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《説教》

エミールは、ルカに叱られると分かった途端、貝のように口をつぐんだ。

お茶が何杯も冷めるくらいの間、エミールは黙り続ける。


ルカも黙って相対し続ける。


エミールは、時折、困ったような、助けを求めるような目をマチューに向けた。


2人の様子を見たマチューは、ため息混じりに、ルカに事情を事細かに説明した。


マチューの説明はこうだ。


ある日、薬師として商売をしていた彼女は、唐突にデュボア邸へ呼び出された。


そして、薬師として協力するよう求められたのだ。その代わり、薬師としての助成金にプラスして、貴重な材料も優先的に融通すると。経験豊かな彼女は、これが厄介ごとの入り口だとすぐに気がついた。


しかし、その話を持ちかけられた当時、彼女は不老不死の秘薬まであと一歩のところまで来ていた。そのため、危険を承知で取引をしたのだ。


残念ながら不老不死の秘薬は作り出す事が出来なかったが、その代わり、エミールと共に多くのものを生み出した。この笑い薬もそうだ。


エミールが、硝石を熱しろと言うので、いろいろ試しているうちに、マチューは実験中にこの気体を吸ってしまい、この笑い薬にたどり着いたのだ。


本来なら、大型の動物で実験してから、人間で試すつもりだった。


今日はその動物の手配を頼みに行ったはずなのに…。

それなのに、この奇特な領主は、自分の体を実験に差し出したのだ。


マチューが説明する間、エミールはあれこれ話を遮ったり、子爵の権力を持ち出してこの老婆の口を止めようとした。しかし、それが出来ないとわかると、不貞腐れて、外套にくるまると、安楽椅子で丸くなった。


ルカは頭が痛くなってきた。

何をしているんだ、このバカは。


「起きろ。」


子供だと思って甘やかしすぎた。

こいつはもう22、自分とは3つしか違わないのだ。


「さっさと起きろ。」


エミールは外套に包まったままピクリとも動かない。

ルカは、実力行使にでた。服を掴むと、彼を椅子から引きずり下ろし、立つのを拒否したエミールの前に座る。そして、そっと、両手でエミールの顔を挟むと、自分の方を向かせる。


「教えてください。これを吸い続けたらどうなるんですか?」


エミールは、ルカとは一切、目を合わせない。


「まさか、死んだりしないでしょうね。」


マチューのため息と、エミールの沈黙が答えだった。

ルカは、エミールを抱きしめる。


「確かに、私は、教会に来ている老人が心配だと言いました。でも、それは決して貴方に死の危険を犯してまで助けろという意味ではありません。」

「別に、吸いすぎなければ良い話だ。」

「吸いすぎかどうかはどうやって判断するんです?」


またもや、エミールは沈黙する。


「ほら、わからないじゃないですか。」


再度、このバカな子ども…、いや、体は十分成長しているのだが…、を抱きしめる。


「貴方に何かあったら、私も辛いと言うことは、覚えておいてください。」


エミールはどうしたら良いか分からなくなっていた。

内心、ルカがエミールがしてきた事を知れば、自分の死を悼んではくれないだろうと思っていた。

その一方で、悼んでほしいと思った。

永遠に、何も知らないままでいて欲しいと。


帰り道、エミールはルカの腕の中で、寝たふりをした。誰かの腕に抱かれる感覚は久しぶりで、エミールの気持ちを落ち着けてくれた。エミールにとっては、久しぶりに感じた暖かく貴重な時間だ。


ひとたび、エミールがデュボア子爵の仮面を被れば、誰も彼を抱きしめたりなどしない。

馬に揺られながら、彼らはデュボア子爵邸へ戻っていく。


時折、馬がいななく。馬に踏まれた青草の匂いがした。

ルカのエミールに対する評価は、不器用な子からさらに世話が焼ける子に変わった。出来ない子認定されたと知ったら、エミールは怒っただろうか、それとも嬉々としてあまえただろうか。


残念ながら、その答えは分からない。

邸宅に帰ると、老僕が馬小屋の前で待っていた。

ルカは、寝ているエミールを老僕に抱えさせ、事情を説明した。老僕は、黙って頷くと、ルカにそれ以上の事を問い詰めなかった。


ルカは知らなかったが、老僕は、とっくにエミールの狸寝入りに気づいていたのだ。

ルカが立ち去ると同時に、老僕はこの厄介な主人を下ろそうとする。


「早く降りて下さい。この老身は、旦那様を抱えきれません。」


エミールの目がパチリと開く。


「爺やに抱かれるなんて久しぶりなのに。」

「こんなところを見られたらどうするおつもりです?」


老僕は、ルカほどエミールを甘やかしはしなかった。


「なんでわかったの?」

「私が寝ている貴方を何度もベッドにお連れした事をお忘れになりましたか?」


エミールの問うような視線が刺さる。


「寝ていれば、顎が緩むでしょう!」


ああ、確かに、とエミールは思った。所謂、お姫様抱っこは、顎に気をつけないとメルヘン味が減る。


「ルカには怒られちゃったんだけどさ、笑気麻酔の件、ルネ・フォルティエ先生を頼むよ。」

「坊ちゃん、ヴァレンティーニ神父だけではありません。私だって、心配申し上げているんです。」


切実な視線が、エミールを居た堪れなくする。

アルマンは、自分はルカよりは厳しいと思っているが、側からみれはさほど差はない。


爺やとしてのアルマンは、どうしてもこの幼いころから見てきた主人に甘いのだ。エミールがあからさまに気落ちしている様子を見て、おだてるように書斎まで連れて行った。


厨房に、今日は、デザートを2つつけるように言っておこう…。

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