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3.侍女の話。

 お茶のことが話題に上るという、リュシーにとって非常に心臓に悪いイベントから、特に何のアクションもなく3日がたった。


 掃除を終え、今日のお茶も淹れてきた。

 少し過敏になりすぎたと、リュシーは胸を撫で下ろしていた。それもそうだろう。たかだかお茶の味程度のことで「何か」が起こるわけもない。そう思い、リュシーは過剰にビクビクしていた自分を鼻で笑った。


「うわー、今の笑い、悪いっスねえ」


 気配を消すことはできても、読むことはできないらしい。

 自分の思考に浸りながら廊下を歩いていたリュシーの脇腹に、突然、声とともに衝撃が加えられた。それにより、どこから出せばそんな声になるのか、という音がリュシーの口から出た。

 

「……リュシーさん、驚かした私が悪かったっスけど、今のは人間として、出していい声と音じゃねえっス」


「……クレア」


 笑ってくれればいいものを、真面目な顔で人間失格扱いされたリュシーは、心に大ダメージを負った。


 衝撃が強かった脇腹を抑え、八つ当たりではないだろう、恨みがましい目を飛びついてきた少女に向ける。



 クレアと呼ばれた少女は、リュシーよりも頭1つ分程身長が低い。顔もあどけなく、下の方で二つに縛った橙の髪の毛が、癖によって所々飛び跳ねている。口調も特徴的で、魅力的だが、煌びやかな宮殿にはそぐわない印象を受ける。


 リュシーが恨みがましい目を続けていると、下からえくぼを作って目を細められた。王宮ではなかなか見られない、何の含みも無い、素朴で可愛らしい笑顔だ。


 ただ、彼女の特徴を挙げるなら、一番に挙げるべき所がある。口調でも可愛らしい顔でも、小さめの身長でもない。

 リュシーの脇腹に衝撃を与え、尚且つリュシーの精神にも衝撃を与える箇所……あどけない顔立ちと相まってアンバランスな魅力を感じさせる、胸だ。


「へへっ、すいませんっス。リュシーさんを見るとつい」


 そういって胸を揺らすクレア。わざとではないだろう。だが、人間失格といわれたリュシーの心はささくれ立っている。揺らせるほど無いリュシーは、それでも胸を張って背筋を伸ばす。


「もう、仕方ないですね……なんて言うと思いましたか!! 毎度毎度胸を押し付けて来て! 自慢ですか哀れみですか、嘲笑ですか! どうせどうせどうせ……もげろ!!」


 無表情で言い切ったにも拘らず、目は非常に毒々しい。

 言葉のボキャブラリーが貧困なのか、あまりに劣等感が刺激されたためなのか、言っていることは繋がっていない。ただ、悔しさか憎しみだけはよく伝わってくる。侍女にあるまじき言動だ。


「えええ、そんなつもりないんっスけど! というか、もげろってなんスか!? すごい怖いんっスけど!! てか、口悪いっス、リュシーさん」



 そう言いながら胸を隠すあたり、心当たりはあるようだ。両手で胸を隠しても隠しきれていないのがリュシーは気にくわない。これはただの八つ当たりだった。


「じゃあ、もげてください」

「リュシーさん、大抵無表情だから怖いんスよ……本気そうで」



 少し顔を青くしたクレアを見て、どうにか気を鎮めた。深呼吸をして無い胸に手を当てて、育つよ、育つから……とリュシーは物悲しくも自分を慰めた。


 落ち着いた所で、リュシーはクレアに目を向け直す。服はリュシーの来ている侍女服と同じだが、ところどころ葉っぱと土がついている。その汚れを見て、リュシーは眉を潜めた。


