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親愛なる悪魔へ  作者: ルシア
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1000年の封印と契約

 時は平安。そこに陰陽師とよばれる者たちがいた。

それは星を詠み、占術呪術を扱う者たちのことである。時には官僚として政治に関わり、時には帝の命を受けて魔を退治していた。

 この業界において帝の信頼を一心に受ける一族がいた。それが御笠みかさの一族である。先祖代々陰陽師として帝に仕え続けた。その霊力は他の陰陽師とは比にならなかった。

 その日も、御笠の一族は帝の命を受けた。

 依頼内容は鬼退治である。ある日突然現れたその鬼は人々の生活を脅かしており、数多くの者が退治を名乗り出た。しかし誰一人その鬼を退治することは出来なかった。陰陽師の術も宮司の祈祷もシャーマンの巫術も効果を得なかった。小さな村の事件であるが、どの術も聞かない以上、今後都の脅威となるかもしれない。そのため御笠の一族が鬼退治を命じられたのである。



 日が落ち既に一日を終えた丑の刻。

薄暗い森の中に人影が一つ。ゆっくりと気配を消してその場所に忍び寄る。

 そこはこの辺り一帯の森を守るご神木だった。他とは比べようもないほど大きく、人々が住む前から聳えていた大樹である。

 そのご神木に登り呑気に寝ている者がいた。その者は忍び寄る気配に気づくと身体を起こし、その人物を見下ろした。


「へぇ、わざわざこんな時間に何の用だよ?」


 にやりと笑って問いかける。

 夜の一番深いこの時間は、闇に住まう者たちの時間である。彼らの妖気も一層強まると言うのに、それを狙って来る者など普通はいない。


「その隠しきれない霊力。人間の生贄ってわけじゃねぇんだろ」


 気配を消しても体内から溢れる霊力は隠しきれていない。普通の人間では気づかないだろうが、相手は鬼である。それも相当強い。なにより今まで見た鬼とは姿が違う。彼は人の姿に酷似していた。異なるところと言えば、翼と尾があるところだろうか。


「あら、悪戯好きの鬼さんなら不意打ちで襲いかかってくるかと思ってたわ」


 そんな鬼に対し、たった一人でこの場を訪れた少女は笑って答えた。


「今までに感じたことのねぇ霊力だ。俺の悪戯なんて不意打ちに入んねぇだろ」


 鬼の方も、現れた少女が只ならぬ者と感じている。お互い腹の内を探るようにその距離を縮めずにいた。


「当然よ。私は帝の命より遣わされた御笠の一族、千晴」


 扇を手に少女は名乗る。逆手には呪符。


「この地に住み着いた奇妙な鬼よ、京を脅かす存在として抹消する!」


「はっ、少しは手応えのある奴が来たようだな!」


 千晴と鬼は同時にその距離を縮めた。

 千晴が呪符を投げ打ち、その呪符を鬼は鋭い爪で切り裂いた。勢いそのままに、その爪で鬼は千晴に襲いかかる。千晴は扇で爪を受け、払い飛ばした。

 新たな呪符を取り出すと、再び千晴は投げ打った。そして呪を唱えるとその札は姿を変えた。複数の鋭い刃となり鬼に降り注ぐ。鬼はその手に炎を纏わせ刃を払う。そしてその炎を千晴に放った。それに対し千晴は呪符を投げつける。衝突直前に呪符は水の壁となり炎を打ち消した。


