滅んだ世界で神は独り、最愛の者のフリをする。
この物語に起承転結など無い。
ただここに書かれる一部始終は全て起床から就寝の一日の流れ、ただそれだけだ。
当然、この日記には一日の流れを書く事しか有効な使い道は無いからだ。絵日記なら話は別だが、私はそんな物は持っていない。この世界に存在すらしていないからだ。
じゃあ何を媒体にして書いているかって?なんでも考えられるだろう。
石、木、草、土、炎でだって書くことが出来るかもしれない。後世に残せるかは別だが。
もし誰かがこれを読んでいるとするならば、先程書かれたどれかの、1番長持ちした物であるのだろう。是非その物を、更に丈夫で長持ちする媒体により良くするべきだ。いつだって記憶は1番大切なものなのだから、後世にそれを伝えて行くべきだ。この大事さは、私自身がよく感じている。
なんにせよ、そんな媒体で書かれたこの日記--日記の説明だけでここまで尺を取るのは、余白を食いつぶすように場所を取られるが仕方の無い--は、紛れもなく過去から未来において本当に限りなく無価値でどうでもいい事なのを理解していて欲しい。
冗長で周り口説い事は重々承知しているが、何せ常識と言う物はいつ何時でも変わりえるもの。定義はしっかりと定めて置かねば誤解を産んでしまう。
心配が勝ってしまうのは、私の悪い癖だ。
だが、叱ってくれる者も居らんから、こうして醜態を積み重ねていくだけという訳だ。常々直していこうと努力と意識はしているが、性格と言うのは中々直らん。後世は性格がすぐに変わる事が出来たら、どんなに楽だろうか。
さて長々と話した--私が書き込んだ事ではあるが--前置きもそろそろとして、私の起床就寝までをつらつらと、冗長に書き留めていこう。あぁ、今更ではあるが、私の思った事と感じた事をそのまま文字にしたためているだけだから、よく分からない事があるのなら、当然読み飛ばしても構わないのだ。
伝えたい事はもうすでに書き終えた。
あとは見たい者、物好き、それに--私の事を知りたい研究者。それぐらいの者しか、見る価値などないだろう。
なんにせよ。
この自堕落で、無個性で、目的など等の遠になってしまった、ただ結果だけを求めて、手段が目的になってしまっている、愚かで疎かにになってしまった、私の後悔と、執念と、そして情熱を。
どうか、小さく笑いながら、読んで欲しい。
色々と気にしすぎてすっかり忘れていたが、日記の著者名を忘れていた。定義がどうこう言う前に、自分の定義すらなければ、読んでいる者も分からないだろうに。まぁ先程書いたように名前など印の一つ、分りやすい物であればそれでいいだろう。
ただ生憎名前というものが欠落していて、どうにも思い出す事ができない。だが名前というのは通称、自分の近辺から付けるのが良いと学んだ。
自分の近辺と言えば、自身の身体だ。
分かりやすいように、私の身体がどういう風に成り立っているかを記しておこう。
先ずは中心に一つの塊。その塊から左右に二本づつ枝が分かれている。そしてその先の枝から、五本の枝にそれぞれ分かれている。中心の塊には二つの膨らみが存在している。そして少し戻って、中心の塊の頂点からさらに枝が分かれており、その先に大きな塊がついている。大体大まかな身体はこんな感じだ。
――名前をつけるなら、「五」としようか。色々身体が五つに関連しているから分かりやすい。きっとすぐに思い出す事が出来るはずだ。
「著作者 五」
これで決定だ。
ようやく日記を書こうとしたが、いつ何時書いたかを残すために、年月を書かねばならない。だが、存分、流れた月日が長すぎるから、どう年月を定義すればいいか毎度悩んでしまう。少なくとも、同じ日に書かれたことが分かれば後世にもわかりやすいだろうと考える。ならば、私が「人類」という生物が使っていた、「暦」という文字を使おう。
数を数えるのは苦手だが、周りにあるモノならある程度は思い出せる。今日から必ず行うことを決めよう。
