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7.殿下と話。

 暗い部屋で明かりもつけず、ベッドに腰かけた2人。


 これが男女の話なら、二人は親密な恋人同士に見えるだろうし、同姓なら、かなり仲の良い親友同士に見えるだろう。だが、現実はそう甘いものではなかった。いろいろな意味で。


 一人はどうみても美しい女性だが、元は男。もう一人は、性別なんて関係ない。袋だ。


 暗い部屋で横並びで座って居るのに、何も話さない二人がどう見えるのか、残念ながら具体例を挙げることが出来ない。



 ……気まずい!

 心の中でそう叫ぶリュシーは、非常に息苦しい気持ちだった。袋を被っているので決して比喩だけではない。


 ちなみに、椅子を使わなかったのは、この部屋の椅子がかなり安全性に問題があったからだ。ぎしぎしと悲鳴を上げる椅子をリュシーはあまり気にしていなかったが、それにセルを座らせるのは不味い。もしも怪我でもさせてしまえば後が怖い。

 椅子をちゃんと変えておけばよかった! というのは後の祭りである。

 今は殿下女性ですしいいですよね。と、いろいろ間違ったというか、女性としての危機管理能力に問題があった末のことでもある。


 それならリュシーが椅子に座れば良かったのだが、いかんせん袋ごしでは視界があまりよろしくない。面積の少ない椅子を探して座ることは怖かった。後、固い椅子に長時間座りたくない、という非常に素直な気持ちから椅子を使う事は止めた。


 一応セルも、さすがに女性のベッドに上がるわけには、と常識を振りかざしたが、「男子禁制」という一言で返された。言外に貴方今女性だから問題ないよ! と告げられたため、大人しく座ることとなった、と言うのが現状に至るまでの経緯だ。

 

 この微妙な距離感が、なんとも言えない空気を醸し出している。どう考えても自業自得だったが。

 状況だけで言えば、殿下と二人きり、というかなり夢物語に出てきそうなロマンチックな展開なのだが、欠片も雰囲気が甘くない。



 リュシーはちらりとセルを見たが、当たり前だが表情が見えない。別に話す必要性があるわけではないのだが、やる事も無くただ無言で時が一刻一刻過ぎていくこの空間が、最初にも述べた通り非常に気まずい上に苦痛だ。


 ふと、リュシーは顔を窓の外へ向ける。月光が窓から入ってきていない。月の位置が変わっているようだ。時間はわからないが、結構な時間が経った事だけは解った。



 そういえば、匿うといってもどうすればいいんだろう。気まずい現実から逸らしたリュシーの思考が、無意識に考えたくなかった場所に行き着いた。現実逃避の現実逃避で思考が一周したようだ。


 外に出るときはどうすればいい。まさか、あれだけ急いで入ってきたにも関わらず、部屋を覚えていると言う事は無いだろう。ただ、出るときに部屋を覚えられたら? いくら侍女仕部の情報は侍女長が握っているとはいえ、穴が無いとはいえない。


 ここまでして身元が発覚する事は絶対に避けたい。少し頭を振ると、袋がずれて音がする。自分は一体何をしているんだろう。一瞬そう思ったが、傷つく方向にしか考えが行かない気がしたので、リュシーは思考をまた殿下へと戻した。



 それよりも、殿下が部屋を出るとなると、女護めごに見付かってしまうかもしれない。そう思うと、この部屋まで来る事ができた殿下は驚くほどに幸運だ。


 女護というのは、侍女長が作った、侍女長にのみ付き従う女性だけの警護隊だ。彼女たちが常に仮面を被っていることは周知の事実だが、その実態はほとんど語られていない。ただ、かなりの腕利きの集まりという噂が出ている。


 夜間には侍女仕部の見回りをしているらしく、夜這いなど不埒な行為を目的として入り込んできた男どもを、何度か晒しあげている。


 王宮内の決まりごとを破る事は、非常に後の傷となる。それは「男子禁制」という決まりでも同じ事だ。晒し上げられた男たちは、おそらく安易な気持ちで破ったのだろうが、輝かしい未来は望めなくなっただろう。


 たとえ殿下と言えど、継承権剥奪まではいかずとも、こんな事で晒し上げられれば後々立場が弱くなってしまう。それは、王宮内で余計な波紋が広がるきっかけとなるかもしれない。


