《避けられぬ死》
ある日の午後、ピエールは大勢の家族に担がれて、サン・デュボア病院へやってきた。
ピエールは、高熱を出し、彼の周りにはどことなく妙な甘い香りが漂っていた。
ルネは慌てた。
こんなに早く急変するとは思っていなかったからだ。
服を捲って、もっと驚愕した。
ヘルニアがあった場所を誰かが手術した跡があるではないか!
そこは赤く腫れ、滲出液のようなもので濡れそぼっている。
慌ててピエールを個室に連れて行き、使用人のギョームにエミールを呼ばせた。
エミールにとっても、これは晴天の霹靂だった。
まさか、手術を断られたからといって、闇医者に診させるなんて!
死を意識した人間の必死さを、エミールは理解しきれていなかった。
煮沸消毒したメスや布、それから一度煮沸した水を急いで用意する。時間があれば、マチューに生理食塩水を頼む事も出来たのに、もはやそれすら叶わない。
エミールとルネで傷を開くと、そこからは悪臭のする膿が流れ出てきた。
よくよく中を見ると、ヘルニアで外に飛び出していた腸が、大網と一緒に奥へ押し込められているではないか!
何もかもがメチャクチャだ。
一つ一つ、組織を洗い、確認するが、腸はわずかに赤みがあるものの、ほとんど黒っぽくなっており、壊死が進行している事が目に見えてわかった。
2人は言葉を失った。
もう手遅れだ。
やれることは殆どなく、あとは看取りを視野に、アヘンで痛みを取ってやることくらいしか、思いつかなかった。
ピエールが助からないと知った家族は非難轟々だった。
泣き崩れる者もいた。
ルネが手術を断ったから、他で手術を受けざるを得なかったのだと批判した。
何とかして助けるようにと、泣き落とししようとしたり、金を積もうとしたりした。
ルネは、それよりも、最後の時間をピエールと一緒に過ごすよう伝えたが、家族はピエールを助けたい一心で他の腕の立つ医者を探しに飛び出していった。
嵐のような荒れ具合だ。
それからしばらくして。
意外に事に、あのエミールが、ピエールを見舞いに来た。
エミールは、誰も居ない病室で、たった1人でピエールのベッド脇に座った。
ピエールは熱で浮かされ、最早意識があるのかもわからない。
エミールが彼の手を取る。
そして、殆ど独り言のような言葉を彼に投げかけた。
「ねえ、おじさん。前にも言ったじゃないか。こうだと思い込んだら、止まれなくなるのがおじさんの悪いところだって。」
ピエールは何も反応を返さない。
彼の手は、体温計がなくともわかるほど、熱い。
「何でルネを信じてくれなかったのさ。あんたのこと、嫌いじゃなかったのに。」
開けた窓から、夏の風が入ってくる。
生ぬるい風は、お世辞にも心地良いとは言えない。
せめて、もう少し、気温が低ければ良かったのに。
「15年くらい前、いろいろ教えてくれたよね。小麦と豆と根菜は、この順番で作るのが良いんだって。豆は取った後に、土にすき込めって。麦は間引くんじゃなくて、種を蒔く間隔で調整しろって。」
エミールの目に涙が浮かんだ。
「おじさんの言ってる事が分からないこともあったけど、おじさんは僕がわかるまで説明してくれた。」
一筋の涙が頬を伝う。
「ごめんね、もっと説明すべきだった。僕からも言えば良かった。」
エミールの肩が震える。
「これまでありがとう。ごめんね、おじさん。」
エミールはド・モンフォール司教を呼んだ。
せめて最後は安らかに逝けるように。
家族不在のまま、エミールはピエールを看取った。
ルカは呼ばなかった。
「ピエールはルカ神父を信じていました。なのになぜ、力になってくださらなかったのですか。」
どうせ、そんな非難しかされないのだから。




