《2人の医者》
エミールの書斎、いつもの“お茶会”がやってきた。
「エミール!」
ルカが、大きな声を出す。
「ちゃんと説明しろ。これは、どういう事だ?」
前にも似たような事があったな、とエミールは思った。
前と違うのは、今度は怒られるのが2人だという点だ。
ルネは落ち込んで部屋に閉じこもっていたのだが、ルカに引っ張り出された。
そして今。
2人は仲良く隣同士で座りながら、ルカの説教を受けている。
エミールはアルマンをチラ見した。
アルマンは、主人の無言の圧力を正確に読み取っていたが、あえて無視することを選んだ。
エミールは無言を貫いた。
ルネも、師匠に倣って何も言わなかった。
あの時と同じように、何杯ものお茶が冷める時間がたった。
そして、あの時同様、今度は見かねたアルマンが、ルカに事情を説明した。
ルネすら知らない、許されざる秘密だけは除いて。
「エミール様は、領内の全ての民が、等しく病を癒す事ができる仕組みを作りたいと考えられました。ルカ様もご存知の通り、我が主人は…。」
「主人だと?今私を売っている癖にか?」
まるで子どもの癇癪だった。
流石に、これには、ルネも驚いて目を丸くした。
エミールに庇って欲しいとは思わなかったが、せめて言い訳の一つくらいはしてくれると思っていたからだ。
エミールはそんな周囲の反応には目もくれず、クッションで3人の視線を遮った。3人を視界から追い出せば、まるで自分1人になれると信じているようだ。
「…我が主人は、新しいものを作るのが得意でして。しかし、領主としてあるべきお方が、内政を兄君に丸投げし、市中をほっつき歩くなど、許されるべきことではありません。」
アルマンはルネをチラ見する。
「そこで、数年前にルネ様をお迎えしたのです。ルネ様はエミール様と容姿が似ておられ、医学の心得もあられました。普段はるルネ様がお医者様を、ルネ様がいらっしゃらない時は、エミール様がお医者様をされる事にしたのです。そして、エミール様が市中へお出かけになる時は、ルネ様のお姿を借り、エミール様がルネ様として外へ出ておられたのです。」
後半にチクリとアルマンの批判が入る。
ルカは、腹が立ちすぎて、笑い出しそうだ。
なるほど。
なるほど。
食えないやつだ。
外出のたびに顔を隠していたのは、領主だからという理由だけでなく、「ルネを影武者にしているから」という理由もあったわけか。
ルカは、聖書が友愛を説いていなければ、この間抜けの頭の上に雷を落としてやりたかった。
「不正は暴かれるべき…だったよな?」
ソファーのクッションは、エミールの体までは隠してくれない。
頭隠して尻隠さずだ。
一体、自分は何歳児を相手にしているんだ?
20歳のルネの方がまだお行儀がいいぞ!?
「2人で話しても良いでしょうか?」
眉根を押さえながら、ルカがアルマンに問う。
「ええ、構いませんよ。」
アルマンはいつのまにか、ルカを相当信用しているようで、いとも簡単に、エミールを差し出した。
エミールはクッションの陰で、アルマンに抗議の視線を投げるが、意味はなかった。
無情にも、ドアが閉まる音がして、2人の姿は見えなくなった。
「気は済んだか?」
ルカは、エミールの隣に腰を下ろした。
ルカの体重で、ソファーが沈む。
「自分が何をしているか、わかっているのか?」
ルカの声が近くから聞こえて、エミールは焦る。
エミールはクッションの下で、より縮こまった。
「別に、責められる謂れはないだろ…。」
クッションの下から、呟きが漏れる。
ルカはため息をついた。
「俺は、お前を信用してたんだ。」
いつもより、更に砕けた言葉遣い。
ルカはエミールを信用できる存在だと思っていた。
言えない秘密はあれど、騙しはしないと。
しかし、これはもはや、ただ周囲を勘違いさせただけ、というレベルではないではないか。
ルカの傷ついた事を責めるような言い草に、エミールの良心が少しだけ痛んだ。
「悪かった。」
ルカの顔色を伺おうと、エミールは少しだけクッションを傾ける。
まるで野良猫のようなこの領主は、人間の礼節というものを、どこに置き忘れてきたのだろう?
ルカは何度目かわからないため息をついた。
野良猫を手なづけるように、クッションの傍から手を入れて、エミールの頭を撫でてやる。
そのうちに、ルカの苛立ちも収まってきた。
徐々に、クッションを持つエミールの手から力が抜ける。
そっと、クッションを払いのけると、クッションの下から、真っ黒な目がルカを見つめていた。
「ジャックの手術はお前がやったのか?ピエールの処置も?」
言いたい事は沢山あったし、腹も立った。
しかし、それを言ったら、このバカは今の一瞬、物分かりがいいフリをして、後で隠れてまたしでかすに決まっている。
それに、領主が医者をしているのは体面が悪いと言うのは間違いではない。
「大変だったな。」
ピエールのために、笑い薬の実験台になった彼。
あの若い夫婦の家で、親子の姿を見続けた彼。
彼は、きっと今を生きている命には誠実なのだろう。
それだけは、信じたい。