 女護は、侍女長に付き従っているだけあり、かなり公正で平等だ。位が高いからといって容赦はない。そこまで考え、リュシーの身体がぶるりと震える。それはセルのためではなく、やはり保身でだった。


 過去には、侍女の手引きにより侍女仕部に男が入ってきたことがある。……侍女長に付き従っている、かなり公正で平等で、腕利き女護達は、もちろん男女平等に晒し上げた。


 今の状況を見て、リュシーは晒し上げられる自分の想像がついた。非常に不味い。やはり匿うべきではなかった。そうは思っても、結局この部屋が選ばれ、叫ばなかった時点で、この運命が決まっていたような気はするが。


 

「どうやって外に出ましょうか」

 気まずさも忘れ、リュシーはセルに話しかけた。のん気に気まずさに悶々としている場合ではない。リュシーは保身が関わってくると、かなり行動的だ。


「外に出るのも手伝ってくれるのか?」

 セルの少し驚いたような声がリュシーの耳に入る。これは今の不味さを理解しきれていないな、とリュシーは懇切丁寧に、今の状況を説明することとなった。



 セルは、決して頭が悪いわけではない。時期国王候補として勉学に励み、今でも少しばかりながら国の政務に関わっている。

 性格が悪いわけでもないし、柔軟性も持ち合わせていて、正義感もそこそこにある。おそらく国民にとって最低限、望まれる国王の気質は十分に持っている。


 ただ欠点として、興味が無い事にはとことん無関心だ。国の外のことについては考える。だが、王宮内の決まりごとや、貴族の力関係について、全く興味がない。

 貴族の力関係については、どれ程興味が無かろうと側付きに叩き込まれているようだが、侍女仕部など、存在は知っていても、入らなければ大丈夫だと思っていたのだろう。側付きも含めて。



 懇切丁寧に、その上で今不味い所を語りつくせば、今の状況がどれほど綱渡りだったかを解ってくれたようだ。とりあえず軽率に外に出るなんて事をしないだろうと、リュシーは安心する。


「思っていた以上に迷惑をかけているな……すまん」

 セルに神妙な顔をして謝られると、リュシーはため息をついた。この辺りの態度のふてぶてしさは、さすが袋の効力である。


「まあ、乗りかかった泥舟ですからね……」

「泥は確定なのか……」

 沈まれると非常に困るんだが。と、セルは少し困惑したように言うが、リュシーだって沈まれてしまっては困る。正直殿下は今このとき何の役にも立たない、というのはリュシーの見解だ。


