表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/46

《雪解け》

春こそが全ての勝負だ。

雪は黒死病を一時的に封じただけ。

暖かくなってノミの活性が上がれば、第二波が来ることは火を見るより明らかだ。


「もう嫌だ…。」


暖かい日差しの下、エミールは弱音を吐く。

書斎には、誰もおらず、返事もない。


エミールはソファーに寝転び、足を肘掛けに乗せる。


…ミニマリストを目指そうか。


このソファーとていつ虫がつくかわからない。


コンコン、とドアがノックされ、アルマンの声がする。


「旦那様、ルカ様がいらしています。」

「いいよ、入れて。」


扉を開くと、アルマンはエミールの姿にギョッとする。


「それで、良い知らせ?言っとくけど、聖人の祝日は許さないよ。どうせ、皆んなでどんちゃん騒ぎして黒死病を広げるだけなんだから。黙って家でチキンでも食べてれば良い。」


自分で言いながら、エミールの声音が低くなる。


チキンなんてどこにあるんだ?

農民からもすでにかなりの量を供出させているのに。


「チキンを持って来ましたよ。」


エミールはルカに一瞬視線を向けるとすぐに逸らした。


「要らない、ルネにあげて。」


この頃には、ルネも医者としてあちこち忙殺されていた。


「貴方も、たまには良いでしょう。」

「…。」

「貴方のおかげで、これだけの人が生き残ったのですから。」

「…。やめてよ。これからが酷いんだからさ。周辺都市は、人が居なくなった。それがどういう事かわかる?」


ルカは沈黙した。


「生き残った人間は前より豊かになる。これまで100人の人間で分け合っていたものを3人で分け合えば良いんだから。現実はもっと複雑だけど、大まかにはそうなる。そうなればどうなる?」


エミールは泣きそうだった。


「うちは、農民にも商人にも大量の物資を供出させた。何の見返りもなくね。きっと、皆は不満に思うだろう。」

「彼らは命を失わなかった。」

「大事なものは失うまで気づかない。彼らが今、失ったのは財産だ。」


給仕のため、部屋に残っていたアルマンも労わる視線をエミールに向ける。


「これからノミがまた増えれば、次の感染が起きるさ。他所よりも頻繁にね。人々は私の能力不足を責めるだろう。他所ではこんなことないのにって。でもそれは、他所は感染が広がるほどの人間がいないってだけなのに。」

「物事を悪く考えすぎるのはよくありません。」

「ああ、そうだな。今のうちにカスティエは潰しておこう。周辺からの物資供給を絶って、あそこの鉱山はデュボアが押さえれば良い。」


エミールの目に剣呑な光が宿る。

ルカは、テーブルの上にパンとチキンを置くと、アルマンにお茶を淹れるよう目で合図した。


「それよりも、今は、チキンとパンのどちらを食べるかが問題だ。さっさと起きろ。」

「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないんだ。」


ルカは諦めてエミールの隣に座ると、体を引き起こそうとする。


「お前、服にノミの卵でもつけてないだろうな?」

「ここに来る前に身は清めたし、服も煮てから乾かしたものを選んだ!」

「…。」


エミールはズリ上がり、ルカの膝に頭を乗せる。


「…。」


ルカは閉口した。

エミールは、一度この甘えモードに入ってしまうと、なかなかやめない。


諦めて、パンのかけらをエミールの口元に差し出す。

エミールがルカの手からパンを食べる。


唇がルカの指に触れる。

カサカサの唇が、エミールの心労を表していた。


「やっぱりさ、旧街道より新街道を…。」


エミールは本気でカスティエを潰したいのかもしれない。

ルカよりも遥かに遠くを見つめているエミールの額に手を置く。


「紅茶は飲まないのか?」


エミールは、眉だけ動かす。

飲ませてよ、エミールの声が聞こえた気がした。


「火傷するぞ。」


エミールは渋々、体を起こすと、チキンをルネやアルマンの分も取り分ける。


物資の不足で、肉などそうそうお目にはかかれないのだから、領主である自分だけが得をするなど許されない。


…でもこれは、ルカがせっかく用意してくれたチキンだ。


エミールは、一欠片、自分の口にもチキンを放り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