「またそんな格好で。侍女長にしかられますよ」

「うわっ。さっきまで外の落ち葉を掃いてたんっス。その後ごみを運んでる途中に木の根に躓いてこけたっス」


 ちゃんと払ったつもりだったんスけど、まだついてたんっスねーと、笑いながら言うクレアは、服についた葉っぱを窓から落とす。

 そういうことするから怒られるんですよ、とは思ったが、いつもの事なので言うのはやめた。

 というか、いっそ怒られてしまえ、と、人間失格扱いされた事と胸の事を根に持っているリュシーは思った。


 そうは言っても、リュシーはそんなクレアが嫌いではない。さっぱりとした性格も口調も好ましく思っている。考えた事が顔に出る、口に出る、な彼女は非常に付き合いやすい。


「侍女長さんは怖いからカンベンっス。ところで、リュシーさん。嫌味廊下の掃除は終わったんっスか?」


 嫌味廊下。一部の侍女たちによってつけられた、嫌味な貴族たちがよく使う王宮内の廊下のあだ名だ。

 リュシーは侍女長にその掃除を頼まれていた。

 嫌味な貴族たちというのは、貴族の中でも位が高く、性格の悪い者たちのことだ。


 その廊下は位の高い貴族しか使ってはいけないと思っているのか、侍女が掃除していても、目に付けば、「お家は?」と聞いてくる。

 お眼鏡に叶わなければ、やれ掃除が足りていないだとか、これだから位の低い家は、だとか、嫌味を言ってくる。


 全員がそういうわけではないが、一部、よりも多いくらいの貴族が嫌味を飛ばしてくるため、忌避する場所として嫌味廊下と名づけられた。


「朝のうちに終わりましたよ。今は他の所用も済ませたところです」


 他の所用と言うのは、お茶淹れタイムのことだ。またの名をエアータイム。最近は切実に空気になりたい。リュシーは思いを馳せた。


「もうっスか!? お一人で!? 相変わらず人間じゃないっスね……」

「まだ言いますか……私ここに来てから大分長いんですから、少しくらい要領は掴んでますよ」


「そういえば、リュシーさんはクイーン位っスしね。嫌味も言われないっスね。私、リュシーさんがクイーン位ってこと、すぐ忘れるっス」


 それはどういう意味かと問いただそうと思ったがやめておいた。これ以上非人間扱いは受けたくない。


「クレアもジャック位でしたよね? 嫌味は言われないでしょう?」

「私はこの口調で一発アウトっス。聞かれる前から嫌味の対象っス。それに、ジャック位といっても所詮田舎貴族っスからね……過去の栄光っス」



 そう言ってため息を吐くクレア。この国では、ジャック位、クイーン位、キング位、そしてジョーカー位の貴族というのがある。


 ジャック位は、大昔の戦争で、武勲を挙げた家に与えられた。

 今でも、武剣大会の優勝を続けることや、華々しい武勲を挙げるなど、非常に厳しく、不鮮明な基準でのジャック位を承ることはできるらしい。らしい、と言うのが、ここ数百年、そんな家、人物が出てこなかったためだ。だが武に長けるものは、我こそは、と一度は夢見るジャック位だ。


 そして、クイーン位は古くから王宮に仕える家に付けられた。

 それもやはり、大昔の戦争によって与えられており、何かしらの報酬を与えなければならなかった王族の苦肉の策で、褒章として貴族の中でも上下関係を作るクイーン位が作られたのでは、と言われている。

 クイーン位は家数が決まっており、没落、剥奪などのことが起こると挿げ替えが行われる。

 そのため、有力な貴族達はクイーン位を持つ家を貶めようと虎視眈々と狙う。


 キング位はいわずもがな、王族に与えられれ、最後にジョーカー位。これはどこの家かは公表されていない。闇の家業を継ぐ家だ。暗殺、処刑などを任されえいる家で、ジョーカー位がどこの家か、知ってしまえば殺されるという噂が立っている。長い歴史の中で、ジョーカーの家がどこかというのが表立たないという事実に基づけば、真実かもしれない。


「でも、クレアも口調さえ直せば立派な令嬢じゃないですか。公私分けて、言葉を使い分ければ良いんですよ」

「私は血の通った人間っスからね……長い癖はなかなか抜けないっス」


 これだから……とまるで当たり前のように肩を竦めるクレア。何を言っても嫌味ったらしくないのはその人間性が言葉に出ているからか。


「だから何ですか! その非人間扱いは!!」

「常に無表情で、たまに笑ったかと思うとあんまり良い感じの笑顔じゃなくて、ホントは口も悪いのに、公の場では愛想の良い言葉遣いも完璧な侍女になる……そんな人、血の通った人間じゃないっス!!」


 噛み付くリュシーに、噛みかえすクレア。リュシーの公の場での態度は、侍女として長く培われたものだったが、リュシーがそんなに長く侍女をしていることも、侍女長以外は知らない。


「ドクドクと通ってますよ! 私の努力です! 後そんなに口は悪くないです」

「努力でそこまでなれるから人間じゃないって言ってるんスよー! 後、たまに出る口の悪さは家の兄貴並みっス」



 それはそれとして、リュシーは最初こそ嫌味廊下で「お家は?」という貴族からの洗礼を受けていたが、気がつくと言われた覚えがなくなっていた。仕事中は存在感を出さないようにする癖ができたのかも知れない。


 そう思い当たったのは、リュシーが掃除中にも関わらず、やっぱり聞いてはいけない話を聞いてからだ。

 こんなところで話すなよ! とは思いつつ、バレたらヤバイと最後まで聞くことになった時だ。

 ……お茶淹れによって嫌な循環ができている。最低だ。



「リュシーさん? どうしたっスか?」

「あ、ああ、すいません、嫌なことって連鎖するものなんだと、人生を儚んでしまいました」


「そんな会話の流れだったっスかね……」

「そんなことより、なにか私に用だったんじゃないですか?」


 不審そうなクレアの目をかわして、リュシーは話を変える。


「ああ!  そうだったっス! リュシーさん、幻のお茶淹れ侍女さんって知ってますっスか?」



 何か幻聴が聞こえた。

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