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13.侍女、始動を決意する話。

 強いショックを受けると頭に靄がかかったようになると聞いたことがある。自分は今まさにそんな状態かもしれない。まるで他人事のようにリュシーは考えた。


 だが、靄越しにクレアの姿を見つける。私がこんなことではいけないと力を強めに、リュシーは自分の両頬を挟むようにして叩いた。気持ちの持ちようの問題だろうが、少しだけ目の前の靄が晴れたような気になる。



 クレアはそんなリュシーの突然の行動を見て驚いた顔をするが、何も言えない。リュシーの言葉を、クレアは待った。


「クレア。当分、一人での行動はやめなさい。後、夕方以降は決して侍女仕部から出ないこと。約束してください」


 噂が全て捏造であっても、話が大きくなっていてそれが止められていない事から、王宮内が荒れることは確実だ。どの程度荒れるか、どれほどの陰謀が渦巻くかはわからない。侍女にまで影響が及ぶことは考えたくはない。


 だが何が起こるか未知数だ。そのため用心に越した事はないと考え、リュシーはクレアに注意を重ねる。クレアは戸惑う態度を見せるが静かにリュシーの話を聞く。


「……わかりましたっス」

 どこまで事態を理解しているのか、クレアはただ頷く。


「それと、噂に乗る形でも世間話でも、王位の派閥争いの話題は避けること。貴女がどういった考えを持っていようと、自分の立場は明かさないように。いいですね?」


 今の時点では考えすぎであると思うが、言っておいた方が良いだろう。そう思いリュシーは口早に話しを終えた。そして、その場を立ち去ろうとクレアに背を向けた。


 正直一刻も早くここから立ち去り真実が知りたかった。が、リュシーは袖を引かれて振り返る。



「……リュシーさん」


 思わず泣くんじゃないかと思うほど、不安そうなクレアの顔と向き合った。その顔に思わず足が止まり笑ってしまう。袖から優しくクレアの手を外し、リュシーはクレアの頭を撫でた。


「なんて顔してるんですか。大丈夫ですよ、所詮噂は噂です。私は侍女長に噂の真相がどうなっているのか、気になるから聞きに行くだけですし。つまり好奇心ですから。……いきなり起こったこんな話」


 大事になんて、なりませんよ。そう言いながらリュシーはその言葉を誰よりも自分に言い聞かせていることには気がついていない。


 そしてリュシーは手をクレアの頭から外し、こんどこそ立ち去る。



「リュシー、さん?」

 クレアのその声はリュシーの背中に届かずなにもなかったかのように消えていった。



 クレアが泣きそうな顔をして案じていたのは、これからの王宮や自分の身への不安に対してではなく――ポーカーフェイスに綻びが出たリュシーを案じていたためだということにも、今のリュシーには気が付くことができなかった。






 クレアと別れ、リュシーは走るように侍女仕部へ向かう。侍女長に会うために。

 少し考える隙が出来れば、もう駄目だった。感じたことの無い気持ちに思考が絡めとられる。何が痛いのか、どこが痛いのかなんてわからないが、とにかく痛いという気持ちがあふれてくる。


 一人で居るのに、周りの音がうるさい。心臓はまるで耳元にあるかのように鳴っているし、巡る思考が音として耳に入り鬱陶しい。だが今はただ、侍女長に会い真相を問いただしたかった。刺された釘なんて、もうどうでもよかった。

 


「お待ちを」

 侍女仕部を目前に、呼び止められる。仮面の女性――顔をすっぽりと覆う、仮面。女護だ。

 顔は解らないが、髪と体格で恐らくいつも侍女長の斜め後ろに控えている方かとあたりをつける。その女護が一人で居る違和感を、無意識にリュシーは感じ取った。


「侍女長様は、室にはおりませぬ。それに、今日はお帰りになりませぬ故」

 仮面の奥で女護は口を開く。少しこもっている落ち着いた声。それとは正反対に、リュシーはただただ焦りを見せていた。

 

「侍女長はどこへっ」

 まるでリュシーが来ることがわかっていたかのような女護の態度。だがそんなことは気にならなかった。ただここへこれば何かが解ると思っていただけに更に焦りが外にでる。


「お話致す事ができませぬ。どうかお聞きになりませぬよう」


 完全に教える気配のない女護に、リュシーは歯を食い縛る。まただ。逃げれば追いかけてくる癖に、こちらから行けばいつも逃げらているような感覚。それがリュシーの気持ちを苛立てる。


 こんなことなら。あのラウと名乗る男の人に全て聞いておけばなんてどうにもならないことすら考え、どうすればいい、と自分に問う。


 痛い。保身を一番に考えて動いて、こんなに痛い目に合うなんて思ってもいなかった。後悔も絶えず心に押し寄せる。


 じゃあどうすればよかった。自分は何に後悔して、何に心を痛めているのか。リュシーは自分に問い続けるが、何の答えも出ない。



 殿下に? 殿下を助けられなかったから? いや、おかしい。私は殿下に出来る事なんて無かった。それにそれほどまでに自分は殿下に心を砕いていなかったはずだ。なら、何で。



 自分の気持ちがつかめない。自分の心が落ち着かない。痛い。痛い。痛い。

 

「リュシー様」

 呼びかけられてリュシーは思考の深奥から意識が戻る。気が付けばリュシーは体を自分で抱きしめていた。痛みに耐えるように。


 呼びかけた女護は、静かで平坦な声を出す。

「何をお悩みでしょうか。侍女長様から釘は刺されたはず。何をお考えか、理解が及びませぬ」


 何を、悩む?

