《家族》
クロード・ラフォレは走った。
今こそ、父ピエールの為に何かすべきだと思った。
クロードは父ピエールの若い頃に似て、勇気と無鉄砲さと併せ持つ若者だった。
ピエールが大きくした農業や酪農は、クロードの肌にはあわなかった。
そのため、クロードは、花の都、芸術の都市を目指して、サントルヴィルへ出奔したのだ。
サントルヴィルは華やかな町ではあったが、あくまでも“金持ちにとっては”住みやすい町というだけでしかなかった。
むしろ、金のないクロードにしてみれば、アルヴァニエの方が住みやすかったのだが、クロードは絵画工房へ弟子入りし、宮廷画家を目指した。
画家の見習いの扱いなどたかがしれている。
賄いは出ても、肉や魚どころかミルクすら、そうそう口に入れる事ができない。
その時になってやっと、彼は両親のありがたみを知ったのだ。
一方の近所でも有名な親バカ夫婦のピエールとアンナは、息子のために、毎週のように日持ちのする干し肉やパン、バターなどを送ってやった。
こうした、類稀なる支援を受ける事が出来たクロードは、食べるものの心配だけはせずにすみ、芸術の道へ打ち込む事が出来たのだ。
他の多くの有名な画家達と同じく、クロードも名を馳せるまでには時間がかかった。
しかし、この世の儚さや辛さを忘れさせ、一時の享楽を夢みさせてくれる彼の作風は、5、6年ほど前に大型の依頼を受けてから飛ぶように売れるようになった。
今では、クロード画伯の絵が入り用なら、依頼の手紙を読んでもらうための依頼の手紙が必要だと言われるほどだ。
そうして、懐が温まるようになった頃には、クロードは結婚し、娘も生まれていたので、妻と孫の顔を見せるために帰郷したのだ。
帰って1年も経たない時、ピエールが病に罹った。
クロードはサントルヴィルの医師達に手紙を書いたが、針を刺して膿を抜けば治ると書いてあるものから、薬を塗れば治ると書いてあるものまであり、何を信じて良いかわからなくなってしまった。
しかも、手紙の中には、下手に瘤に傷をつけると死んでしまうと書いてあるものもあったので、手紙の治療を気安く試すわけにもいかなかったのだ。
「父さん!父さん!死なないで!今、他の医者を探してくるからな!こんなヤブ医者じゃなくて、父さんを助けられる医者を連れてくる!」
ピエールがサン・デュボア病院へ担ぎ込まれた時、クロードは父にそう告げ、父を見捨てた医者達を睨みつけた。
この無能な医者達さえいなければ、ピエールはもっと良い医者に診てもらえたはずだ。
この医者達に脅されて、手術を急がなければ、サントルヴィルの名医にだって見せられたはず…。
そんな思いがクロードの頭を駆け巡る。
まだ間に合うはずだ。
父を死に駆り立てた医者どもは、諦めて父を看取れというが、助かる希望が少しでもあるのなら、それに賭けるのが家族ではないか。
サントルヴィルまで馬をかければ、なんとかなるかもしれない。
どこかの依頼に、ドクターなんちゃらという名前があったはずだ。
依頼を受ける順番を早くしてやると言えば、嫌な顔はしないはずだ。
「父さん、待っててくれ。」
クロードは、かつて芸術のためにサントルヴィルへ飛び出した時のように、身一つでサントルヴィルの名医を訪ねて馬を駆った。
彼は3日後に、サントルヴィルの内科医を連れて、馬車で戻った。
…その頃には、ピエールはサン・デュボア病院ではなく、セント・クレール教会に寝かされていた。
「どうして、どうして…。」
父親の棺の前で、クロードは泣き崩れた。
「人は皆、いつかは神の御許へ帰るのです。」
礼拝堂にいた神父は、そう言うと、クロードの肩に手を置いた。
暖かさと心地よい重さがかかる。
「信徒ピエールは純朴で、常に神に敬虔でした。神の門はきっと開かれる。」
クロードは涙に濡れる顔で頷いた。
ピエールは救われるはずだ。
クロードの自慢の父親なのだから。