「流石は帝とやらに遣わされただけあるな!」


「お褒めいただいて光栄だわ」


 お互い本気の攻防戦であったが、どこか楽しそうであった。それもそのはず、二人とも自分と互角に打ち合える相手など今までいなかったのだ。

 初めて現れた存在に心躍らされた。


「ここであなたを退治出来れば更に名も上がるかしらね」


「そう簡単にいくかよ。結構ここ気に入ってるんだからな!」


 千晴は背に下げた矢を手に取る。


「!」


 弓はない。代わりに扇を横に握りしめて構えた。それは普通の者では意味のわからない行動である。

 しかし鬼の目には見えていた。霊力によって作られた弓の姿が。矢は弦を強く張っており確実に自分を狙っていた。


「はっ」


 千晴が矢を放つ。矢が勢いよく射られた。鬼は避けるも、その矢は普通の矢よりも速く、鬼の髪を掠めた。

 まるで焦げるように鬼の髪は縮れる。


「うっひょ~、おっかねぇ」


 自分の髪を見ながら鬼は顔を青くした。


「へへっ」


 しかし鬼はすぐに笑い、翼を羽ばたかせ地に降りると手を大地に翳した。


「何を……」


 すぐに何かが起こるわけもなく千晴は構える。ざざざざっと背後から迫り来るそれに気がつき振り返ったときには遅かった。


「きゃあ!?」


 蔦が足に絡まり、宙づりにされてしまう。捲り上がった袴を思わず抑えつけた。


「へぇ、ちょっとは女らしい声も出るじゃん」


 蔦は複数あり、足だけではなく身体や両手両足が拘束されてしまう。足と一緒に袴も巻き付けられたのは千晴にとっては幸いだった。


「どんなちんちくりんかと思えば、それなりに整った顔してるんじゃね。まぁ、どいつもこいつも平たい顔で見分けなんてつかねぇけど」


 ぐいっと千晴に顔を近づけて鬼は笑う。


「失礼ね、他の人と変わらないわよ」


 むしろ顔が平たいなど言われたことがなかった。そんな表現今まで聞いたことがない。何より千晴は美人だ。


「こっちの人間はそうだよな~。あっちはもっとこう背も高くて、肌白くて鼻が高いって感じだったけど」


「………あんた、どこから来たのよ?」


 人間一人ならそんな人物もいるかもしれない。けれどそんな人間が集団でいるなど聞いたことがない。京から遠く離れた場所から来たのだろう。

 千晴の疑問はもう一つあった。

 それは鬼の姿である。他の鬼とは明らかに違う。前述したが、彼は人間にとても似ておりその背中には鴉のような羽がある。細長い尾は毛がない。頭についている角は鬼のものと形が異なっている。


「何者なの」


 そう問いかけると、鬼はふっと笑った。


「お前ら人間は俺を鬼と思っているようだが、俺はそんな低能じゃない」


 一歩退き、黒き羽を羽ばたかせた。


「欲望や絶望は蜜の味、俺は悪魔だ」


 邪悪な気を纏った風が千晴の頬を撫でる。


「あく、ま?」


 聞いたことがなかった。どうやら鬼や物の怪とは異なる存在らしい。


「遙か遠い地より海を越えてこの場所に訪れた。海とは離れているが、ここは山も川も湖もある。京と近いからそれなりに人通りもある。住むに最適な場所だ」


 再び悪魔は千晴に近づくと、くいっと顎を持ち上げた。


「俺にはわかるぜ。強がっていても所詮は女。男社会で厭らしく見られ蔑まされ、憎くて仕方がない」


「なっ」


 その手を払おうと首を振るも効果はない。悪魔は囚われた千晴の身体を抱き寄せ、密着させた。


「一族で一番強いはずなのに認められない。力もなく最初に生まれただけで跡取り候補となっている兄。女であるが故にお前を嘲笑う弟。危険な地に最初に赴くよう命ずる帝。欲望がままに襲い来る男ども。そしてお前を人間として目も合わせようとしない母と、その強さを知りながら存在を認めてくれない父」


 このままでは心の奥まで見透かされてしまう。そうわかっていながらも、目をそらせずにいた。


「恐怖、欲望、孤独、絶望。何よりその霊力……、お前は最高に美味そうだ」


 悪魔の唇が近づいた。

 口づけされてしまう。その行為がただの行為に終わらない事が千晴には推測できた。悪魔という存在は心の隙間に入り込み、人間の黒い感情を好んで食す。千晴の霊力を奪うつもりなのだ。

 逃げだそうとすれば更に身体が押しつけられる。身体が熱を帯びている。


「――――――っ」


 千晴は息を飲むと、意を決した。


「痛っ!?」


 勢いよく悪魔は鼻を押さえて退いた。


「生憎、あなたなんかにあげる霊力は少しもないわ!」


 近づいてきた悪魔の鼻を千晴が噛んだのである。突然のことに悪魔も驚きを隠せないようだ。

 そのうちに千晴は呪符を取り出した。それは一人手に宙を舞い、風となって蔦を切り裂いた。重力に従い千晴は大地に着地する。


「このっ」


 悪魔が再び千晴を捕らえようとするも、呪符が悪魔を斬りつける。まるでその場から動かないように、時間稼ぎの如く複数の呪符が悪魔を襲った。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前……」