 何を悩んでいるんだろうか、私は。


「たとえ、何をお考えになろうとも出来る事などありませぬでしょう?」

(いいじゃないか、気にしなければ)

(もし関わろうと思っても、出来る事なんて無い)



 女護の言葉に、自分の思考が重なった。確かにそう考えた。そして、結局自分は耳を塞いだのだ。塞げないのはなぜかと考えておきながら。一方的な身勝手の信頼という体のいい言葉に隠れて。


「あ、」

 思わず、何かを言い返したくなった。何を言うつもりだったのかは自分でも解らない。自分の思考とすら重なる的確な言葉に何を言い返せるつもりでいたのか。思わず出た言葉は、続いてくれない。



「リュシー様。ご自分を御守りになりたいのでしたら、何もなさらぬ方が良いかと」


 保身。その言葉が突き刺さる。自分。リュシーの一番大切なものだ。


 痛いのも辛いのも苦しいのも死ぬのも、リュシーは絶対に嫌だ。自然のものならまだしも、それが他者から与えられるなんて考えたくも無い。自分の身は自分で全力で守ることが、リュシーが決めた自分への決まり。また思考が深奥に入ろうとしたが、



「ああもう!!」

 その前に何かが切れた。悩む事が心から性にあっていない。


 決めていたのに。何もしないようにしていたのに。関わらないように、手を出さないように。自分を守るために。



 でも今、こんなにも痛い。



「私は、私で動かせて頂きます。今そう決めました。何がしたいなんて、自分でもわかりません。でも、私は動きます」


 正直言えば、まだ気持ちの整理はついていない。結局、なぜこんなにも痛いのか、後悔しているのかわからないままだ。それに、動くにしたって、無計画で何をするつもりなのか。


 それでも、動くと言ってからリュシーの気持ちは楽になった。これできっと自分の気持ちには間違っていないのだ。


「それはおそらく、後悔なさりますよ」

 リュシーが急に叫んでも、いきなり話はじめても動じなかった首が、ゆっくりと曲げられ疑問を投げ掛けてくる。

 さすが侍女長についている女護だけあり、底が知れない。首を傾げた面の女性がこれほどまでに怖いと初めて知った。非常に簡単に言おう。不気味だ。



「やめてください。もう既に少し後悔してるので心が折れます」

 強情なわりに弱い心であった。だが、リュシーは顔を真っ直ぐ上げていた。いつもどおりの無表情。それが平常心を取り戻したなによりの証拠である。


「既に後悔しているのであれば、やめておけばよろしいかと」


 女護は首を曲げたまま言葉を繋げる。行動がカラクリ人形のようだ。首痛くなったりしないのだろうか。どうでもいいことだろうが、リュシーは非常に気になった。そして思わず同じ角度に首をあわせてみる。やはり長時間は辛い。


 だが、ふと女護の首が戻った。服を探り、取り出したそれをリュシーに差し出す。


「なんですか? これ」

 リュシーの受け取った手に乗せられた親指の爪ほどの大きさしかない丸い玉。銀色のその玉はただ球体を成しており、傷も穴も、見える限りには見当たらない。


「侍女長様から渡しておいて欲しいといわれておりました。必ず、持ち歩くように、とのことです」

 答えになっているようでなっていない。さすが、侍女長付き。なにがさすがかとまでは言えないが。


「……なんですか、これ」

「お聞きになりませぬよう」 

 一応、女護は何か知っているようだ。教えるくれるつもりは無いらしいが。


 リュシーは聞く事を諦め、その銀の球体を服の胸辺りにしのばせる。侍女長に逆らうつもりは欠片も無い。


 女護はそれを見て納得したかのように頷く。頷いているのだろうが、リュシーから見れば急に首がカクンと落ちたかのようだったため、体が過剰に反応した。この人怖い。


「今の王宮内で、殿下に寄った不審な動きは懸命ではありませぬ。どうか、お気をつけられますよう」


 止める様な響きではなかった。リュシーが動く事を肯定しているような、その上で心配されているような言葉。その言葉にリュシーは安堵する。それは侍女長に動く事を許可してもらったということだから。



 目の前の靄はとうに消えていた。リュシーは女護を見つめて話す。


「私の肩書きは、『殿下付き』侍女です。時間外に王宮内を歩き回っても、ある程度不審ではないはずです。それに」


 無駄に鍛えられてきたた、それ。

 リュシー自身、後悔も混じった結果にはなったがそれは今、お茶を淹れる他に新たに出来た特技と言っても良いだろうと思う。


「ようは、見つからなければ良いのです」


 痛みは無くなった。リュシーはただ無表情に胸を張る。



「幻のお茶淹れ侍女とまで言われた実力、試してみませんとね」


 精一杯格好つけて言ってみたが、痛い。痛すぎる。やはり自称幻のお茶淹れと言うには無理があったようだ。……穴があったら入りたい。


 最近の口の軽さがどうにかならないものかと、改めて考えたリュシーであった。



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