今日は、「空気」というものを他の惑星から持ってこよう。この前は「炎」だったし、その前は「水」だったと思う。
「暦 空気 一」
これでよい。
他に書くために必要な事は無いかと今一度振り返る。
大丈夫そうだ。
さて、本題の日記に入る。
どんな状況かというと、今現在、日が上りだしたころだ。太陽がいつもと同じよう――地平線から顔を覗かせるさながら地表を照らす光の様に――静寂の広がっていた漆黒すら生温い、夜を主戦場とする蛮族共が蔓延る時間帯を消し去り、新たな夜明けをこの地に授けている。
いつ見ても幻想的な、同じ毎日を送っている上で毎日何かが違う――いわゆる間違い探しの様だ。私は毎日、何が違うか変わっているか、この共有をどのような言葉で紡げばいいのかを日々考えている。
例えばそう――地平線から眩しく光る、宇宙界でも大きな部類に入るあの太陽という名の星が、名もなき惑星であるこの地を、他の名ばかり有名である惑星と平等に光という名のエネルギーを送り届けている。そのエネルギーはこの惑星に小さなエネルギーとして様々な生物に命を与え、私含め、小さな小さな、眼に見えない程の極小の成長を与える。例として挙げるならば、私の寝床の近くにあるこの草木、昨日までは私の手いっぱいまでしか無かったが、今日はこの手一杯より少し大きく伸びている。そのような涙ぐましい成長が私にはとてもとても愛おしくて仕方がない。
ほかにも伝えたい事がいくつか、もちろんすべてを書き留めておきたいが、余白は限られているから、このぐらいにしておこう。
ともかく私が伝えたい事は、この光景はいつ見ても最高で、私が知りえる語彙では足りない、いやこの風景を思った感情を言い表す事すら、この儚く強く生きる生命達に対しておこがましい、そう思えるほど、この景色は素晴らしいという事だ。
さて、そのような生命の営みを、寝床――とはいっても粗悪でただ床に藁を敷いただけの簡易的なもの、だが特に私にとって快適さなどどうでもいい――から、無造作に身体を起こす。
寝床か這い出て、風景をようやく見渡す。この場所は高台であるから、この惑星の一部分を切り取って見る分には、とてもちょうどいい。
ここから見上げるとそこは真っ平らな大草原--サバンナ見たくただ何もなく生命の欠片すらない風がただ吹くだけの地平線があるのはなく、ましてや草木が生い茂り右も左も分からず様々な生き物の種類が跋扈するジャングルでもない、ただの何の変哲もない風景--が、世界中に広がっている。
この広大で矮小な、寛大で繊細な地では、私の力など到底小さきものだと感じる。そんなことを思いながら、毎日の日々、朝の最初のモーニングルーティーンとしての一つ、現在の景色を見て書き留める。を成し遂げた。
景色を一通り見終えた私は、今現在の他の土地の様子を見るために軽く歩いて移動を試みる。もちろん歩かなくても移動手段は色々ある。魔術を使って瞬間移動や物を組み立ててもいいし、他の生物の力を借りて移動したっていい。
ただそんな風に楽をして移動をしても、この後訪れるはずの生命の気持ちにはきっと馴れないだろう。時間は有限であるが、無限でもある。事実、私には何億年もの月日が流れているが、未だ「気持ち」という感情の理解が完璧ではない。長い年月をかけて偶に思うのが、完璧であろうとすることが間違っているかもしれないという事だ。
実際、そうかもしれない。
けれども結果、歩みは止まらない。
つまりは過程が大事だと結論付ける。
だから私は、ルーティーンは朝だけ行う事にしている。何故だかやらなければならない、「意思」が私を突き動かす事柄以外は、全て行き当たりばったり、成功したり失敗したりだ。
だから今日歩こうと決めたのも、今思いついたから、それだけだ。結局昔の事は覚えてないし、昨日した事すら忘れているときだってある。なんなら一日で行った事すら覚えてない、陳家で塵の様な記憶力だ。だが、その中で無意識に行う事が「らしさ」なのだろう。
