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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第三章

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第十二話 アタシを置いて逝った野郎どもへ

「午後七時四十分、死亡確認」

「は……はぁ……?」

「……」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


柳瀬の遺体は、もちろん、と言ってもいいのか、今まで見てきたどの遺体よりも綺麗だった。傷は胸元だけ。戦った跡もなく、顔にも血はついていなかった。あたしは柳瀬の遺体の保管作業を安置所で済ませると、雪さんに呼ばれていた医務室に向かった。

「……ねぇ、梛桜は、勝手にいなくなったりしないよね」

「……」

医務室で外をボーッと眺めていた柊は、弱々しく言葉を放った。

「ねぇ、返事してよ梛桜」

自然と視線が下がっていく。見ていられなかった。

「颯真のあの様子だと、殺されたんじゃなく自殺だろう。専用ナイフの不慮の事故ではなく、自らの意思を持って自殺した人物は初めてだよ。念のため聞くけど、颯真に自殺を助長させるようなことを言った人はいないか?もしくは、精神を追い詰める言葉をかけた人間は」

あたしは雪さんの言葉に首を振る。最近は特に柳瀬と言葉を交わすどころか会うことすらなかった。

「僕が多少ヒドい言葉を言ったくらいじゃ、颯真は死なないよ」

柊がそう口を開く。あたしたちのその様子に、雪さんはまた口を開いた。

「そうか。……じゃあ、遺書でも読もう」

雪さんのうしろからナベさんが茶封筒を持って出てくる。その封は切られていた。


***


十一月二八日。俺がこの遺書を作成した日だ。

俺はその三日前に内通者の可能性を知り、その次の日に内通者を殺す宣言をした。

正直後悔している。この三人の中に内通者がいなかったとしても、疑ってしまったということには変わりない。本当に申し訳ないと思っている。

先生を含め、俺たちのことを支えてくれた施設の方々、眞部さん、雪さん、瞬くん、瀧田や七森も、いつも俺が挫けそうになったときに助けてくれてありがとうございます。

瀧田も七森も、これからどんどん強くなっていってくれたら嬉しい。俺の分まで長生きしてくれ。今までありがとう。


***


俺の分まで長生きしろって、どこの主人公よ。柳瀬の遺書を最後まで読んで、最初に思ったことがそれだった。残される側の気持ちなんて考えずにふたりして勝手に逝きやがって、結局あたしは最後にはひとりになる。

「凪沙のものとは随分とちがうね、颯真らしくあっさりしている」

「えぇ。瀧田くんのものはひとりひとりに書いてありましたから、それなりに内容が長かったですよね」

「颯真だけだった。遺書を書くと言ったその日、その時間に遺書を書き上げて提出したのは。梛桜も凪沙もその日には書ききれなくて、凪沙なんかは一週間以上も書き上げるのに時間を要した。颯真はきっと、凪沙を殺した瞬間から凪沙のいないこの世界に未練なんかなかったんだよ」

「その状態であれば、あれから二ヶ月よく生きてこれたなという感想になるわけだが……」

雪さんは、言葉を濁すとあたしの顔を見た。一瞬目がバチッと合うと、あたしはその視線を逸らした。


***


第十二話【 アタシを置いて逝った野郎どもへ 】


***


「梛桜」

全員が医務室から出たあと、あたしだけが雪さんに呼び止められた。返事もせずに振り返る。そんなあたしに雪さんは言った。

「少しおいで」

落ち着かせるように静かに息を吐いて再び医務室に入った。

「現場に出るようになってまだ一年も経っていないのに、ここ最近は特に立て続けに大変なことが起こって気が滅入るな」

「……」

コーヒーを作りながら雪さんが言う。そしてあたしの目の前にカフェラテが置かれる。

「喉を痛めているわけではないだろう。飲みなさい」

どうしても、飲む気になれなかった。腕を上げるのだって面倒だ。少し休みたかった。

「食堂のおばさんたちも心配していたよ、凪沙がいなくなってからいつもの梛桜じゃないって。爆発する前に吐き出しなさい」

「……」

「なかなか手強いね」

静かに微笑んだ雪さんはあたしの座る席の目の前に座った。少し視線を上げるとまたバチッと目が合う。

「梛桜、もっと感情に素直になってもいいんだよ。泣きたいときは泣いて、怒りたいときには怒ればいい。梛桜はよく、凪沙や颯真にそうしていたじゃないか」

「っ……うっ……」

なんとか耐えていた涙が少しでも溢れると、感情が一気におかしくなってしまった。涙がボロボロと出てきて止まらない。喉をグッと締めて我慢していた分、今になって喉が痛くなってくる。子どものように声を上げて泣いたのはいつぶりだろうか。

