を回っている。夏なのでそこそこ明るいが、学校に行っている間に日は落ちるだろう。

 しかしテスト前で部活もないため明日は先生たちもいないだろう。今ならまだ、テスト作成に残っている先生もいるかもしれない。

 僅かな希望を胸に絆花は学校を目指した。もちろん、英単語帳を手にして時間は無駄にしない。





 学校に着く頃には日が暮れていたが、まだ職員室には明かりがあった。

 正面玄関の方から入り職員室に向かうと4人ほど残っているようだった。うち一人に声を掛けて教室に向かう。


「よくこんなところで働けやんなぁ」


 夜の校舎は不気味であり。日が暮れてまで居たくはない。


「あ~もう、はよ帰ろ」


 絆花はノートと、ついでに忘れていた別教科の資料集を鞄に入れると早々に教室を後にした。

 一年生の教室は3階だ。階段を下りているときだった。


「!」


 背後で、ざざざっと何かが通る音がした。振り返ると何もなかった。

 背筋か凍る。まさか、という思いが過ぎった。悪い予感ほどよく当たるものである。


「――――――っ」


 逃げるように絆花は階段を駆け下りた。


「おう加賀、あったのか?」


「はい! 帰ります!」


 一瞬教師とすれ違ったが、今はそれが本物かどうかも信じられず、絆花は目も合わせずに走り去った。

 急いで靴を履き、校舎から出る。

 その間も背後から何かが迫ってくる気配がある。ざざ、ざざっと擦れるような音が耳に届く。ここまで、明らかに何かを感じ取ったのは初めてだった。

 絆花は角を曲がりながら一瞬振り返る。


「!」


 すると青白い光が灯いたり消えたりしながら追ってきているではないか。それも一つではない。どんどん数が増えていく。


「嫌や! なんなんよこれ!?」


 涙が浮かんできた。


「あ――――――」


 足が縺れた。体勢を立て直す反射力が失われているのを感じた。転けるまでの一瞬が長く感じる。こんな時まで邪魔しなくていいのに、と目を瞑った。

 その時だった。


「ともちゃん!!」


「!?」


 転けそうになった絆花の腕を取り、誰かが引っ張った。それにより一歩踏み出すことの出来た絆花は転ばずに済んだ。


「何でこんな時間に出歩いてるの!?」


 どこかで聞いたことのある声だと思い、顔を上げた。


「えっと……」


 同じクラスの子だ。背は小さく笑顔が可愛らしい女の子。席が遠いためあまり関わることのなかった。

 そのはずなのに、何故自分は「ともちゃん」と呼ばれているのだろうか……


「早く、走って!」


 腕を掴んでいた手は、絆花の手を握る。そして走り出した。


「ちょっと、え、なんなん!?」


 訳がわからない。尋常ならぬ絆花の焦る姿を見て不審者に追いかけられてるとでも思ったのだろうか。それとも彼女にも青白い光が見えたのだろうか。

 どちらにしろ、どうして彼女は絆花を助けようとするのだろうか。


「話は後でするから! 今は走って!」


 そう言われ、絆花は意を決した。自分の足でしっかりと走る。彼女に導かれるままにいくつもの角を曲がった。後ろを振り返る余裕など、なかった。

 そしてたどり着いたのは神社だった。

 意志階段もない、街外れにひっそりとある神社である。

 鳥居を潜るや否や、彼女は絆花を背に隠すようにして振り返った。


「いい加減にしなさい! どんなに悪戯したって、ともちゃんには見えてないんだから怖がるだけってのがわからないの!?」


 何も、誰もいない空間に向かって彼女は叫ぶ。


「その所為で大怪我とか交通事故に遭ったらどうするの!」


 そして鞄の中から一枚の札を取りだした。半紙のような白い紙に墨で文字や絵が描かれていた。アニメやネットによく出てくるものである。

 まさかそっち系のオタクかとも思った。


(だって、そんなの本当にあるわけ……)


 今まさに非現実に直面しているのに、自分すら非現実の存在を信じているのに、他人のそれは信じられなかった。


「悪い子にはお仕置きなんだから!」


 彼女はそれを投げつけた。あんな薄い紙を投げれば、普通なら風に負けて舞い上がってしまうはずだ。

 けれどそれは勢いよく、真っ直ぐ飛んだ。


「!」


 そして何かに張り付く。すると先ほどの青白い光が姿を現した。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前……」


