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《過ち》

ルカとエミールの“お茶会”は珍しく、エミールの方が閉口していた。


「どうにもならないのか?エミール?」

「バカな奴だ。」


エミールが毒づいた。


「ルネほどの医者は、サントルヴィルにも居ないぞ?」

これは本当だ。


衛生や消毒という概念のないこの場所では、手を洗っているだけでも画期的で“出来る”医者なのだ。


「やはり、諦めるしかないのか?」

「私に聞くな。」


…実のところ、エミールは昨晩、同じ相談をルネにもされていた。


2人とも、ピエールに振り回され、うんざりしていたものの、自分の命がかかっているのだから仕方がないと思っていた。


そして、2人とも、彼のためにできる最善の事を探しに、エミールの所へ来たのだ。


ルネが来た時、エミールは無表情だった。


あのジジイがなんと言っても、手術をしてやる気にはならなかった。

どうせ老い先短い命だ、さらに縮めてどうしようと言うのか?


太り気味で、ちょっと走ったらゼイゼイいっている。


しかも、瘤以外に気になる症状がないか聞いたら、尿から甘い匂いがするというではないか。

高齢で循環が悪いだけでも嫌なのに、糖尿フラグとまできた。


こんなのを切ろうなんて、気が狂っているとしか思えない。


「どうにもなりませんか?」


ルネが問う。


「もう一回、自分の口で奴の状況と、アセスメントを述べてみろ。」

「…60代男性、鼠径ヘルニア。嵌頓の兆候なし。運動の習慣は現在なく、体を動かすとすぐに息が上がる。循環動態に何かしらの原因がある可能性がある。肉と酒を好む。腹の皮下脂肪はあつい。尿から甘い匂いがすると訴えており、糖尿病の可能性もある。」

「それで?」

「心肺機能をはじめとする循環動態に問題があった場合、笑気麻酔を安定して使用する事が出来ない可能性がある。血糖が病的に高い場合は、術後に傷が塞がりにくい傾向があり、感染のリスクも高まる。嵌頓を起こしていない状態では、手術の適応にはならず、保存的に経過を見る事が第一選択である…。」

「よく出来たじゃないか。それを、あの爺さんに言ってやれば良いだけだろう?」


エミールの顔には、明らかに「うんざり」と書かれている。


「あの爺さんの望み通りにする方法を考えたって良いけどな、今回の件には絶対間に合わないよ。それよりも、出来ない事は出来ないと言うこと、治すだけが医学じゃないってことを覚えた方が良い。助からない人間が、逝くまでに余計な苦しみを味わらないようにしてやるのも、君の役目でしょ?」


そういうと、ルネはトボトボと帰っていった。

ルネはまだ良い。


コイツ、ルカはルネほど医学の素養がない。

味噌糞で無茶な事を言ってくる。


しかし、本人も無茶を言っている自覚はあるようだ。

ルカの態度には、まだ遠慮が見える。


「ルネが無理だと言うんなら、無理だろう。余生を大事にしたいなら、手術は諦めさせるんだな。」


翌日、ルネは教会に向かうと、ルカに立ち会ってもらい、ピエールに再度同じ回答をした。


ピエールは顔を真っ赤にして、「わかった、と言っていたじゃないか!人を騙しやがって!人殺し!」と叫び回った。


そして、散々毒づくと、思いつく限りの罵倒を2人に浴びせて帰っていった。


数日は平穏だった。

ピエールが病院にも教会にも来なかったからだ。


しかし、どうしようもない過ちが、彼らの知らないところで起きている事に、誰も気が付かなかった。

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