15.側付きと審判員の話。
「王位後継継承権第三位ヴァン殿下の母君である側妃メルシアス・ナルメディア様、現国王王弟ガードン様、王位後継継承権第五位シルフィード殿下、現国王の第二御息女エネルフィフィ様」
「……何言ってんだ?」
リオンが急に述べていく名前に、アズリが訝しげに反応する。だが、リオンが無意味にそんな発言するとは思えず、アズリは述べられた名前を頭で反芻した。
だが、思い付く限りその共通点をあげるとするならば、身分が高く王と近しいということだけで、それ以外に思い当たることがない。
アズリが頭の中で考えている横で、リオンは事も無げに言う。
「僕が今回怪しいと思ってる方々」
「はっ!?」
意識半分で聞いていたアズリは、驚きで思わず出た声と共に口から唾がとんだ。
「汚っ」
結果、アズリはリオンに頬を張られた。素手ではなかったため高い音こそしなかったが十分に重い一撃である。
リオンには潔癖の傾向が多少あり、常に外さない手袋も予備を必ず保持している。
このときもアズリを張った手袋を外し机に投げ捨て、手袋を新しいものにつけ替えた。
今回それは当て付け及び嫌がらせの意味合いで行われたようだが。
リオンの迷いない敏速な行動に、張られた頬を押さえたアズリは情けない顔をする。別に困ることではないが、非常に悲しい気持ちになった。
「俺は汚れ物か何かか!?」
「汚れ物でないとでも?」
まるで、知らなかったのか? とでも言いたげなリオンの反応にアズリはますます眉を下げる。
「汚れ物なの俺!? 頼むからわざとらしく驚かないで!」
「仕方ない、訂正しようか。確かに僕は汚れ物とお前ならお前の方がマシだと思うよ」
仕方なさげにリオンは言うが、驚くほど嬉しくない。前提からおかしい事に気が付いてほしい。
「それは良かった! でも俺と汚れ物を同列に扱うのやめてくんねえかな!? 比べるべくもないと思ってほしいよ!」
「わがままだな。汚れ物は洗えば綺麗になるけど、お前は綺麗にならないだろう? なかなか苦渋の選択だった」
「なるよ! 俺だって洗って綺麗にならないわけがねえよ!」
アズリが涙目になるまで汚れ物扱いは続いた。リオンがアズリでこうして遊ぶのは昔からの習慣といっていい。アズリにとっては非常に迷惑な事だが。
仲が悪い訳ではないし、どちらかが一方的に嫌っている訳でもない。
そしてこれがリオンにとっての気安いがゆえの扱いであることはアズリも無意識に理解しているからこそ、この立ち居ちを甘受している。
ただでさえリオンは外面と素を使い分けている。こうして非道な事を言われているうちは甘えられているのとほぼ同義だ。アズリはその事を深く考えはしないが気付いている。それはセルも同じだ。
アズリは気を取り直してリオンの言葉を整理する。どうやって調べたのかは解らないが、リオンが言うのなら怪しいのは本当だろうと気を引き締める。
「じゃあ怪しいのは侍女長を含めた、その五人か」
「いや、残念ながら不正解だね。そこに侍女長は入らない」
「あ?」
アズリはリオンに柔和な顔でしっかりと否定される。気を引き締めたはずのアズリは口を開け呆けたような顔となった。
「だからお前は馬鹿だと言ってるんだよ。名前も素性も解らない人間を王宮で働かせるわけがないでしょ」
いっそ微笑みすらしているようなリオンの穏やかな顔と声音は何故か口を挟む事も許さない。
「あれは現王の秘する所だろうね。今回の犯人であるわけがない。まあ最も、」
犯人ではないってだけで、敵か味方か、まだ分からないけどね。
リオンはそう言い、目を細めた。
やっと疑問が許される雰囲気となり、思考が止まっていたアズリは焦る。
なんせ犯人かどうかはともかくとして、一級に怪しい人物と思っていた人間を簡単に一蹴されてしまったのだ。混乱や落胆の気持ちが入り交じる。
何より、
「怪しくねえってわかってんならもっと早くに教えてくれよ!」
俺の二日間はなんだったんだ!
