《高嶺の花》
エミールは小柄だ。
兄弟の中でも、1番背が低い。
幼少期、夜ふかしが常だったからだ。
それが、ふっくらとした頬と相まって、中性的で幼い印象を与える。
笑えば、花が咲いたよう、見惚れない者が居ないくらいの輝かしさだ。
黒い髪と白い肌。
デュボア家のライオンの紋章が入った黄金の首飾り。
一瞬一瞬が絵画になる。
まるで純白の天使のようだ。
彼の見た目だけを言うならば。
そんな彼が、夜な夜な墓を掘っている、などと一体誰が信じるのだろう?
数日前、教会に、一件の通報があった。
無縁仏を掘り返している奴らがいると。
…警察組織が出来たと言っても、住民の意識が変わるまでには時間がかかる。最初に頼るのはやはり教会だ。
「死体を掘り返すなんざ、ゆるれねぇ。神様の元にいけなくなっちまうじゃねぇか。」
義憤に駆られて来たこの男は、最近、アルヴァニエの中をよく見回っているらしい。
表だって、自警組織を作ることが禁止されているので、彼は1人でこういう活動をしている。
彼だけではない。
こっそり自警組織を作ろうとする者や、1人で見回る者、警察に入ろうとする者。
市民が一つにまとまって、この脅威に立ち向かおうとしている。
昨日、また一件、教会に通報があった。
森を彷徨う怪しい人間を見たと。
「顔を隠した大柄の男が、森へ歩いて行ったんでさぁ。」
彼の目撃談によると、街の外れで、顔に布を巻いた不審な男を見たらしい。
「そいつは、両手に金属製のバケツを持っていたんでさぁ。」
風に乗って、そっと腐臭がする。
不審に思ってつけていくと、デュボア家の森に入っていった。
そこには、デュボア家が設置した、狩で出た動物の内臓などを処理する焼却炉がある。
その男は、不安と好奇心で、目隠しの木の柵の間から中を覗いた。
すると、先ほどの男が、バケツから何かを取り出して、焼却炉へ入れる。
こんな金属と腐臭が混ざった悪臭に気分が悪くなる。
まるで、見てはいけないものを見てしまったような気分だ。
「神父様、俺は眠れんのですよ。」
ルカは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「キツネでも狩ったのではないでしょうか。キツネは夜に動くものですし、臭いがイヤで布を巻いたのでしょう。」
男が少しだけ安心した表情になる。ルカは続けた。
「あの方は慈悲深いお方です。今だって、黒死病で財産を失った者には食料を与え、商売が上手くいくよう手助けをしているじゃないですか。」
自分が言っている事は、本当に信じられるものなのだろうか?
ルカ自身、こんな言葉は薄っぺらく感じる。
「ですがねぇ、神父様。そもそも、市民から財産を奪わなきゃ良かった話じゃねぇですか。」
男は、小馬鹿にしたような表情を浮かべた。
…喉元を過ぎれば熱さを忘れる。
近づくだけでうつってしまう、治療法もない病。
寝床や服に、病の元が潜む日々。
それは、もう過去の事だ。
「領主様が指揮を取ったから、私たちは生き延びたのです。ルヴァルやベルダン、カスティエを見てください。どれほどの死者を出したか。」
男は、それでも不服そうな顔をする。
「でもよ、隣町の奴らの話じゃ、今は随分良くなったとよ。働きに出てる奴らは金を多くもらえるようになったと。」
「神の前で、まるで人が死んで良かった、と聞こえるような発言は控えてください。」
男はあからさまにイヤな顔をした。
「生も死も、全ては、神様の御心のままにってやつだろう?」
ルカは、内心腹立たしかった。
一体、何のために、神父たちが患者たちの元へ、危険を承知で出向いたと思っているのだ。
放っておけば、自然と収まるようは災害ではなかったのに。
分かりたくない、エミールの気持ちがわかる気がした。
男が帰ると、ルカは、1人森へ向かった。
どうか違っていて欲しい。
どうか、ただの勘違いであって欲しい。
本当はルカも薄々勘付いていた。
黒死病が広がった時。
エミールは、助かるかもしれない患者に優先的に治療を与える一方で、助からない患者は切り捨てた。
領主として仕方がない決断だった。
それは分かっている。
しかし、その選択が出来てしまう事自体が、人としての何かが欠落しているような不安を抱かせる。
彼は、どこまで出来るのだろう。
助かるかもしれない人間を助けるために。
…助からない人間を殺してしまえるのだろうか。
デュボア子爵の森は広大だが、下草は刈られ、整備されているため歩きやすい。
ほどなくして、あの男が言っていた焼却炉を発見する。
焼却炉は、掘立小屋のような簡易的な建物の中にあり、四辺を木の板で囲っているため、外からはよく見えない構造になっている。
その小屋の周囲は、禿山と言って過言なく、木どころか背の高い草すら生えていない。
薪に使ってしまったのかもしれない。
その割には、切り株が全くないが。
小屋の中に入って調べる。
焼却炉は、確かに最近使われたようで、燃え残りをかき出した形跡があった。
そして…。
焼却炉の足元、白い灰が積る中に、銀色の光が見える。
ルカは、屈んでそれを指でつまむ。
若い娘が着けそうな指輪…。
貴族の持ち物というよりは、裕福な平民の娘の持ち物に思える。
こんなところに、そんな娘が来るはずがない。
途端に息が苦しくなる。
やはり、ここは…。
よろめきながら、ルカは外へ出ると、外の景色が一変して見えた。
木は薪に使える。
だから、切り倒す。
…切株は。
穴を掘る邪魔になる。
だから、抜き取る…。
草が生える暇もないほど、ここに埋める何かがある…。
ルカの目から涙が溢れて、嗚咽が漏れる。
なぜ…。
なぜ、こうなってしまったのだ…。
悪魔め。
地獄へ堕ちろ!




