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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第一章

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第七話 呪いの指輪

「はぁ……うっ、うぅ……」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


柳瀬の遅れていた四半痛が来たのは、諸伏くんが帰ってきた日の翌日だった。自分の部屋にいても聞こえてくる柳瀬の声が苦しくて仕方ない。四半痛は遅れれば遅れるほど痛みが深刻化する。前回の四半痛から四半遅滞が見られていた柳瀬は、今回も同じように四半痛が遅れていた。前回の四半遅滞は二週間ほどで済んだが、今回は三週間ほど遅れてきた。柳瀬は通常の四半痛でも症状がかなり重い。四半痛が遅れればそれだけしんどくなるのは明確だった。

「なにかしてやりてぇけど俺ができることなんてなにもないし……でもだからといってなにもせずこうして待ってるのも……」

ひとりで悶々と考えていると、部屋の扉が開いた。目をやると、

「やぁやぁグッドモーニング、凪沙の声外まで聞こえてたよ〜」

九州支部に出張に行っていた先生がいた。

「先生!帰ってきてたんだ!」

「今日の朝帰ってきたよ〜、いやぁ今回の祟人はちょっと手強くてね〜」

「そうだったんだ!でも無事でよかった!おかえりなさい!」

「うん、ただいま凪沙」

先生にしては少し長めの出張だったからなにかあったのだろうかと心配していたが、事情が分かったうえに外傷はないように見えたので安心した。

「って、じゃなくて!先生助けて!柳瀬が四半遅滞で苦しんでるんだ!」

「あら、颯真四半痛来たの。四半遅滞かぁ、たしか前回も遅れて来てたよね?」

「うん、前回は二週間遅れて来たけど、今回は三週間も遅れて来たんだ」

「かなり遅れて来ちゃったねぇ、どんな様子?」

「あ、いや、部屋に入るなって言われてさ。柳瀬、いつも四半痛のときは俺を部屋に入れてくれないんだ」

「そっか〜、じゃあ僕が様子見てくるね」

「うん、分かった」

先生は俺の頭をぐしゃっと撫でて部屋を出ていった。


***


「はぁっ、はぁ……はっ、う"ッ……」

部屋でひとり、自分の苦しむ声しか聞こえない。このとき、俺は痛いくらいに感じる。自分は呪われているのだと。

痛い、苦しい、苦しい。解放されたい、楽になりたい。このまま、早く、早く、早く死んでしまいたい。

ネガティブな感情で包まれたその空間に、突然光が差した。部屋の扉が開いたのだ。

「……ッう、瀧田、お前、入ってくんじゃねえって……え?」

俺の忠告を無視して瀧田が部屋に入って来たと思い、体を起こして部屋の入り口に目をやる。でもそこにいたのは瀧田ではなく、先生だった。

「せんせ……」

「やっ、颯真」

ベッドに座っている俺の前まで近づいて来た先生は、そんな俺の前に腰を降ろした。

「苦しいね、颯真」

「な、なん……」

「うん、なにも言わなくていい。颯真の四半痛がだいぶん遅れて来たっていうのは凪沙から聞いたよ。カーテンも閉め切っちゃって、こんな暗い部屋でなにを考えてたの」

そう言った先生によって開けられたカーテンから覗く太陽の光はひどく明るく、瞳孔がそれを取り入れるのを拒んだ。反射的に目を瞑った俺の頭に先生は手を乗せた。その瞬間、体に電気が走るようにビリビリとひどく痛みが巡った。四半痛の時期は特に人の体温を敏感に掬い取る。先生はきっと、それを知ってやっている。

「うっ、ぐ……うぅ……っ」

弾かれたように体を丸め、両腕をぐっと掴んでその痛みに必死に耐える。息をするのも忘れてただひたすらにその痛みが引くのを待っていた。

「はぁ、はぁ……」

少しずつ落ち着いていったその痛み。先生に触れられて痛みが走った当初に比べると体はずいぶんマシになったように思う。

「はぁっ……アンタ、馬鹿じゃないですか」

「ごめんねぇ、でも体、少しはマシになったでしょ?」

「そりゃ、アンタに触れられた直後の痛みと比べたらだれだってそうなりますよ」

知っておきながら触られていたというその事実に改めて頭に血が昇る。この人本当に、なにがしたいんだ。なにがしたくてここに来たんだ。

「なにもないなら帰ってください。知ってるでしょ、こっちは四半遅滞でいつもよりしんどいんです」

「もちろん知ってるよ〜、だから来たんじゃん」

「わざわざ嫌がらせをするためにですか」

「え〜嫌がらせ?そんなこと今まで一度もした覚えがないけどなぁ」

コイツ……。久しぶりに心の底からぶん殴ってやろうかと思った。が、今の俺の状況だとそれはできない。殴るのはまたの機会にしておこう。

「颯真」

立ち上がった先生が再び俺の前に座り込むと、先ほどとは違った目つきで俺を見た。

「お前、今生きたいって思ってる?」

「え……」

「分かんない?生命活動を続けたいかどうか聞いてんの。死にたいとか、間違っても思ってないよね」

「……せんせ」

「颯真」

先生は俺の話を聞くつもりがないのか、それともうまく言葉を繋げられない俺に痺れを切らしたのか、俺の言葉も聞かずに口を開いた。

「颯真、お前は死んではいけない人間だよ」

「え……?」

いつもとはちがう先生の読み取りづらい表情に俺は困惑した。先生の言う言葉の意味を理解することもできなくて、ただ体の痛みや先生の言葉などの交錯する情報を処理するので精一杯になっていた。