力無い声ではあったものの、アズリの嘆きはそこに尽きる。
リオンはアズリが嘆こうが素知らぬ顔であったが。
ただひたすらに寝る間も惜しみ、アズリは侍女長について調べていた。少しでも何か手がかりを掴めれば、と。結局動きが制限されていることや、出来る事がひどく限られていたせいで、得られた情報は無いに等しい。
だがそれでも、必死にアズリが侍女長について調べていた事に変わりはない。
そのことをリオンが知らぬはずがない。というかアズリは、侍女長を調べると直接リオンに言っていた。
「……どの時点で侍女長は違うと?」
力無い声のままアズリはリオンに尋ねる。
「最初から『そういう意味』では疑ってなかったよ。というか、侍女長に背景が見えない事なんて今さら過ぎて馬鹿かと思ってた」
反対にリオンはいっそ残酷なほど普通に答えた。
許されるなら大声で泣きたい。もっともそれは立場とプライドと年齢が許さないが。アズリは眉間に手をやり、涙を堪えた。
「そんな茶番はいいから。で、セルの容態は? そろそろ目が覚めた?」
アズリにとっては本気だったが、リオンからすればただの茶番だったようだ。手厳しすぎて泣く暇もない。
「……いや、まだだった。顔色は大分いいが、まだ戻らない。……悪い」
言ってアズリは口を真横に結ぶ。リオンはそんなアズリを見てため息を大きくついた。
「そんな汚物みたいな顔しないでほしいんだけど。別に死ぬわけでもないのに」
「お、おぶ…… そろそろ俺を汚いもの扱いすんのやめて、」
そこでアズリの言葉は途切れる。
暴言は別に珍しくもないことだ。ただ、何時もより率直な言動やその表情。アズリは違和感をもつ。
だが違和感の元を辿るよりも先にリオンが口を開いた。
「おい、馬鹿」
リオンは何時もの柔和な顔が嘘のように、まるでゴミを見るような目付きをアズリに向ける。あ、やっぱりそういう扱いなんだ。アズリは悲しい理解をした。
「無い頭を使って考えるな。お前が犯人を見つけられるなんてこれっぽっちも思ってないよ、無駄なことだし」
リオンは怒っているようでもなく、ただ淡々としていた。アズリから見ればそれが苛々しているということくらいは簡単に解る。だが原因はまだ掴めない。
「お前の仕事は馬鹿みたいに体を使ってたらいいんだよ。馬鹿みたいに」
何で二回言うの何で。アズリは懸命にも声を出しはしなかった。無駄な事だとはっきりと言われ、お前なんて大嫌いだと思わないでもない。
アズリが声を出さない事でリオンは言葉を続けた。
「だから、頭を使うときはお前は見てるだけでいいんだ。それは僕の仕事だ。一人で責任感じてるみたいに格好をつけるな。お前の責任はセルを守りきれずに怪我をさせたこと。それだけだ。今回の事は、起こりを防げなかった僕に責任がある」
アズリはそこで初めて、目の前の友人が苛ついていた原因が自分ではないと気がついた。
「おま、だから機嫌悪かったのか」
違和感の理由――ただ、リオンは自分自身に、
「別に。機嫌なんて悪くも無ければ良くも無いよ」
リオンはアズリから顔を背けたが、その態度が全てを表している。
「な、んか……こういうとき、お前に頭あがんねえ理由わかるわ。言葉にできねえけど」
「言葉も話せないなら人間以下なら黙ってなよ。ここで休まずに体張る仕事になってバテたらお前のその必要ない首から上を刈り取る」
「こええよ!」
そう叫びはするものの、セルを守ることに失敗した自分をまだ評価してくれていることに、心の中でアズリは救われる。
仕える主を守れなかったなんて、なんの言い訳も出来ない。今回の事は話が話だけに不問になったが、普通なら良くてお役御免、悪くて打ち首だろう。いや、そんなことはどうでもいいのだ。
自分がクビになろうと、処刑されようと。むしろセルに万が一があれば自分で命を終わらせただろう。
セルに怪我を負わせた事が脳裏に蘇る。守ろうとしてきたものを目の前で傷つけられる、それがどうして許せるだろうか。だが、
リオンに許された。おそらくリオンなら無理だと思えばこの役目から外す事などわけも無いはず。付き合いの長さなんて関係なく、まだ実力を認めてくれているということだと思いたい。
アズリは強く思う。
