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一話

 聞いてみたことはないけれど、私は誰しもが自分だけの幻想の世界を持っていると思う。幻想といえば大げさかもしれないから、空想や夢の世界と言い換えてもいいかもしれない。眠っているときや、起きている時でも、上手く望めばいつだってたどり着くことができる場所。その場所はこの世に生まれたときからそっと自分の背後に寄り添っていて、ふとした瞬間に飛んでいける。けれども、例えどれだけ簡単にその世界へ飛んでいくことが出来たとしても、皆がそこへ行くわけではない。そんな場所初めから必要としない人だって沢山いる。子供ならともかく、特に大人になれば、現実を生きていくのにそんな世界がなんの利益ももたらさない事を誰もが知っているからだ。…だから空想にふけるのは自由でも、実際にそこへ行く人間はきっとわずかだ。



大学へ向かう道、曇った空を見上げながら、この頃どうにも晴れない自分の気分のようでため息すらでなかった。考えてもいなかったことだが、21歳を迎えた今でも私は空想に耽っている。本当に思いもしなかった。子供のころは大人になったら平気で手放せるものだと思っていた世界に今でもこうしてしがみついていないと生きていけないなんて。


 とはいえ、車の運転中にまで空想に遊ぶのは賢明なことではないだろう。地元の国立大に入学した私はすぐさま車の免許を取って、こうして通学している。初めのうちは覚束ない運転をしていた私も、数か月もすれば危なげないほどにまで上達して、今では当たり前のように学校までこの中古車で通っているのだ。

指定された駐車場に止めて、講義室まで急ぐ。10月に入って急に肌寒くなったおかげで家を出るのも遅くなりがちだ。薄手のコートでは少し寒い気もするが、建物に入れば、それほどでもないだろう。

講義室では既にほとんどの学生が席についていて、教授を待っている。右側列の中央に空いた席を見つけて、私も座った。部屋は暖房の効きがいいようで、コートを脱いで脇に畳む。


 しばらくして教授もやって来たようで、授業が始めった。

「どこまでやった?56頁?あー、一章が終わったところだったね。じゃあ、次の章を開いて―――」

意識がふっとどこかへ持って行かれそうになったが、どうにか持ちこたえた。

“最近頻度が多くなっている。”

 いつまでも学生気分でいられるわけもないのに、近頃の私の精神ときたら十代の頃よりも揺れ幅がひどい気がする。それはむしろ現実逃避なのかもしれないけれど、もう二十歳を過ぎてまでこんな調子では、きっとろくなことにならないのは確かだ。

 けれど・・・“そう、あの頃だったら、私は自分から望んでその世界を作って、そして遊んでいたんだ。きれいな建物を建てるように、一つ一つ小さな物語を積み上げていくのが本当に楽しかった―”

                  *

 ふっと景色が飛んでいって、私は現実から吹き飛ばされる。

“やぁ。僕と会うのは久しぶりだろう?”

この栗毛の青年と私は知り合いだ。国籍の分からない顔をしている彼を、初めて想像したとき、私はまるで気に入った他人に会えたみたいに嬉しかった。自分の想像した人物の中でも群を抜いて空想世界での遭遇頻度が高いのが、彼だ。

私と彼は古めかしいシンプルな洋室の質素な木の椅子に腰かけていた。

“心が落ち着かないの。だから君とは会えないのだと思ってた。”

いつぶりだか、久々に会う彼に私は少し戸惑う。

“そう。・・けれどこうして会えた。だからきっと今度からも会えるよ。”

そういって彼は笑った。その笑顔に私は、ほっと気を許した。

“最近辛いことばっかりだから・・・。”

“そう?何も変わりないように見えるけど?”

彼の指摘はその通りだ。毎日焦燥感に駆られて日々を過ごしているのに、思い返せば私は何もしていないし、何もされていない。

“多分それが一番いけないのよね。しないといけないことは山のようにあるのに、手に着かないの。不安で怖くてたまらないのに、私はそれに立ち向かうだけの強さも忍耐もなくって、それを受け入れることもできないからこうして・・・・”

彼がまた笑った。

“こうして、僕と話してるってわけ?”

しょうがないなぁ、君は。そう言って彼は私の髪を軽くなでた。

 私は彼の表情を見てその言葉に悪意が篭っていないかどうか確認する。彼にしては棘のある台詞だ。前だったら、もっと…。もっと…どうだったというのだろう?…。

“全部自分でやらないとだめなの。誰も私を助けてはくれないわ。…助けを求めちゃいけないの。みんな自分でやっていることだし、自分以外が代わりにするわけにはいかないから。誰も代わってあげられないし、代わってもらえない。”

“そうだね。全て自分で選んで自分で行動するのは大変なことだと僕も思うよ。だけど、特に君の場合、自分でやったことでないと納得できないんじゃないかな?”

“別に私に限ったことだとは思わないけれど、”

こんな風に自分の焦燥感について、誰かと語り合うことなんてないから、いくら親密とはいえ彼ともお互いをどこか理解しきれない摩擦のようなものを感じていた。もっとも彼との会話で違和感を感じていたら、他人となんて話すらできないのだろうけど。



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