 テレビでよく聞く呪文と手で結ぶ印。それを迷うことなく結ぶと青白い光は藻掻き苦しみだした。


「悪霊退散!!」


 彼女の言葉と共に青白い光が燃え上がった。

 そして、消えてしまった。


「……………もう大丈夫だよ」


 一連を終えて息を整えると彼女が振り返る。


「あ、ああ……」


 突然の、信じられない出来事に絆花は腰を抜かし地面にへたり込んだ。礼を述べなければいけないのに、声すら掠れて出てこなかった。


「…………ごめんね」


 それを見て彼女は哀しそうな顔をした。

 その表情を絆花は知っている。自分を理解してもらえないとわかったときの、孤独を突きつけられたときの表情だ。自分と同じである。


「悪い子じゃないの。ただともちゃんが好きで気づいて欲しくて悪戯してただけで……、ううん、何でもない」


 彼女はそう言うと鞄の中を探った。


「もう大丈夫だから、気をつけて帰ってね」


 屈んで絆花にそれを握らせると、彼女は複雑な表情のまま走り去った。


「………………おま、もり?」


 それはお守りだった。神社の名前も寺の名前もない、ただ五芒星の描かれた手作りのお守りである。


(うち、傷つけた)


 助けてくれたのに、拒絶してしまった。友だちでもないはずの、ただのクラスメイトの自分を助けてくれたというのに。


(ちゃんと謝って、お礼言わな)


 ぎゅっとお守りを握りしめて絆花は立ち上がった。


「…………名前、なんやっけ?」


 そう言えば、ちゃんと覚えていない。そろそろ一学期が終わりそうと言っても、ほとんど関わったことのない子だった。


「たしか、ちーちゃんとか呼ばれてた気がするんやけど、」


 もしかすると、彼女も自分が「ともちゃん」と呼ばれているからそう呼んだのだろうか。本名も覚えていないのかもしれない。






 そして、週が明けて期末テストがやってきた。

 お守りの効果だろうか。あれから家にいるときも外に出かけるときも身体が重くなることはなかった。いつもなら学校に来るのもギリギリになるのに、それがないだけでかなり早い時間についた。

 教室に入りお礼を言おうと思ったが、クラスはテスト前という雰囲気があって立ち上がり話しに行けない。静かすぎて話を聞かれるのも嫌だし、わざわざ呼び出すのも変な感じだ。

 休み時間も同様である。放課後に話そうと思えば、ドアに近い彼女はすぐに姿を消していた。

 翌日も、その次の日も、彼女は授業の始まるギリギリに来て話すタイミングが掴めない。とりあえずテストが終わるまで話すのは難しいかと、絆花も諦めて期末テストに向き合った。