もう、二度と失敗はしない。セルに傷を負わせるものか。俺の仕事は、体を張ることだ。
アズリはただ、それを改めて決意した。
集中力を高めたところで、遠くからこちらへ向かう気配を感じる。アズリはリオンに無言で伝え、リオンも何も言わずアズリの近くに行きその少し後ろに控えた。二人の目は扉に向かう。
時間を置いてノックの音が響いた。そして返答を待たずにゆっくりと扉は開かれていく。
ただし、大きなきしむ音をたてる扉は、数度ほどなにか詰まったように動かしにくそうだった。
最終的に扉は無理矢理力で開かれた。
「なんだこの立て付けの悪い扉は!」
苛立たしそうに言う人間の顔が見えたとき、アズリは嫌がる声を隠しもしなかった。リオンも声を出しこそはしなかったが一瞬顔を歪めた。それを相手に悟られる前に表情を戻しはしたが。
入ってきた男はリオンを見て驚いたような顔をする。そして一つ咳払いをしてから礼をとった。男の後ろに居た女もそれに倣うように動く。
男は礼を取り終わると顔にかかった紺の長い髪をかきあげ耳にかけた。
「側付きリオン・センシュ様もいらしたのですね。これは夜分遅くに失礼! この度、殿下の御加減の方は如何でしょう! 我々下々の者は、殿下が心配で夜も眠れぬ日々!」
ひどく大げさな抑揚は逆にその言葉の信憑性を下げている。言っている本人がそもそも信じてもらう気などないのだろう。
こんな時間に来られること自体、ひどく侮られている、もしくは疑われている事が伝わってくる。こちらの立場を考慮した上のことでもあるのだろうが。だがそれは考慮であり配慮ではない。
場所も殿下の室であるというが解っていたということは誰かに恐らく向かう所を誰かに見られていたかそれとなく監視されていたか、だ。アズリは不快感を顕にする。
言葉を発した男はどちらかと言うとアズリに向かって言ったため、思わずアズリは答えようとした。だがリオンは後ろからアズリを殴ってそれを制する。もちろん、他の人間にわからないように。
「これはどうもご丁寧にありがとうございます。殿下は順調に回復なさっている様で、ご心配をお掛けして申し訳ないです」
リオンは優しげな顔と声で返し、アズリは少し青い顔でその場に突っ立っていた。
リオンから答えが返ってきたことに男は少し眉根を寄せたが特に何も言う事は無かった。
「いえ、心配をしてしまうのはこちらの勝手! そのようなお気遣いは必要ありません! ところで此度は殿下の容態ともう一つ、お聞きしたい事がありまして参らせていただいたのですが」
殿下の容態についてあまり深く触れる気はなかったのか、男は早々に話を変えた。
急に静かなトーンの口調となり、もともとどちらが男の本題であったのかがよく解る。後ろについていた女がそこでペンを取り出した。
「わかりました。答えましょう」
リオンは目を細めてアズリに念を押すようにその背中をつねった。前から見るとアズリは何事も無いように立っているが、実は心底痛い。
「ありがとうございます。では公的に、王宮内問題審判員第五位、ランス・ランウェルの名においてお聞かせいただきます」
ランスと名乗る男は唇を吊り上げた。
サンヴァレット――審判員のことである。王宮内部の問題、事件に対し動く組織だ。多くは賄賂などの不正に動いている組織で、これを作ったのは現国王。そのため行使力は強い。
非常識な時間帯でのことだが、正式に手順を踏まれたのなら答えない訳にはいかない。リオンがこの場にいたことが何よりも幸いである。この時間を狙ってきたのは、恐らく無益な噂やサンヴァレットの立場として公に長時間顔が出る事を嫌ってのことだろうか。
「答えられることならばなんなりと」
リオンは礼をし、何の含みもないような笑顔を作る。アズリは現在進行形でただ背中が痛い。
ランスの後ろの女は、字を書いているとは思えないスピードでペンを動かしている。
「まず、最初にお聞きしたいのはマリシア妃様が害された日の殿下の行方について、です」
それを聞かれ、リオンは直ぐに答えた。
「はい。あの日殿下は夜釣りに出かけておいででした」
少しの間があいた。男は一瞬何を言われたのかわからなかったのだろう。反応するのが遅れた。
「……夜釣り、ですか? どこで?」
「王宮の裏の池で、です」
嘘にしても荒すぎる!