 それを行いながら、千晴は手で印を結び九文字を唱える。

 悪魔は気づいていない。襲いかかる呪符とは別に彼を包囲するように描く呪符の存在を。


「急急如律令、呪符封魔!」


「!」


 大地に五芒星が浮かび上がった。白い光が悪魔を包み込む。


「うわあああああああっ!!」


 白い光と悪魔の断末魔が夜の森に広がった。

 その声が絶え、白い光は収縮した。夜の森にもとの静けさと獣たちの囁きが聞こえる。


「甘く、見るんじゃないよ……」


 千晴は額に汗を滲ませながらもその場所に立っていた。同時に3つの術を使っていたのである。その身体に掛かる負担も並半端なものではない。


「くっそ~……、って、なんだこの姿!?」


 地面にへたり込む悪魔。そこにいたのは先ほどの悪魔ととてもよく似た少年だった。羽や尾を含め、全体的にとても可愛らしい姿になっていた。


「おい女! 戻しやがれ!」


「残念、その姿になったのは単なる事故。私には無理よ」


 首襟に掴みかかる悪魔を片手で払い、千晴はにやりと笑う。


「感謝しなさい。あなたが気に入ったこの地に住むことを許してあげたんだから」


「はぁ?」


 悪魔との交戦で乱れた服を直しながら千晴は言った。


「あなたはこの地に封印したのよ。ちょーっと失敗したけどね」


「失敗じゃなくてお前の力じゃ俺を完全に封印できなかっただけだろ」


 呆れて悪魔がため息をつく。なるほど、千晴の力が及ばず半端な封印になってしまったため、悪魔はその姿なのだろう。おそらく霊力はかなり抑えられているが、ある程度なら使えるはずだ。


「何でわざわざ封印なんかしたんだよ。殺そうと思えば殺すくらいの隙は突けたんじゃねぇの?」


「あら、殺されたくてわざわざ隙を作っていたの?」


「っ、そう言うわけじゃねぇけど……」


 尾を垂らした悪魔の姿は可愛らしかった。先ほどまでの凶悪な雰囲気はまるでない。


「あなたは単に悪戯が好きなだけで人を襲って殺したり食べたりすることはなかった。海を越えてきたのに、海に接していないこの地に訪れた。何より、欲望や絶望を好むなら京の方がよっぽど満ち溢れているのに、この淡海の地を選んだ。きっとそれには理由があるはず」


 その理由が何かはわからないけれど。そう言うと悪魔は驚いた表情をした。


「悪魔である俺が、人間如きに見透かされるなんてな」


 悪魔のように術を使ったわけでも心を直接覗いたわけでもないのに、千晴は見事に悪魔の心に触れたのだ。


「負けだ負け! 別にこの地に封印されることに異議はねぇよ、むしろ大歓迎だ。未来永劫この地に居着いてやるよ」


 両手を挙げて悪魔が言うと、千晴は悪魔の前に膝をついた。そして手を伸ばし、悪魔の頬に触れる。


「交換条件よ。この地とこの地に住まう者たちを1000年守り続けなさい。そうしたら封印は解けるわ」


 触れる手は温かく、触れられる頬はとても冷たかった。


「……それは契約か?」


「契約? そうね、それでも良いかもしれない」


 千晴は優しく微笑む。


「この地でゆっくり休んで考えて、封印が解けたらまた好きにしたらいいじゃない」


 人の1000年は永遠と同じくらい長い。悪魔にとっても、1000年はとても長い時間であった。それでも永遠ではないのだから、短いものだ。


「変な奴だな、お前」


 悪魔もどこか胸を撫で下ろすように笑った。肩の力が抜け、安心した顔だ。


「いいぜ。この地とこの地に住まう者たちを1000年守ってやる。その代わり、少しくらいの悪戯は許せよ」


 じゃなきゃ退屈で死んでしまう。そう言うと二人で笑った。





 こうして奇妙な鬼の正体は海を越えてやってきた悪魔であることがわかった。

そしてその悪魔は陰陽師との戦いに破れ、その地に封印された。御笠の一族はただ封印するだけでなく、その悪魔にその地と人々を守るように命じたのだという。

 村の者たちは平穏を取り戻したいそう喜んだ。悪魔と呼ばれる鬼はただの悪戯好きの子どもだとわかると、些細な悪戯は悪魔がいて自分たちを守ってくれている証だと思うようになった。ご神木の根元に祠を造り、供え物を置くようにもなった。仏や鬼とは違い供物がなくなっているのを見て、幸せそうに微笑んだのだという。

 姿は見えなくてもそこにいる。村の者たちは悪魔と共存する道を快く受け入れたのだった。


 京にも千晴の活躍はすぐに噂となった。齢11の娘が帝の命を受け不屈の鬼の退治を行ったと。その正体を掴み、配下としたのだと。御笠の一族で最も優れた陰陽師であると。

 その後、特に千晴の生活が変わったわけではない。

 相変わらず兄弟には疎まれる目で見られ、父母には憐れまれ、男どもには蔑まされる日々だった。おそらく千晴のことを人間としても実力としても認めてくれていたのは帝くらいだ。最も帝の傍にいる者たちは千晴を嫌悪していたが。

 あのとき悪魔に見透かされてしまった心。

 それは嘘偽りのない心だった。卑しい目で見られれば、こちらとていい気ではない。彼らに報復したいとは思わないが、実力を持って見返してやりたい。

 そんな気持ちを素直に言い合えるのは、あの悪魔だけだった。

 千晴は封印の状態を確かめるためと、時々悪魔が封印された森を訪れた。そこで悪魔に会い、二人は語り合った。

 ほんの少しの息抜きが出来る場所となったのだった。

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