《風の噂》
アルヴァニエの側には、いくつかの主要都市がある。
ルヴァルやモルティエ、ベルダン、カスティエなどがそうだ。
それらの都市を幹線道路や海路が繋いでいる。
アルヴェニエからは、それぞれ大方、8km、15km、20km、28km程度離れている。
最初はカスティエだった。
突然発熱し、1週間ほどで死んでしまう。
死ぬ時は、皮膚が黒く腐り落ちるらしい。
「黒死病になれば、顔すら見分けがつかなくなるそうよ。」
そんな噂が流れた。
8月ごろに発生したこの病は、9月〜10月にかけて、ベルダン、モルティエと徐々に患者を増やしていた。
エミールの動きは早かった。
第一報を受けてから、すぐに交易を止めさせた。
アルヴェニエは、食料の自給率が十分成長していたから、一夏くらい交易を止めても十分やっていけると判断したのだ。
周辺都市への感染が広がっているという情報が入るたび、段階的に対策は引き上げられた。
10月に入り、ルヴァルでも患者が出たという情報が入った時、とうとう戒厳令がひかれた。
エミールが許可した者以外、外から来た人物はアルヴァニエに入れてはならない。
住民は自宅から出歩いてはならない、という厳しいものだった。
医者と助産婦、病人を看取るための神父など、限られた立場の者以外、外出は禁止された。
例外的に、食事や入浴、洗濯といった、最低限の外出は許可されたが、大人数でたむろすることは禁じられた。
聖職者たちに協力が要請され、それぞれの区域ごとに、患者がいないか、食料が足りていないものがいないかを確認させた。
住所ごとにゴミの廃棄場所となる空き地が指定されて、即席のゴミ処理場が設置された。
…ゴミ処理場と言っても、ゴミをそこで燃やしたり、土に埋めたりするだけだったのだが。
エミールは明言しなかったが、ゴミ処理場に掘られた、沢山の深い穴は、いずれでる死者たちの墓穴でもあった。
薬師や錬金術師が招集され、あちこちでネズミの駆除が施された。
毒入り団子や、ネズミを捕らえるためのトラップが至る所に設置された。
交易が断絶されて1週間。
住民は、何事かと恐れた。あの領主様がこれほど恐れるのは何かと。
しかし、何も起こらなかった。
交易が断絶されて2週間。
元からいた住民は、普段の生活に戻りつつあった。
少人数ではあるものの、洗濯場や井戸端で待ち合わせをして、近況を語り合った。
住民達の見えないところで、ルヴァルからの難民が貧民街に押し寄せた。
アルヴァニエは大都市と違い、城郭を持たない都市のため、外部から人々の流入を完全に止めることは出来なかった。
そして、誰も気がつかないまま、アルヴァニエでも最初の死者が出た。
交易が断絶されて3週間目、10月の中頃。
貧民街で例の病が流行っているという噂が流れた。
不穏な空気に、住民達は再度家に閉じ籠り、最低限の外出しかしなくなった。