「颯真はいつも自分のために生きてないよね、ワガママは言わないし、自分のことも話さない。自分のことを知って欲しいと思っていない証拠だ。お前はなんのために生きてるの、なにがお前の生きる理由になってるの」

なにが俺の生きる理由になっているか、そんなことを考えたことがあっただろうか。強いて言えば、生まれたから生きている。それ以外になにも理由なんてなかった。

「べつ、に……」

「なら颯真、お前は人のために生きなさい。そんで、お前が人のために生きるってんなら、僕のために死ぬな」

ひどく衝撃的な言葉だった。なんて人だ。自分のために死ぬななんて、なんて強欲な人だ。アンタのために生きるだなんて、そんなの荷が重すぎる。俺にはできない、俺なんかにはできない。

いやだ、無理だと首を振る。先ほどとは打って変わってひどく瞳孔が開いた。自分の意思に反して太陽の光が俺の目に入ってくる。

眩しい、目を閉じていたい。もうなにも考えたくない。死にたい、死にたい。楽になりたい。

「は、あ……はぁ……」

「颯真、落ち着きなさい。息をゆっくり吐いて、多くは吸わないで」

呼吸のスピードが速くなる俺に先生はそう言った。それでも今の状態の俺にはその言葉が聞こえなくて、ただただ酸素を取り入れなければいけないと必死に息を吸っていた。

「颯真、こっち向いて」

その言葉に反応して顔を上げる。先生と目が合うと、一瞬で気を失った。


***


第七話【 呪いの指輪 】


***


「あっ先生、柳瀬どうだった……?」

「うんまぁ、そこそこってとこかな。今は寝てるからしばらく入らないようにね〜」

「そっか、良かった。ありがとう先生!」

「はいはい〜」

正直、今の颯真は人に言えるほど精神が安定していない。それはそれは可哀想なくらい自分を追い詰めていた。もともと精神の安定していた子ではなかったけれど、それを隠すのは上手かった颯真があれほど崩れるのは珍しい。それは隠せなくなるほど溜め込んでいたせいなのか、ひどい四半痛によってもたらされたものなのかは分からない。それでも颯真をそうさせるほどのなにかがあったことは明らかだった。

「凪沙、昨日一日、颯真の様子がおかしいなって思ったことはなかった?」

「え?柳瀬の様子?いやぁ、特になかったと思うけど」

「そっか。なにかあったらいつでも言ってよ、ほんの些細なことでいいからさ」

「あっ、そういえば、ほんとに些細なことなんだけど」

「うん、なにかあった?」

「昨日俺、柳瀬の身につけてる指輪の話聞いたんだよ、あんまり詳しくは聞けなかったけど。そのあと、ほんの少しだけど柳瀬の空気が重くなったように感じて。俺、なにかマズいこと聞いちゃったかなぁ……」

「指輪……」

「ハッ……まさか俺のせいで四半痛来たとか……?俺のせいでいつもより四半痛ひどくなってたらどうしよう……どうしよう先生!」

「大丈夫大丈夫、凪沙のせいじゃないよ。ありがとね、じゃあ凪沙も部屋に戻ってゆっくり休みなさい」

「あ、う、うん、そうする……」

颯真の身につけているあのふたつの指輪には、ともに強い意味があることを知っている。凪沙から始まった何気ない会話によって改めてその意味を思い出したのなら、今の颯真の状況にも納得がいく。でも、アレが颯真にとってどれほどのトラウマになっていたか、僕はまだ完全に理解できていなかった。ゆえに颯真があれだけ苦しまなければならなくなっている。きっと颯真は、今も死にたいと思っている。

「倉田!」

「なんだ柊か。どうした、そんなに血相を変えて、珍しい。重症患者か?」

「生きたいって思える薬、ないか」

「自身の頭を治しに来たのか?重症患者だな。そんな都合のいい薬、あるものか」

「ぐっ……」

「なにがあった、話は聞いてやる」


***


「ふぅん、あの子が。可能性はなくもないと思っていたが、この時期とはね。で?そうなった原因は」

「へっ?」

「とぼけるんじゃない。あるんだろう、ちゃんとした原因が。あの子がそこまで崩れた原因が」

倉田雪。コイツは僕より六も下なのに、六も下なのに!思った以上にしっかりしている。患者対応だけでなく、その原因究明に努めるなんて医師の鑑とも言えるだろう。でもいらない!今はいらない!その真面目さ!

「い、いや、それは今いいじゃないですか、倉田さん」

「いいから話せよ柊。私はあの子たちの主治医だぞ?」

「んぐ……」

倉田はそう言うが、それでも颯真の過去を話すのにはまだ早い。

「……はぁ。なら全部言えとは言わない。要点だけでいい」

「要点だけ……それなら、まぁ。……超簡単に言えば、原因は指輪だ」

「指輪?」

「そう。正直まだ推測に過ぎないけど、ほかに理由が見当たらないからこれが原因だと思ってる」

「なんでそう思う」

「要点だけでいいって話だったじゃないですか……」

「指輪だけじゃなにも分からないだろう。せめてこちらも分かるくらいの説明は寄越せ」

「うぅん……その、つまり。その指輪は颯真にとってとても大事なものなんだ。でもそれは、楽しかった思い出と同時に、苦しい瞬間を思い出してしまう。その苦しい瞬間が、今回颯真を崩してしまった原因だと思っている」

「なるほどね、つまり精神的なものか。これは手強いな」

「なぁ、どうすればいい。颯真を助けるにはどうすればいい」

「柊は相変わらず、あの子のこととなると余裕がなくなるな」

「仕方ないだろ。あの子は僕が守らないといけないんだ。あの子だけは、絶対になくしちゃいけないんだ」

「……ふぅん。それはまた、随分と重い愛だこと」

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