「らしさ」と聞くと、それは「個性」だと昔よく話していた人類に言われたような気がする。確かに、同じ行動を繰り返す生命だって多くいるが、そういう生命は大してつまらない。もちろん一瞬の火を燃やすその瞬間には感動さえするが、それは「生命」に感動するのであって「個体」には感動は沸かない。
個体として見るならば、人類はどの生命よりも優秀であった。
その分、愚かで、傲慢で、身の程知らずな選択を多々してきて、現在このような状態になっているのだが、他の惑星の声明を見ても類を見ないほどの面白さだった。だから私がこの惑星に居ついたという事だろう。
案外悪くない選択をしたんだな、私。ほめてあげよう。
一度歩き始める前に自分の文章を見たら、説明が欠けている所があった。現在のこの惑星の状況を追加しておこう。
私が話した「人類」とは、この惑星に私が来た時にすでに居ついていた生命体だ。恐らくだが、私と同じ造形――一つの塊から五本の枝が分かれている造形、詳しくは上に書いてある――をしていたはずだ。もうだいぶ前の事にはなるから推測だが、親しみやすいように身体を変えていたという事ぐらい容易く創造できるからだ。
では現在はというと、愚かにも同じ人類同士で殺し合いに発展し、現在は滅びてしまっている。
あぁそうそう、この言葉も、恐らくは人類が使っていた言葉だろうな。主に上の二本の枝から言葉、語彙を書き出す。さながら二本語といったところか。ある程度この言葉を覚えているという事は常用しているのだろう。文字というのはやはり便利だ。
生命体の話に戻るが、その他に色々滅びている生命体はある。が、一々覚えてられる訳がない。ぼんやりと私が見える範囲で言うなれば、木や草、魚、あとは鳥や動物が存在はしている。それぐらいだ。個体の造形を書こうとするには余りにも足りなすぎる。
それは別の日の私にお任せしておこう。
・暦:空気一 著作者:五
ああ、時間帯を書くべき事を思い出した。現在は太陽が頂点に上っている。私がいる地上全てを完全に見下ろしているといった状況だ。あの何も考えずにただ光を放っているだけの惑星に少しばかりのイラつきを覚えてしまうが、そんな事をしても損なだけなのは重々分かっているので、やるべき事を思い出す。
「空気」を動かす。
これはとても重大な事とも言えるし、全くの無意味な事なのかもしれない。ただ、私を突き動かす何かがそれをしろと言うので、渋々身体を突き動かす。本来は渋々でなかったかもしれないが、毎日何かをする、という固定された行動はいつだって飽きが来る可能性は存在する。
それでもやらなければ、いつかはやらなければいけない時がある。
恐らくこれが「労働」というものだろう。
労働はつらい、そう人類から聞いた覚えがある。なるほど、確かに面倒くさいという感情は理解できる。
ただ私にとってどちらかというと、何かを続ける、という事の方がよっぽど難しいと思う。
主観であるが。
「労働」において、どのような観点から辛いという感情が出るかは分からないけれど、私の行う「労働」は、酷く簡単で、退屈で、こうして片手を動かす事が出来る程余裕である。
あぁ、その労働は、他の惑星から空気を移動させている最中さ。ただこうして魔力を使って右から左に流しているだけで何の労力も感じない。そういうものだ。
後世に魔力があるかは分からないけれど、凡そのやっている事はこういうものだ。
こうして何十億年も同じことを繰り返していると、他の事がやりたくなる気持ちも湧き出てくる。
同じ事って常々面倒くさく、飽きが出てきてしまう。
――良くないんだろうなぁ。こういうの。
本来であればこういう地道な作業というものは無感情で行えるらしいのだが、どうにも感情を殺す事が出来ない。
歳なのか、あるいは元からなのか。
まぁなんにせよ、感情があるおかげでこうして何かを感じたり、残そうと思えたりするから、一長一短って訳かもしれない。
