表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/46

《高嶺の花》

エミールは小柄だ。


兄弟の中でも、1番背が低い。

幼少期、夜ふかしが常だったからだ。


それが、ふっくらとした頬と相まって、中性的で幼い印象を与える。


笑えば、花が咲いたよう、見惚れない者が居ないくらいの輝かしさだ。


黒い髪と白い肌。

デュボア家のライオンの紋章が入った黄金の首飾り。


一瞬一瞬が絵画になる。


まるで純白の天使のようだ。

彼の見た目だけを言うならば。


そんな彼が、夜な夜な墓を掘っている、などと一体誰が信じるのだろう?


数日前、教会に、一件の通報があった。

無縁仏を掘り返している奴らがいると。


…警察組織が出来たと言っても、住民の意識が変わるまでには時間がかかる。最初に頼るのはやはり教会だ。


「死体を掘り返すなんざ、ゆるれねぇ。神様の元にいけなくなっちまうじゃねぇか。」


義憤に駆られて来たこの男は、最近、アルヴァニエの中をよく見回っているらしい。


表だって、自警組織を作ることが禁止されているので、彼は1人でこういう活動をしている。


彼だけではない。

こっそり自警組織を作ろうとする者や、1人で見回る者、警察に入ろうとする者。


市民が一つにまとまって、この脅威に立ち向かおうとしている。


昨日、また一件、教会に通報があった。

森を彷徨う怪しい人間を見たと。


「顔を隠した大柄の男が、森へ歩いて行ったんでさぁ。」


彼の目撃談によると、街の外れで、顔に布を巻いた不審な男を見たらしい。


「そいつは、両手に金属製のバケツを持っていたんでさぁ。」


風に乗って、そっと腐臭がする。

不審に思ってつけていくと、デュボア家の森に入っていった。


そこには、デュボア家が設置した、狩で出た動物の内臓などを処理する焼却炉がある。


その男は、不安と好奇心で、目隠しの木の柵の間から中を覗いた。


すると、先ほどの男が、バケツから何かを取り出して、焼却炉へ入れる。


こんな金属と腐臭が混ざった悪臭に気分が悪くなる。

まるで、見てはいけないものを見てしまったような気分だ。


「神父様、俺は眠れんのですよ。」


ルカは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。


「キツネでも狩ったのではないでしょうか。キツネは夜に動くものですし、臭いがイヤで布を巻いたのでしょう。」


男が少しだけ安心した表情になる。ルカは続けた。


「あの方は慈悲深いお方です。今だって、黒死病で財産を失った者には食料を与え、商売が上手くいくよう手助けをしているじゃないですか。」


自分が言っている事は、本当に信じられるものなのだろうか?

ルカ自身、こんな言葉は薄っぺらく感じる。


「ですがねぇ、神父様。そもそも、市民から財産を奪わなきゃ良かった話じゃねぇですか。」


男は、小馬鹿にしたような表情を浮かべた。

…喉元を過ぎれば熱さを忘れる。


近づくだけでうつってしまう、治療法もない病。

寝床や服に、病の元が潜む日々。

それは、もう過去の事だ。


「領主様が指揮を取ったから、私たちは生き延びたのです。ルヴァルやベルダン、カスティエを見てください。どれほどの死者を出したか。」


男は、それでも不服そうな顔をする。


「でもよ、隣町の奴らの話じゃ、今は随分良くなったとよ。働きに出てる奴らは金を多くもらえるようになったと。」

「神の前で、まるで人が死んで良かった、と聞こえるような発言は控えてください。」


男はあからさまにイヤな顔をした。


「生も死も、全ては、神様の御心のままにってやつだろう?」


ルカは、内心腹立たしかった。

一体、何のために、神父たちが患者たちの元へ、危険を承知で出向いたと思っているのだ。

放っておけば、自然と収まるようは災害ではなかったのに。


分かりたくない、エミールの気持ちがわかる気がした。


男が帰ると、ルカは、1人森へ向かった。


どうか違っていて欲しい。

どうか、ただの勘違いであって欲しい。


本当はルカも薄々勘付いていた。

黒死病が広がった時。


エミールは、助かるかもしれない患者に優先的に治療を与える一方で、助からない患者は切り捨てた。


領主として仕方がない決断だった。

それは分かっている。


しかし、その選択が出来てしまう事自体が、人としての何かが欠落しているような不安を抱かせる。


彼は、どこまで出来るのだろう。

助かるかもしれない人間を助けるために。


…助からない人間を殺してしまえるのだろうか。


デュボア子爵の森は広大だが、下草は刈られ、整備されているため歩きやすい。


ほどなくして、あの男が言っていた焼却炉を発見する。


焼却炉は、掘立小屋のような簡易的な建物の中にあり、四辺を木の板で囲っているため、外からはよく見えない構造になっている。


その小屋の周囲は、禿山と言って過言なく、木どころか背の高い草すら生えていない。


薪に使ってしまったのかもしれない。

その割には、切り株が全くないが。


小屋の中に入って調べる。


焼却炉は、確かに最近使われたようで、燃え残りをかき出した形跡があった。


そして…。


焼却炉の足元、白い灰が積る中に、銀色の光が見える。

ルカは、屈んでそれを指でつまむ。


若い娘が着けそうな指輪…。

貴族の持ち物というよりは、裕福な平民の娘の持ち物に思える。


こんなところに、そんな娘が来るはずがない。


途端に息が苦しくなる。


やはり、ここは…。

よろめきながら、ルカは外へ出ると、外の景色が一変して見えた。


木は薪に使える。

だから、切り倒す。


…切株は。


穴を掘る邪魔になる。

だから、抜き取る…。


草が生える暇もないほど、ここに埋める何かがある…。


ルカの目から涙が溢れて、嗚咽が漏れる。


なぜ…。

なぜ、こうなってしまったのだ…。

悪魔め。

地獄へ堕ちろ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