 漸く一週間の期末テストが終わる。あと数日もすれば夏休みだ。


「ちーちゃん、帰りマクド寄ろうよ!」


「ごめんね、今日も先にかえ……」


 いつものように帰宅ダッシュしようとしていた彼女を運良くクラスメイトが足止めをしてくれた。

 今がチャンス、と断ろうとする彼女に声を掛けた。


「あかんよ、今日はうちが先約やで」


「!」


 彼女は驚いた顔で絆花を見た。


「ともっ……、ごめ、加賀さん、今日も無理で……」


「逃げんといてさ」


 絆花は彼女の手を掴む。そして彼女に声を掛けたクラスメイトに軽く挨拶を済ませるとそのまま教室を出た。


「…………やっぱり」


 ぼそっと、彼女は呟く。絆花はしまったと思い振り返った。これでは問い詰めようとしているだけじゃないか。自分はただ礼が言いたかっただけだというのに。


「無理!!」


 そう叫び彼女は絆花を突き飛ばした。


「っ、待ってって!」


 逃げ去る彼女を追おうと絆花は立ち上がり、走り出す。

 しかし彼女の足は速かった。いくら重荷のなくなった絆花でも追いつくどころか、姿を追うことすら出来なかった。


「ふざけんなし、なんつー速さやねん」


 肩で息をしながら絆花は足を止めた。


「――――――っ」


 すると、音を立てて目の前にあの青白い光が現れた。

 思わず絆花は逃げだそうとした。


「?」


 しかしどこかおかしいことに気がついた。光は消えると少し離れたところで灯る。再び消えてさらに離れたところに灯った。

 これではまるで……


「ついて行ったらいいん?」


 それに答えるように、光はその場で何度か点灯した。


「……………………」


 青白い光についていけば彼女に会えるかもしれない。会えなくても、危険なことに巻き込まれればまた助けてくれるかもしれない。

 絆花は固唾を飲み、青白い光についていくことを決めた。


「あんたは何なん? 幽霊なん?」


 そう尋ねると青白い光は炎を揺らした。どうやら違うらしい。


「じゃあ、妖怪? 鬼火ってやつ?」


 すると青白い光は灯いたり消えたりした。どうやら正解らしい。

 もっとも、鬼火がどういうものなのか絆花はよく知らないが。


「何でうちにちょっかい出してたん? てか何で急に見えるようになったんよ?」


 今まで取り憑かれている重みとしては感じていたものの、こうやって姿が見えるようになったのは最近だ。もっとも、物の怪の類が見えるようになったわけでもない。ただ青白く光る炎を、この鬼火を見えるようになっただけだ。


「……わかるわけないやんな」


 この鬼火が自分に対して危害を加えようとしていたわけでないことは、彼女の言葉からわかっていた。ただ好きなだけでちょっかいを出していた様なことを彼女は言っていた。

 もし本当にそうならば、


「あんたが喋れたらよかったのにな」


 そしたら自分も寂しくはないし、この鬼火たちの存在を否定しなくて済む。

 そう思いながらそっと手を出し鬼火に触れた。


「!?」


 すると鬼火も驚いたのだろう。突然消え、現れたかと思うと複数になっていた。個々は小さいが、炎がゆらゆらとして、混乱したように飛び交っている。嬉しいのか恥ずかしいのか、ただ驚いているのかはわからないが見えている絆花には面白いものだった。


「あはは、可愛い奴やな」


 どうしてこれが怖いと思っていたのだろうか。今の絆花にはとても可愛らしく見えた。

 しばらく鬼火について歩くと、鬼火は一件の家の前で止まった。そして「ここだ!」と言わんばかりに飛び回った。


「もろ実家やん」


 大きな家だった。昔ながらの家で、門にはしっかりと表札が出ている。彼女の名字だ。『山崎』と木に彫ってある。

 鬼火が絆花の背後に回ると、絆花はインターホンを鳴らした。


『はい、どちら様でしょうか?』


 すると女の人の声が聞こえた。彼女の声ではない。彼女はもう少し高くて可愛らしい声をしている。おそらく母親か姉か妹だろう。


「突然すみません、千毬さんのクラスメイトの加賀絆花と言います。千毬さんいらっしゃいますか?」


 そう尋ねると、『まぁ!』と嬉しそうな声が聞こえた。


『千毬~! お客さんよ、加賀絆花ちゃんて子!』


『え、ともちゃん!? 何で!?』


『千毬の友だちが遊びに来てくれるなんて何年ぶりかしら♪』


『ちょっ、お母さん居ないって言って!』


『嫌よそんなの。絆花ちゃん、玄関開いてるからどうぞ入ってちょうだい♪』


『お母さん!!』


 インターホンの向こう側の光景が見てわかるような会話だった。自分の声が筒抜けと言うことを気づいていないのだろう。


「じゃあ、お言葉に甘えて失礼します」


 断りを入れて絆花は門を開けた。


「………お前は来ないん?」


 鬼火は答えるように光る。おそらく、入らないのではなく入れないのだろう。これだけ格式の高い家で、かつ彼女の術に一度は破れている。結界と呼ばれるものが張ってあるのかもしれない。


「そうやんな、わかった。ほなまたね」


 そう言って中に入ろうとしたときだった。


「ともちゃん!」


「!」


 玄関から彼女が飛び出してきた。とても驚いた様子をしている。当然だ、連絡網すらなくなったこのご時世、どうやって実家を突きとめたと言うのだろうか。ストーカーと思われても致し方ない。

 しかし、彼女が驚いているのはそこではないようだ。


「鬼火、見えてるの?」


「え?」


 絆花が鬼火と共に訪れたことに驚いているのである。しかもインターホン越しにこちらの会話も聞こえてたのだろう。


「せやね、千毬……ちゃんに、助けられた日から見えるようになったんよ。んで、今日は千毬、ちゃんの家に案内してくれたん」


「案内?」


「せやで」


 不思議そうに首を傾げる千毬に向き合い、絆花は頭を下げた。


「この前はありがとうね。正直初めてのことで混乱してて、その、ずっとお礼が言いたくて……」


「気味悪く、ないの?」


「え?」


 思わず逸らした目を合わせてしまう。


「だって私、急にともちゃんを連れ回して、訳のわからないこと言って、奇妙な術を使ったんだよ?」


 そう言われ、絆花は笑った。


「っ、そりゃ驚いたけどウチも一緒やし」


 その言葉が嬉しかったのだろう。驚いた表情のまま、千毬は涙を溢した。


「え、ええっ、何で泣くん!? ウチ変なこと言っちゃった?」


「ちがっ、うれ、しくて……」


 千毬はこぼれ落ちる涙を何度も拭いながら首を振った。


「私、こんなん体質だからずっと黙ってて……、気味悪がられてばっかりで、にゅ、入学したときから……、ともちゃんが苦しんでるの気づいてたけど、助けたりしたら、また変な噂流れると思って……」