度々思うが、時間というものは常に平等で一定ではあるが、体感では妙に引き延ばされたり伸びたりしたりする。その感覚は不可思議ではあるが、これも感情というもののおかげだろう。
絶対的な縮尺は宇宙の法則だというのに、どうしてか感覚というものは自分勝手で自己都合で形を変えていく。
不思議で奇妙で、それでいてなんと儚い物だろう。
さてさて、こうして物思いにふけっていれば、あっという間に日が落ちかけてくる。
地平線は黄色から赤色へと色が変化していき、活動している生命――主に動物の多くは、眠りの準備を開始する頃だろう。
私も例に漏れず、寝床の準備をすべき時だ。
寝床など何でもいいと、冒頭で書き出した事ではあるが、やはり「こだわり」というものがある。
これも人類から教わった「譲れない事」の一つであろう。
私のこだわりとは、主に3つだ。
一つ。寝床の周りにはなるべく生命がおらず、可能な限り静かな事。
これは単純で眠りを妨げられる事は一番の安らぎを奪う行為であるからだ。定義を言うとするならば、寝床の周りがそれぞれ歩み5歩分と定義付ける。どんな生命でも、この至福で唯一自分を見つめる事が出来る場所を奪う事は許されない。何度か眠りを妨げる蛮族がいたが、種族事、この地から消してしまった。申し訳ない事をしたと思っているが、後悔はしていない。
二つ。高台である事。これは単純だ。目覚めたときにこの辺りの土地を見渡す事が朝のルーティーンだ。大事な事だから再度ここで定義付けておく。中々高台が見つからない事もあるが、これは正直まちまちだ。他の場所より高いところであれば大体問題がない。
三つ。辺りが暗くなった時、丸く幻想的に光る大きな大きな球体が見える場所である事。これはほとんどの場所で当てはまるが、洞窟の様な穴倉であると見えなくなってしまう。何故あの球体が見える場所を好んでいるかは私もよく分からないが、何故だかとても安心を得る事ができている。と思っている。
そんなわけで、このこだわりを探すために、また少しあるくとしよう。
・暦:空気一 著作者:五 時:辺りが夜に包まれたころ。
今日の寝床は決まった。
私が寝床を決めると、いつも決まったように、私の周りの歩み5歩分、きれいに円を描くように、枝が何本も何本も生えた木々が集まってきている。
あまり声明を覚えない私だが、毎日の決まったルーティーンの様に寄ってくるあれに対しては、さすがに存在を認知している。
今日は少し気分がいいし、寝るまでの時間に余裕がある。
少し名前を考えてみようか。
高いところと言えば、基本的には山が挙げられる。
そして、その山に住む生物は――人類から教えてもらった記憶だが――羊と聞いた気がする。
そして、大体私が寝るとき――つまり、黒の時間に来る。
黒い山羊。
名前としては良い感じだろう。
試しにその名前で呼んでみる。
あれらは、可愛らしい声でメェ、メェと鳴いている。
多分嬉しがっているのかな。そうだと私も良いのだが。
人類もこんな風に名前を決めていたのだろうか。なるほど、名前を与えるというのは実に気分がいい。これからこの事もルーティーンに組み込んでいこうか。忘れなければそうしていこう。そう思えるくらい貴重な経験だ。退屈な毎日でも、こうした発見や記憶の呼び起こしだけで、とても充実した日だと思う事が出来る。
なんて不確定で、都合のいい頭だろう。
終わりが良ければ、全てが許される――そんな気持ちさえしてくる。実際はそんな事は無くて不安や疑念があるが、これが些細な事と思える程、充実した満足感が得られる。もしかしたらこれを毎日感じているのかもしれないが、それならそれで、幸せな頭を持っている、という事にしておこう。
さてそんなことをしているともう直に暗闇がやってくる。この日記もそろそろ書き終わらねばならない。
寝床に入って、今日の生命活動を終える前に、やる事が一つ、残っている。
