最後の雪
私は公園のベンチに座り彼を待っている。
今日の気温は低い。天気予報によれば、この地域で初雪が降るらしい。可愛らしいピンク色のコートを着ているにも関わらず、微かに伝わる寒さ。息も白くなる。
毛糸のマフラーに毛糸の手袋。それらを身に着けているにも関わらず、寒さが伝わってくる。
後頭部に丸みを持たせた黒色のショートカットに、お気に入りのハート柄のカチューシャ。今日の私は本気。今日を逃したら二度と伝わらないから。
空を白い雲が流れている。もうすぐ夕暮れを迎え、空に満月が輝く。私の目の前には大きなスギの木。そんな中で彼が私の前に姿を現す。
彼の服装は男らしい学ラン。髪は短く前髪が七三分けになっている。
「悪いな。森園さん。待っただろう」
彼は寒空の下で防寒具を身に付けずに待ち合わせ場所に現れた。彼の体は寒さから少し凍えているように見える。
「大丈夫。今来たところだから」
私の言葉を聞き彼は私の隣に座った。
「それで話って何だ」
私は言葉を飲み込む。このまま本題を切り出してはならない。
「ねえ。結城君。この公園に伝わる言い伝えって知ってるかな」
私は彼に聞く。しかし彼は言い伝えが何なのかが分からず首を傾げた。
「さあ。聞いたことがないな」
「初雪が降る夜と満月が輝く夜が一致した日に公園で一番大きなスギの下でキスしたら、願いが叶うっていう奴。都市伝説の一種だからマイナーで、試す人は少ないみたいなんだけど」
「女の子らしい言い伝えだな。まさかそれを試すために俺を呼び出したのか」
「ダメかな」
「俺とお前はファーストキスもやったことがない。それに雪も降っていない」
「だったら他に好きな人でもいるのかな」
「いない」
彼の顔が赤くなっていく。私は彼の顔を見ながら微笑んだ。
しばらく沈黙の時間が流れる。私は密に彼の手を握った。
その瞬間。天空から白い結晶が舞い降りる。私の頭の上に落ちたそれは雪だった。
深々と降り積もる。白い雪。その雪を眺めながら彼が呟く。
「これが最後の雪になるかもしれないな」
彼の言葉を聞き、私の顔が暗くなった。
「ねえ。本当にオーストラリアに留学するの」
「そうだ。俺は来年の一月からオーストラリアに留学する。それから海外の一流企業に就職する。だから雪を見るのはこれで最後になるかもしれない」
「最後なんて言わないでよ。どうして留学して海外の一流企業に就職するの」
「悪いとは思っているが、あれは俺の夢だ。分かってくれ」
彼は私に頭を下げた。私は頬を緩め、本題を切り出す。
「私は結城君のことが好きだよ。でも私はあなたをここに繋ぎ止めることができない。だから私はこの場所であなたを応援するから」
私の頬から涙が零れる。涙が空から降る雪を溶かすかのように地面へ落ちた。彼は私の右手を握る。
「分かった。言い伝えって奴をやろうか。それをやれば俺の夢が叶うんだろう」
彼の声を聞き、私は首を縦に振った。私は彼と共に公園で一番大きなスギの木の下に立つ。
雲の隙間から満月が顔を覗かせる。空から降り積もる白い雪。月光に照らされた私と彼は最後の口づけを交わした。
その後彼は私の耳元で囁いた。
「必ずお前の病気を治すから」
それが彼の最後の言葉ではないことを信じたい。いつか必ず彼は夢を叶えて私を迎えに来る。その思いは雪が降り積もるように、少しずつ強くなっていく。
問一。本文中に『私は言葉を飲み込む』とあるが、その理由は何か。三十文字以内で説明しなさい。
問二。『深々と降り積もる。白い雪』という文章表現を何と言うか。記号を選べ。
①倒置法
②擬人法
③比喩
④体言止め
問三。オーストラリアを漢字で書け。
問四。俺の夢とは何か。十二文字以内で本文中から抜き出せ。
僕は今現代文の期末テストの追試験を受けている。授業中寝ていたため、赤点を取ってしまったからだ。
現在この教室には僕と試験監督のハゲ頭の先生しかいない。
「何だよ。このラブコメ」
僕が小声で呟くと、先生は竹刀で僕の頭を叩いた。
「山下。無駄口叩いている暇があったら、問題を解け」
体罰ではないかと思いながら僕は教室の窓から外の景色を眺める。
空からはテストの問題となる文章と同じように白い結晶が舞い落ちていた。
校庭にいる陸上部の生徒たちは白い息を吐きながらグラウンドを走っていた。
寒空を走る陸上部の部員たちを見ると僕は憂鬱な気分になる。その様子を見ている僕は囚われの王子のような気がする。こうなった原因は現代文の授業を睡眠時間にしたことだが。
初雪が降る中で僕はテストの解答用紙に答えを書き込んだ。