迷妄
一仕事終えて額の汗を拭う。
今のうちに一休みしておこうと倉庫に隣接している自宅の居間に戻る事にした。作業員達に声を掛けると、快く「あとはやっておきます」と言ってくれた。もちろん少し休むだけで私もすぐに戻るつもりだが。
居間に行くとちょうどタイミングよく家政婦が入ってくる。
「お茶でも淹れましょうか? それとも軽く食事でも?」
彼女はいつも私の事を気遣って回りの世話を焼いてくれる。家政婦という仕事柄当然のことかもしれないが、先代からずっと続けていてくれるのだ。
「ああ。あまり休んでいる時間もないし、お茶だけもらおうかな」
そう答えると、彼女は頷いて台所の方へと姿を消した。その後ろ姿を見送り、私は長いため息をついてソファに深く背をもたせかけた。
ここ連日の徹夜続きで疲れが溜まっているのが自分でもわかる。
暖かい室内にいると外の寒さは伝わってこないが、窓の外の雪の降り積もった景色を眺めていると不意に心の中に少しだけ冷えたものを感じた。
先代から仕事を引き継いでからただ必死にやってきた。毎年この時期が忙しいのはわかっていることだ。それでもこの疲労感が煩わしくてならない時がある。もちろん私の元で働いてくれている作業員達のためにもそんなことを口に出して言うわけにはいかないが。
すぐにノックの音と共に家政婦が紅茶を持って戻ってきた。
「ここに置いておきますね」
私のすぐそばにあるテーブルの上にカップを置いてくれる。湯気をたてるそれを見てなんとなくほっとした気分になる。
が、そこに作業員のひとりがやってきた。普段は倉庫からこの自宅の方へ来ることなんてまずないのだが。
それを見て家政婦はそっと部屋を出て行く。
「すいません。休憩中に」
作業員のその青年は申し訳なさそうに私に向かって言う。
「どうかしたのか?」
「ええ。荷物のことなんですが……。一番倉庫に入りきらない物があったので、二番倉庫にその分を移していいか、お伺いしようと思いまして」
……ああ。確かに、倉庫の空き状況からして入りきらないものがあるかもしれないと思っていたのだ。だが、それはわざわざ私の許可を取らなくてもその場の判断で移し替えても問題ないような荷物なのだが。
疲れた頭の片隅で、ちらりとそんな風に思って苛立つ。勝手に決めてくれ、という言葉が口をついて出そうになったのをとっさに押しとどめた。
そうだ。この青年はいつも誰より働いて私の力になってくれているじゃないか。
何事も確認を怠らない彼のまじめな性格に、今まで散々助けられてきた。今回だって万が一のことを考えて私に聞いてから作業を行おうという彼の几帳面な性格の表れだろう。時間だってあまりないんだ。ここでミスをしてはいけない。それは私自身が作業員全員に注意を促していることじゃないか。
「大丈夫だ。移してくれて構わないよ」
私がそう言うと、
「わかりました。ではすぐに作業に戻ります」
彼はさっと踵を返して倉庫の方へ向かった。
私の了承の言葉だけを聞きにわざわざこちらまで来てくれたのだ。あの青年をはじめ他の作業員達だって寝る間を惜しんで働いてくれている。
ちょっと疲れが溜まったからってイライラしていた自分が情けない。
さっき、家政婦が淹れてくれたカップに手を伸ばし、紅茶を飲む。私好みの温度と濃さのそれに、心が癒されていくように感じた。
なんだかんだ言っても長年この仕事を続けているのは、この仕事が好きだからだ。やりがいだってある。それに私には仕事を頑張ってくれている作業員達やいつも支えてくれる家政婦がいるじゃないか。こんな恵まれている状況なのに文句を言ってはばちがあたる。
「そろそろ出発のお時間ですよ」
家政婦が頃合を見計らって居間に顔を出す。
私はソファから立ち上がった。
さあ、世界中の子ども達にプレゼントを配りに行こう。