王宮の裏の池は確かに誰も通らないが、あそこで釣りをしようなんて正気の沙汰じゃない。
そんな嘘をセルに付かせる気かとアズリは心で叫ぶ。皮肉にもおそらくランスも同じような事を考えているだろう。
「……」
ランスは絶句していたが、女はペンを動かし続けえいた。
少しの間、ペンの音だけが部屋に響く。重々しいように男は口を開いた。
「……あんなところで何かが釣れるとは思いませんが」
「はい。仰る通り何も釣ることが出来なかったようで、明け方にはお帰りになりました」
それでも明け方まで頑張った設定にするんだ……一通りの流れを知っているアズリはリオンにアリバイの設定を全て任せていたことを少し後悔した。
「……お一人で?」
「いえ、ここにいるアズリももちろん同席致しました」
そして巻き込まれた! いや確かに一人で夜行動させたとかありえないけど! なにそれ俺までそれをした設定なの!? アズリは何事もないようにただ立っていたが心はどんどんと疲弊していく。
一番性質が悪いのはリオンだ。これだけ嘘くさい事を言っていても、優しげな声と顔で全く嘘をついているようには見せない。
「それならばそこの側付き護衛殿からも聴取をいただけませんか?」
そうしてランスは矛先をアズリに向けようとする。口ぶりから察するにもともとアズリに喋らせることが目的なのは明らかだ。
アズリはどうすべきか逡巡するが、その答えを出すよりも早くリオンが口を開いた。
「その必要はありません。報告は全て文書で受けておりますし、彼は事実上僕の部下です。このような場で公的な発言は上司がすべきであると聞いております。もちろん、文書はお渡しいたしますね」
まるで裏がないようなリオンの笑顔にランスはひどく顔を苦くした。眉がその心の苛立ちを表している。
「いえ、当事者であるならば側付き護衛殿からもお聞きしたいのですが」
「当事者? 彼がいったいなんの当事者であると仰るのですか?」
まるで解らない、と首をかしげた白々しいリオンに何故これが似合うのだろうかとアズリは自分に置き換えて想像してみた。想像内で首をかしげる自分……吐きそうになった。
「……いえ、すいません。わかりました。ではこの話はここで。それではもう一つ」
これ以上は何も聞けない雰囲気にしてしまったことをランスは感じ取ったようだ。引き際は心得ている。
「殿下が御自分で自身を傷つけたという噂が立っているのですが? 自傷でなければそこの側付き護衛殿が命令を受けて傷つけた、だとか」
アズリは怒鳴ろうとした。距離が近ければ手が出ていたかも知れない。それほど怒りで周りが見えなくなるほどの言葉だった。
だが、例に伴いそれは背中の痛みで現実に戻される。
ランスが来てから初めてリオンが無表情になった。
「それは、僕たち側付きからすればこの上ない屈辱的な噂ですね。僕たちは殿下を守りこそすれ、傷付ける事はありえません」
「では、殿下を傷つけた者にお心当たりは?」
アズリの背中の痛みは増す。リオンも憤っているのだろう。八つ当たりされているような気がしないでもない。そろそろ痕にのこりそうで怖かった。だがアズリは冷静になれるように意識を背中に持っていく。
「いえ、黒ずくめで複数人居たことしか……」
リオンはここだけ言葉が濁った。これは事実だ。
応戦したのはアズリのみ。警護兵の交代の一瞬を突かれ、最後はセルに薬を嗅がされこちらを挑発する程度に斬りつけられた。
「そうですか。わかりました。詳しい事は調書を頂きます。またお話を頂く事があると思いますが、その時はよろしくお願いしますね」
ランスは指を鳴らした。その音にペンを走らせていた女は書くのを止めてペンをしまう。
「本日は貴重なお話をありがとうございました。殿下が一日も早く健やかな生活に戻られます事を心よりお祈り申し上げます!」
ランスは深々と礼をとり、また強くわざとらしい喋り方に戻る。
「いいえ、お仕事お疲れ様です。あまり力添えができず申し訳ない限りです」
