《手術》
2人は、手分けして手術室の準備をしていった。
現代人が見たら、謹んで遠慮申し上げたい清潔レベルだが、ここではそれが精一杯だ。
診察室から手術室までは、ルネが案内した。
一階の比較的入り口に近い診察室から、奥まった位置の手術室までは、少し歩かねばならない上、何度か角を曲がらなくてはならなかった。
ジャックにしてみれば、最後の審判を受けに歩いている気分だ。
先ほど、ルネに、放っておけば明日にでも死んでしまうと言われた時、まさかそんな事はないだろうと思った。人を切りたがる医者があえて大袈裟に言っているのだろうと。
しかし、ルカが神妙な顔をしているのを見て、本当なのかも知れないと思い始めた。ヴァレンティーニ神父は、首都サントルヴィルから来た偉い神父様だ。そのお方が、信じるほどの医者なんだぞ…。
「それで、手術をしたら治るんですかい?」
「成功せれば治りますが、失敗すれば死んでしまう事もあります。ただし、これ以上放っておけば、手術をしても助からなくなります。そうなったら、私はこの手術はしません。」
ルネは、手術を押し付ける事はしなかった。
ただ、淡々と、このままでは助からないという事実を述べただけだ。
恐怖に慄くジャックにルネは言った。
「最善は尽くします。」
結局、そんなこんなで、ジャックは手術を受ける事になった。
ジャックの目に、“手術室”はとても奇妙に映った。
高すぎる暖炉、鉄製のベッド…。温かみを感じさせないタイル張りの壁…。変な形のガラス瓶や、金属製の箱に金属製の器具が並べられたもの…。
何より、空気を吸ったら酔ってしまうのではないかと思うくらいアルコールの匂いがした。
「服を脱いで、これを履いてください。」
短い丈のパンツのようなものを渡される。渋々、服を脱いで、差し出されたカゴに入れる。よくわからない形の下着も、なんとか履く。なんでこんな事になってしまったのか。
「それから、こちらに横になってください。」
医者が、ベッドとはおよそ言えないものを指差す。金属製の台は丈夫だったが、寝転ぶには冷たすぎる。
「お名前はわかりますか?」
ルネと同じくらいの背をした人物が覗き込む。
その人物は、先ほどルネがしたのと同じような質問を繰り返した。そして、腹を指で叩いたり、腹に耳を押し当てたりした。ルネはその様子を見ながら、一緒に確認している。
もしかしたら、この人物はルネの弟子なのかも知れない。
「暴れられたら困りますから、体を固定させてください。」
そう言って、ルネが皮のベルトでジャックを手術台に縛りつけた。ドアが開く音がして、年配の女性が入ってくる。彼女はジャックのそばに立って、医者の指示を待った。
「確認がすみましたから、これから手術を始めます。執刀はフォルティエ先生、麻酔はマチュー、助手はルネ先生です。よろしくお願いします。」
ジャックにとっては意味のわからない呪文のような言葉は、彼を心細くさせた。
「…先生。」
「どうしました?」
「…もし、俺が助からなかったら、母にすまないと伝えてくれますか。」
「…わかりました。でも、私達は、貴方を死なせるつもりはありません。最善を尽くします。」
ルネの少し緊張したような、誠実そうな瞳がジャックを見る。
ルネに似たもう1人が、顔の前に細い口のついたガラス瓶を、ジャックの前に差し出した。
「そのままゆっくり呼吸してください。」
…何かがおかしくなってきた。全てがおかしい気がする。
自分の腹部は見えないが、露出した腹を冷たい物で拭かれ、腹を何かで突かれているのはわかる。
変な気分だ。
でも、悪くはない。
眠りに落ちる直前のような幸福感と曖昧さ。
それに、痛み。
一体、どれくらいの間、そうしていたのだろう。随分と長い時間が経った気がする。いや、一瞬だったのかもしれない。
腹の中をまさぐられているような気もする。
気のせいのようにも感じるが、やはり痛い。
しかし、腹を切ってこの程度の痛みで収まるはずがない。
なんなんだ、これは?
医者達がよくわからない会話を続けている。
手術はどうなったんだ?
長いような短いような…。
「終わりましたよ。」
マチューが、アルコールとアヘンで作ったラウダラムという痛み止めを、数滴、ジャックの舌に落とす。
そして、ジャックが舌を噛まないよう、布を小さく畳んだものを、口に咥えさせてやった。
徐々にジャックの意識がはっきりしてくる。
すると、はっきりとした痛みがジャックを襲った。
「力を入れないで下さい。傷が開きます。」
そんな事ができるだろうか?
ジャックは呻いた。
病院の使用人がジャックが体を起こすのを手伝う。
そして、ルネともう1人が白い布を体にピッタリと巻きつけた。
ルネが言う。
「しばらくはここで入院してください。」
わかったよ、それで助かるんならな。
ジャックの言葉は、声にはならなかった。
そのまま、変な形の服を着せられ、タイヤのついた変な形の椅子に座らされ、ベッドのある部屋の運ばれた。
今度はまともなベッドだった事に、ジャックは安心した。
いつの間にか2人目の医者は居なくなっていた。