「……ここに来るまでに、誰かに見つかりました?」

「いや……この建物に逃げ込んでから、気配を避けて走っていたんだが、途中で見つかりかけてな。一旦 何処かの空き部屋に逃げもうと思ってこの部屋に入ったんだが……」

 そこに私が居た、と。殿下の気配察知能力に疑問をリュシーは覚えた。が、今の段階では置いておく。


「一回見つかりかけたんですね……」

 となると、もしかすると警戒されているかもしれない。部屋に入ってくるとき、かなりドアの音は大きかった。そうなると、見つかる可能性も格段に跳ね上がる。


「何かロープなどがあれば窓から出て行くが」

「外周も女護の見回る範囲です。飛び降りてすぐに走り去ってくださるならお止めしませんが」


 リュシーがそういうと、セルは窓から下を見下ろした。

「無理だな」

「無理ですね」

 リュシーは見るまでの事も無かったのでそのまま同意しておいた。殿下が潔くて良かった。


「今外に出ても安全なんですか?」

「一番安全なのは、元の姿に戻ってからだが……」

「ちなみに、元に戻るのは何時ですか?」

「日を浴びれば元に戻る事は解っている」


「……これ私、知っちゃいけませんよね……」

 かなりセルがすらすらと答えるので、普通に質問していたが、かなりのトップシークレットであるはずの秘密だ。


「お前は大丈夫だろう? 簡単に口外しそうでもないし、まあたとえ言われて困る事もない」

「え……あ」

 そう言われてリュシーは顔色が悪くなった。セルには全く見えていないだろうが。セルは戸惑ったリュシーを知ってか知らずか、言葉を続ける。


「それでも、見られないに越した事は無いんだが。何故だろうな。お前を警戒する気になれない」

 そう言う殿下にリュシーは首を傾げた。

「それは……袋だからですか」

「袋だからかもしれないな」

 セルもなんだか解らないといった風に首を傾げ、二人して見合って首を傾げた。


「それはおそらく警戒しておくべき人物だと思いますが」

「自分で言うのか」

 それについてはリュシーは言い返す事ができず、返答をやめて話を変えた。


「殿下って変な人だと言われませんか」

 他の人が聞けば、確実にお前が言うなと言われるようなことも、セルは真面目に考えてか、一拍開けてから答えた。

「言われたことがないな」


 それを嘘だと瞬時にリュシーは思った。

「それたぶん殿下に権力があるからですよ」

 力強くリュシーは言い切った。かなり不敬だが、そんなことが気にならないほど、リュシーはセルを変な人だと認定していた。


「はっきり言うな」

「袋ですから」

 正しく言えば袋を被って居ますから、だ。かなり気安く話しているが、これもいわゆる袋マジックだ。

 もうこんなに話すこともないだろうと、内心はやけに冷静だった。だが、口から出る軽い会話が新鮮で楽しいとリュシーは感じていた。

 少し間をおいて、セルのこらえた笑い声が聞こえた。


「お前だって、変わっていると言われるだろう」

「失礼な。殿下じゃあるまいし、そんなこと言われたことないです」

 清々しい嘘だ。実際はクレアによく言われている。が、殿下と同等というのはいただけない、とリュシーは胸を張って嘘をついた。それにリュシーは自分のことをかなり常識人だと思っている。


「俺が見たなかでは一番だ」

 確かに、袋被った人間が五番、六番になるような世界は嫌だ。だが、リュシーは顔を背けた。

「鏡を見れば順位も変わりますよ」

 中身が解れば不敬罪で首を飛ばされるかもしれない。自分で自分の首を刎ねるとはこういうことだ。絞めるよりも怖い言葉をリュシーは実感した。



 そんな、なんの身にもならない会話を続けていると、気が付けばかなり時間が経っていた。

「かなり話したが、結局なにも解決していなくないか?」

「……してませんね」

 夜通し無駄に話していたせいか、気がつけば疲労がたまり、目がしょぼしょぼとする。

「たぶん、そろそろ身体が戻るぞ」


 外を見て、セルが言った。気がつけば、袋越しでも解るほど、空が白んできていた。

 殿下も、もう元の姿に戻る。潮時だ。腹をくくるしかない、とリュシーはセルの居る方へ顔を向ける。


 手が無いわけではない。あるのだ。たぶん、これしかない。

 もっといい手があるのかもしれないが、今の自分にはこれしか思いつかなかった。


 だが、それを行うにはいくつかの問題点がある。

「……殿下。私の手を取れますか?」


 リュシーの言葉に、セルは意味が汲み取れず、目線だけを返した。それを袋を被ったリュシーに解るわけは無いのだが、リュシーはなんとなく伝わっていない事を汲み取り、言葉を繋げた。


「無条件に私のことを疑わず、信じて、全てを私に預けて下さるのであれば。あなたを、おそらく無事に外に出させていただけます」


 高リスクが伴う賭けに、打って出ろとリュシーは言う。無茶を言っていることは自覚していた。こんな不可抗力とはいえ、袋を被っている怪しいやつを、殿下が即座に信じられるわけが無い。



 セルの答えは、やっぱり一拍置いただけで帰ってきた。

「殿下、ではないだろう? 今の俺は、セルリアだ。お前が言ったんだから」


 そういえばそんな事もいったな、と徹夜明けの頭で昨日のことを思い出す。昨日のことのはずなのに、かなり前に言ったような気がするのは、身体が弱っている証拠か、とリュシーはため息をつきたくなった。セルは、リュシーの腕を取った。


「セルリアは、お前を、フクロンヌを信じるよ。俺を預ける」



 リュシーが今まで生きてきた中で、一番綺麗にまとまった、感動的な瞬間だっただろうそれは、被った袋とフクロンヌという言葉で台無しだった。もっとまともな名前をつけておけば!! という心中の叫びも、後の祭りである。




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