先ほどの無表情がなんてなかったようにリオンがにこやかな顔をする。気のせいか、少しランスが口が歪んだように感じる。
「では、夜分遅い中失礼をいたしました! 次は側付き護衛殿に『真実』を語っていただきたいところです」
そんな誰でも解るような嫌みを残し、ランスは背を向けて扉へ歩く。
「ああ、ランウェル審査員殿」
出て行こうとしたランスの背中に、リオンが静止をかける。ランスが振り向くよりも先にリオンは言葉を言い切った。
「殿下の夜釣りを見ていた侍女が一人」
「……どなたです?」
「袋を頭にかぶっていた方で、名をフクロンヌと申していたそうですよ」
「……失礼!」
冷やかされたと思ったのだろう、それは間違いではないが、ランスは荒々しく出て行こうとした。
だが扉はやはり硬く開きにくくなっていたため、出て行くまでに少し時間がかかる。失礼、といった手前、どこか間抜けさが残る。
「扉は直したほうがいいですよ!」
捨て台詞にそんな言葉を残され、思わずアズリは少し笑った。
だが、出て行く背中を見送るとなんとなく違和感を感じる。
「あれ、今来てたのって三人だっけ?」
「なに馬鹿なこと言ってるの? ずっと二人だったよ」
「……だよなあ」
「そんな事言ってないで早く寝なよ。あ、明日から僕の護衛ね。いつまたあいつらがお前に来るか解らないから勝手な行動はしないように」
「あー、俺疲れてんのか……」
アズリは目を押さえてから、まだ熱を持つ背中をさすった。
―――
「あああああ! あの殿下の奴隷が! ただの側つきの分際で! 何がフクロンヌだ! ふざけやがって!」
ランスは暗い渡り廊下でひどく憤っていた。その光景を近くにいた女は静かに見ていた。
一通り口から暴言を出し切ると少し落ち着いたようで、ランスは肩で息をしながら女に話しかけた。
「だが、それももう少しだ。もう少しであの殿下の犬どもに泡を吹かせてやれる。そう思わないか? イース」
「そうね。でも一応フクロンヌという方について調べてみれば?」
イースと呼ばれた女は静かに答える。
「あれが実在すると? 公審書をやめてから言うようなふざけた名前だぞ?」
ランスはイースの書いた公審書をさして、訝しげに口にした。それ対してイースは柔らかく笑った。ランスと同じ紺の髪が揺れる。ただし、その長さは肩下ほどで男性であるランスの方が倍以上長い。
「だけど本当に存在するとして、その方を味方に付ければこちらのものよ」
「……必要ならいくらでも作れそうだが」
普通の女に袋を被せてフクロンヌと名乗らせたら出来上がりだろう。ランスは苦々しく口にする。口にすればするほど馬鹿げた話だと思っているのがありありとわかる。
そんなランスをイースは柔らかくたしなめる。
「駄目よ。私たちの仕事は真実を捏造する事じゃないわ。『審判』することよ」
「まどろっこしいな。とっとと馬鹿な側付き護衛を一人に出来たらいいんだが」
イースと話していくうちにランスは最初の事が嘘のように落ち着いていた。ランスは乱れた髪の毛を直し、髪をまた耳にかける。
「あれはもう無理ね。リオン様が許さないでしょう」
「邪魔な側付きだ。あの化けの皮を剥がしてやりたいな」
「ふふ、ランスには荷が重いんじゃないの?」
「マリシア妃を傷つけたんだ。それくらいはやってやる」
「あら、頼もしい。でもあの人たちがしたとはまだ限らないわよ?」
「いいや、ウィゼッタ様が言うんだ。間違いないだろう」
ランスは歯を強く噛みしめて憎々しげに呟く。
「殿下の犬共め、精々足掻くといい。だが、不正義は正義によって裁かれる」
ランスはイースの手をとった。
「審判員の絶対正義をかの人に捧ぐため」
揃った声に覗くのは誇りか。そこで初めて二人の顔がよく似ている事が解った。
二人の姿が見えなくなって、リュシーは思う。
「なんというか、収穫多すぎて逆に嫌になるんですが」
というか、フクロンヌが驚くほど不評で微妙に悲しい。
まだ暗い空だが、早く部屋に戻りたいな、と切実に考えた。