三話
「お姉さん、飲み物のお代わりは大丈夫ですか?」
弟夫婦と大学生の姉そして姉弟の両親。ごくありきたりで、もしかすると幸福にすら見えるかもしれない家族団欒の食事の間、私は曖昧に微笑んでいる。
私の義妹は、まだ10代とは思えないほどに気が利いていて、朗らかで、義理の姉である私にも本当によくしてくれている。勿論両親との関係も良好で、私たち家族がこうして何のトラブルも抱えることがなく親しく付き合うことができるのも彼女が彼女の年齢以上に大人であるということが大きな要因だと、つくづく私は感じているのだ。
「それで、最近仕事の方はどうなんだ?」
父が弟に尋ねる声も柔らかい。以前は弟が両親の進学の進めにも関わらず、就職と結婚を一度に決めてしまったことで、ちょっとしたわだかまりを抱えていたのだが、今ではすっかりそれも解消されて父子関係も落ち着きを取り戻しているのだ。
「まぁそれなりにやってるよ。この間の件では色々あったけどさ。」
父と弟の会話は仕事の話が多いのだが、それも最近では変化のない話題が多い。弟にしてみても、すっかり今の職場に慣れてしまっているし、父は定年を間際にトラブルもなく、本当にこれ以上望めないほど私たち家族は平穏に生活しているのだ。グラスに口をつけながら、私はどこか自分が向かいの席からこのテーブルを眺めているような錯覚に陥る。
この穏やかな家族の食事会を支えているのは、その年齢以上に落ち着いた弟夫婦のおかげなのだ。そのことは両親も私も理解しているし、感謝もしている。けれども…けれども、ただ一つこの素晴らしい肖像に一点の曇りがあるとしたら、それは私だ。
「それで、あなたは最近どうなの?そろそろ就職活動は始めているんでしょう?」
母が何気なさを装って聞いてくる目に、私はしっかりと不安を感じている。
「うん。まぁね。そんなに好調とは言えないけど。」
「そうね。最近は就職も大変だって、テレビでもあんなに言うもの…」
母が話しているのに、適当に頷きながら、会話が次第に義妹との買い物の予定に移って行くのを見守る。母もこの頃では義妹がお気に入りで、買い物や食事によく連れ立っていくらしい。娘である私を指し置いて、とは思わない。こうして皆で仲良く過ごすことができるのは素晴らしいことだ。
私は義理の妹と母の会話を見て想像する。私が就職を決めて、会社に勤めて、いずれ恋人を作って、両親や弟夫婦に紹介する様子を。ごく当たり前のことかもしれない。少なくとも、突飛な空想とは言えないだろう。1年後、そして2年後、大学を卒業したら叶えて行くべき未来だ。
ぼんやりと考えていると不意に自分の瞳が涙ぐんでいることに気づいて、私はさっと下を向いた。アルコールのせいかもしれない。感情が鈍ってしまったように、知らぬ間に沈んだ気持ちを切り替えられなかった。
遠くで両親と若い夫婦が笑い合いながら、語らっている。