《波紋》
ルカのデュボア邸への訪問、もといお茶会は、唐突に始まる事も多い。エミールが気まぐれだからだ。
だが、今回だけは、ルカの唐突な訪問から始まった。
シャルボン家の悲劇は、街中で囁かれるうち、尾ひれはひれついて、壮大な物語になっていった。
1番酷いものは、ジョン・シャルボンは娼婦の母親が悪魔と取引して出来た子で、生贄を捧げる事が出来なくなって連れていかれたという噂。シャルボン邸には常に腐臭が漂い、周辺の野良猫や野良犬はいつの間にか消えてしまうらしい。
次に酷いのが、シャルボン家は代々、財産争いが絶えないという噂。家族が互いに、東洋から手に入れた珍しい毒や動物を使って殺し合っているらしい。
1番滑稽な噂は、実はジャン・シャルボンは死んではおらず、かの有名なロミオとジュリエットを真似て、恋人と駆け落ちしたという話。ジャンの遺体が埋葬されたのと同じ時間帯に、葬儀屋で座りながら誰かと話し込んでいるのを見た人物がいるらしい。
他にも、辻褄のあうものからそうでないものまで、沢山の噂が囁かれている。
ルカの耳にも、望むと望まないとに関わらず、多くの噂が入ってきた。
ルネから得た情報もある。あの日、ルネはこう言った。
「ああ、なるほどね。毒で殺したんなら、随分と酷い連中ですね。きっと複数の毒を使ったに違いない。」
「なぜわかるのですか?」
ルネが応える。
「悪い夢を見る毒は沢山あります。ヒヨスやベラドンナ、ドクウツギにマンドレイク、他にも沢山。」
ルネは唇を舐めて続ける。
「毒は飲んでから効き始めるまでに時間がかかるんですよ。その時間が早いものもあれば、遅いものもある。亡くなる最後の妄想は特に酷かったようだから、きっとベラドンナを使ったのでしょう。」
ルカは思わず身を乗り出した。
「でもね、ベラドンナは飲んですぐに効果が出て犯人がわかってしまう。だから、普段は、ヒヨスのような、効くまでに時間がかかる別の毒を飲ませていたんですよ。」
「では、最後に会った人間が怪しいと?」
ルネはゆっくり首を振った。
「それは分かりません。誰かに言って、毒を飲ませたのかもしれない。」
ふと、ルカの脳裏に、ジャンの兄弟達が浮かんだ。
しかし、彼らはジャンがおかしくなってから見舞いに来たはず…。
そこまで考えて、急に合点がいった。
あの兄弟が来たのは、ジャンの妄想が酷くなる前だ。
時間のかかる毒で気をおかしくしてから、強い毒で殺したのではないか?
だから、普段は見舞いに来ないはずの2人が来たのだ。
2人いれば、片方が周囲の人間の注意を引いて、秘密裏に毒を飲ませる事ができる…。
毒殺を疑われても、犯人として疑われるのは、最初の毒の効果が出る直前に会った人物だ。彼らではない。
市井の噂でもあったではないか。
シャルボン家では代々、家族同士で酷い財産争いをしていると…。
なんて非道な連中なのだろうか!
ルカは鳥肌がたった。手の中の十字架が、肉に食い込む。
神の元へ旅立つ厳粛な空間を、自分達の私利私欲のために利用するとは!
泣きたい気分だった。人を裁いて良いのは、ひとえに神だけだ。
しかし、見て見ぬふりもできない。
エミールの書斎に通された時、ルカの血の気は引いていた。
「子爵は…。」
ご存知だったのですか、という言葉をルカは飲み込んだ。問うたところで、この人ははぐらかすだけなのだから。
「医者が言うには…。」
憶測で話してはならない。わかってはいても、言わない事の方が、取り返しのつかない罪のように感じた。
「なるほど!」
エミールはいつもと変わらぬ様子で、さも納得したというように頷いた。
「流石は、セントヴィルでも屈指の秀才と呼ばれたお方だ。たった数日で真実を暴き出すとは!」
ルカは、只々、エミールを見つめた。
どこまでが本意で、どこからが誤魔化しなのか。
「ヒヨスは胃痛にも効きますからね。胃薬だと騙して飲ませるのは簡単だったでしょうね。」
「彼らは裁かれるのですか?」
「どうでしょうね。裁かれる世であって欲しいと、私は願います。」
人の罪を、人が裁く世…。
「ああ、記録をまとめておいてくださいね。噂までは書かなくて良いですから。貴方が関わった事にされたくなかったらね。」
これまで、アルヴァニエの有力市民や商人から構成される評議会は、税負担の増加を理由に、警察組織を作る事に反対していた。
しかし、今回の事件を受けて、自分たちも被害者になる可能性に思い至ったらしい。
ルカが記録を“お茶会”にもって行った数日後、評議会の賛成多数をもって、新たに“警察”が誕生した。