 どうやら千毬は絆花が何かに取り憑かれているを最初から気づいていたらしい。絆花のような半端物ではなく、正真正銘の霊感少女なのだろう。


「けどあの日は、思わず助けちゃって、術まで使ったから、気味悪がられるって……、だから、逃げて……、ごめんなさい……」


 泣きじゃくる千毬。自分が嫌われるリスクを、学校でハブられるリスクを負いながらも絆花を助けてくれたのだ。


「あ~、もう、可愛いな!」


「ええ!?」


 絆花は千毬を抱きしめた。


「ウチも同じ人見つけられて嬉しいし! これからはもう怖なんてないし! ちぃを傷つけるものから、今度はウチが守ったる! 絶対嫌ったりせん!」


 認めてくれた嬉しさを、助けてもらった恩を、わかり合えるすばらしさを、伝えたい。千毬に返してあげたい。


「と、ともちゃんっ」


 千毬は恥ずかしそうに両手をバタバタさせると、絆花から離れた。


「と、とりあえず上がってよ! お母さんも楽しみにしてるから」


 そう言われ顔を上げると、わくわくしながら玄関扉からこちらを伺っている千毬の母親が居た。千毬と同じく背は低いようだ。


「りょーかい。ほなね、鬼火」


 再び鬼火を見て手を振ると鬼火はその手にちょんと触れた。不思議と熱くはなかった。


「あ、待って!」


 消えそうな鬼火を千毬は呼び止めた。


「ともちゃんが見えるようになったなら、その姿じゃもったいないよね」


 そう言って千毬は自分の髪留めを外した。ぼそっと何かを呟き飾りに息を吹きかける。


「これからは悪戯しちゃだめだよ」


 その飾りを鬼火につけると、ぼふっと煙が上がり鬼火は姿を消した。


「き、きつね?」


 そこに居たのは髪飾りを首につけた子狐だった。子狐はサササッと絆花の身体をよじ登り、頬をすり寄せた。


「ともちゃんにずっと憑いていたのは妖弧って呼ばれる狐の物の怪だよ。姿を保つほどの霊力もないから鬼火の状態だったんだけど、こっちの方が表情もわかるからいいかなって」


 つまり、先ほどの行為は千毬が自分の霊力を髪飾りに込めたのだ。そしてそれを鬼火につけることによって、妖弧の姿になることが出来たのである。


「私の術を掛けたから結界対象から外れるし、つれて入って大丈夫だよ」


 やはり結界があったのか!


「じゃなくて、お母さんが吃驚するんじゃ……」


「あはは、それは大丈夫。普通の人には見えないままだし、たとえ見えたとしても私の家そう言うことには寛大だから」


 千毬は笑ってそう言う。奥でお母さんが勢いよく頷いていた。なんとも可愛らしい親子である。


「じゃあ、お邪魔します」


 肩に乗る妖弧を撫でながら絆花も笑った。





 これが二人の出逢いである。

 絆花は妖弧にソラと名付けた。元が青白い光だったからだ。時には狐の姿で、時には鬼火として、ソラは絆花と過ごした。

 そして絆花はソラ以外の妖類もだんだん見えるようになってきた。千毬曰く、後天的に見えるようになることはとても珍しいらしい。霊力の高さは生まれつきのものであり、特に修業もしていない絆花の霊力が上がるなど考えにくい。もしかしたら、他より僅かに霊力の高い絆花がソラと触れ合う内に妖気を脳が覚えたのかもしれないと千毬は考察した。

 もしその仮説が正しければ、これから千毬と過ごすようになりもっと様々なものが見えてくるだろう。それは必ずしも良いものばかりではないと千毬は言った。

 しかし、だからと言って友だちをやめるなど絆花には考えられなかった。

 千毬が居て絆花は救われたのだ。今度は絆花が千毬を守るのだと、心に誓った。


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