これはそう――。私の一番重要な役目でもある。
「呼吸」をこの地に与える事だ。
呼吸、と言っても、ただこの地に少し、一滴の種を撒くだけだ。
それは「生命」という種。
悪筆で、忘れっぽくて、身勝手で、口下手で(これは人類の関わった生命に言われた事だ)。
そんな私に、着いてきてくれた人類が一人いた。
名は遠くの遠くに消えてしまったが、それでも「居た」という事は覚えている。
今のこの地は人類など等の当に消えてしまったが、過ごした日々というものは、いつだって忘れられない。
本当に忘れそうになり、どうしても心寂しくなった時は魔術を使って思い出す事もするが、できればそれはしたくない。
人類と接した時の「意地」だと私は思う。
まぁそんなわけで、いつもこうして、大地に口づけをして、「生命」を振りまいていく。
当然すぐに芽が出ることも無く、毎日毎日、育ったらいいなという期待感だけで、この地を歩いていく。
酷く寂しく、孤独で、長く遠い旅だ。
でも、だからこそ、私が愛した人類を、取り戻したいと思う。
私がこうして、毎日のように「記録」をしながら行動し、「仕事」をして日中を過ごし、最後に「呼吸」を与える。
人類の様に、こうして行動する事も、きっと意味がある事だから。
そんな人類になり切れない私は。
いつもこうやって、人類の「フリ」をしている。
ただ、恐らくこういう思考を持っている時点で、広義で見ればきっと「人類」なのだろう。
だが、人類は儚く脆いという事も定義に入る。
だから、もし、人類がまた現れたら、私はひっそりと人類を観察しよう。
そんな風に、毎日人類との邂逅に胸を躍らせながら、私は眠りにつくようにしている。
明日は今日よりもきっといい日だ。
何故なら、必ず生命は成長するもの。変化だって成長である。変わっていれば、例え木々が折れていたとしても、個性になりうる可能性がある。
私は幾度となく絶望と希望を繰り返し続けているが、それが無ければ「私」という個体は形成されていない。
神であっても。
平等に生を受けている以上、個体である事には変わりない。
最も大切な人類から学んだ事だ。これを後世に記す。もちろんこの事を嘘話だって笑って読書してくれたっていいし、本気に捉えて人生の方針にしたって良い。それだってある種選択、個性の一つだ。
長々と日記を書き摘まんだが、そろそろ闇が地平線を覆う頃、この地が表情を隠す時だ。
そうだ。私が数十億年歩き回って発見したことを最後に記そう。
この地――つまりこの惑星であるのだが歩いてみると、とても丸い。地平線の彼方を見てみても、少し湾曲が見えており私の推測は恐らく間違ってないだろう。
人類が発見していた可能性もあるが、私が見聞きした以上は居なかったように思える。勿論宇宙に進出してこの惑星を見たという話は聞いたことが無い――私がこの惑星の形を忘れている可能性だってあるが。
なんにせよこの地面が丸い球体の惑星。
名付けるとするなら、「地球」だろう。
少し捻りが無くて少し残念な気もするが、きっと明日新しい提案があるに違いない。
私はこの「地球」を愛するし、人類が生まれ、またあの「個体」に会う事を楽しみにしている。
それが役目だ。
もし人類が生まれたならば、記憶をなくして人類の輪に溶け込む事も楽しそうでありなのかもしれない。
人類の発展を見守る事だって楽しいかもしれない。
また人類同士が喧嘩したらどうしようか。今度は止めるべきだろうか。
こんな楽しくていつまでも来ないかもしれない、奇天烈な妄想を書き留めても、何も無いかもしれない。
けれど、「私として」必要な要素だろうから、ここに記す。
本当の本当に最後。
末筆として、私の種族名を記しておく。念のため言っておくけれど、怖がる必要もないし、崇拝する必要もない。文字通り、この日記の内容が私の思っている事全てなのだから。
種族名は、シュブ=ニグラス。
何の変哲もないか弱い神様だ。




