《疑惑》
エミールは上機嫌だった。今日はいい日だ。
ルカをあの未亡人のところへ送り込んで、人助けもした。
エミールとしては、放っておいても良かったのだ。
しかし、それでは、あの未亡人が可哀想だ。
昼下がりには、ルカがシャルボン家への訪問を報告してくれるだろう。
葬儀屋が言うには、ジャンの唇は乾燥して、目は見開き、錯乱していたと言うではないか。何度も嘔吐した形跡もあったらしい。
これはいいサンプルだ。
葬儀屋を巻き込んでおいて正解だった。
鼻歌でも歌いたい気分だ。
しばらくして、使用人が神父の来訪を告げる。エミールは、溢れ出る笑みを堪えて、至って真面目な顔を作る。
「書斎に通してくれる?」
案の定、書斎にやってきたルカは冷静に振る舞ってはいるものの、所々に、気落ちしている雰囲気を漂わせていた。
ルカがバカでなくて助かった。
例え、まともな科学がなかったとしても、人間関係の不穏さくらい察してもらわないと困る。いくら俗世を捨てたといっても、そのくらいの嗅覚がなければ、生きてはいけないのだから。
前回同様、ルカをローテーブルの前のソファーに座らせると、エミールは興奮を隠して口を開いた。
「どうでしたか?」
一瞬、ルカの目に剣呑な光が宿る。
「ご存知だったのでは?」
「買い被りすぎですよ。領主として、この地域に平穏と神のご加護をもたらしたいだけです。」
ルカは、取り繕うのを辞めたようだ。小さくため息をつくと、シャルボン夫人邸で聞いたことや、ジャンが亡くなった日の事を話し出した。
「それは興味深い。それで、神父様はどう思われたのですか?」
重い沈黙。それが答えだった。神父として、証拠もなく人を疑う言葉は口に出来ないのだろう。
エミールは我慢強く、残酷に、次の言葉を待った。言葉にしてしまった感情、考えは、名もない思いより、遥かに人を動かす。
それがルカを縛る呪いになったとしても、エミールにとっては些細な事だ。それくらいでなければ、この世界の因習は打ち破れない。
ルカが来訪した時よりも、すでに日が高くなっている。窓から斜めにさす光が減った事で、部屋の中を薄暗く感じる。とうとう、ルカが重い口を開いた。
「可能性はあるかもしれません。」
「何の」とは言わなかった。
「誰の」とも言わなかった。
エミールにはそれで十分だった。
「なるほど、神父様“も“そう思われるのですね。ならば、やはり調べてみなければ。」
ルカは苦々しかった。
「なぜ自分が」と叫び出したかった。しかし、神に誠実な神父は、神の与えた試練を呪う事を、自分に許しはしなかった。
「心配しないでください。神父様。神父様は間違った事をしていません。神の御名を穢す者に救いを与えようとしているだけです。」
ルカにはエミールの言葉が、まるで呪いの言葉に聞こえる。
「どんな悪人にも、神の慈悲はある。」
エミールの中身を知っている人間がいれば、どうしようもないほど、滑稽に感じた事だろう。エミールは、生まれてこの方、一度たりとも神様なんて信じたことはなかったのだから。
エミールは続ける。
「シャルボン夫人の立場にとっても良いでしょう。」
「…子爵は何をお望みなのですか?」
「先ほども言ったじゃないですか。この地域の平穏と、神のご加護だけですよ。」
ルカが帰ると、エミールはつまらなそうな顔をする。
なぜ、わからないのだろうか。神に縋ったところで、神は何もしてくれない。そんなことよりも、自分で動いた方が何倍も早いし、救いになる。
神の御名のもとで延々と足踏みするのは、間抜けか怠け者がすることだ。