泣き始めたあたしを見ると、雪さんは席を立ち上がりあたしの隣に来た。隣にある椅子に座ると静かにあたしの頭を撫で始める。どのくらい泣いたのだろう。もう疲れた。それはもう、泣きすぎて体が重くなるくらいには泣いていた。

「少し落ち着いたかい」

「はい……すみません……」

「謝ることではない。少しはスッキリしただろう」

「えぇ……」

赤くなった目に、雪さんが保冷剤を貸してくれた。

「柳瀬も瀧田も、お互いを思う気持ちが強すぎて結果死ぬことになった。それがなんだか、悔しくて許せなかったんです」

あたしはずっと胸に秘めていたその思いをやっと吐き出した。瀧田が柳瀬に殺された日から、ずっと悔しかった。いや、それよりもずっと前からそうだ。ふたりの目にはあたしが映っていないようで、なんだかいやだった。

「そうかい。前にも言ったのを覚えているかな。私は、ちゃんと仲のいい三人だと思っていたよ。十年と二年じゃ、そりゃまぁその深さには違いはあるが、そんなこと微塵も感じない瞬間なんてたくさんあったさ。ふたりは梛桜のこともしっかり見ていたし、すごく大切にしていたと思うけどね」

「……えぇ。それは感じてた」

「梛桜もやっぱり女の子だね」

「……」

あたしはその後、いただいたカフェラテをすべて飲んでから部屋に戻った。


***


「……ねぇ梛桜」

ある日の授業中、柊がボーッと外を眺めながらそう口を開いた。いやな予感しかしなかった。柳瀬の自殺から数日。柊はいまだにその事実を受け入れようとしたくないようだった。

「梛桜も……ひとりになっちゃったね」

なにを言い出したのかと思った。あたしも?てことはアンタも……あぁそれ、そういうこと。

「聞いてほしければ聞くけど」

「うん、じゃあ聞いてよ。僕の可哀想な話」

柊は珍しく自分語りを始めた。瀧田がいるときにも、柳瀬がいるときにも話さなかったことを話し出した。ふたりと比べて、出会ってまだ日が浅いあたしにだから話せた内容なんだろうと思う。

「前にも言ったよね、僕には仲間であり親友であるヤツがいたって」

「えぇ。出会ってすぐに、祟人になって殺したって」

「そう。……僕ね、わりと好きだったんだよね。みんなでいるときのあの感じ。表立って自分が最強だと思ってるヤツがふたり。ハッキリとそうは言わないけど、それでも自分が強いと確信しているヤツがひとり。楽しかったよ。ほら、そういうのを世間一般では青春って言うんでしょ?」

「ちょっ……ちょっと待って、え?祟人になったのはふたりだったの?その仲間ってひとりじゃなくふたりだったわけ?」

柊の話を聞いて困惑した。今まであたしは、柊の言う仲間であり親友であるヤツ、はひとりだと思っていた。でも今の話を聞く限りそうじゃない。柊は本当にあたしと同じようにふたりの仲間と同時に出会って、そのふたりを同時に失ったの?

「あぁ、そうか。そうだったね、詳しくは話してないんだった。半分正解で半分間違いだよ。まぁ順に説明していくよ。まずひとりは春園青葉。光属性の自信家。そしてもうひとりは鳴宮碧。バカ真面目な風属性。行動の起点がいつも他人で、自分のことは後回しで。ほんとにバカだよね。……僕はふたりに出会うまで、っていうか、ふたりに説教食らうまで、現場での仲間意識はないに等しかった。なかったって言ったほうが正しいかな」

意外だった。しつこいくらいにあたしたちをずっと愛でていた柊には、仲間意識のかけらもなかった?

「仲間意識がやっと芽生えた頃だったよ。碧の誕生日があってね。前年はいろいろあって祝えなかったから初めてのサプライズパーティーに胸を弾ませていたんだ。碧の部屋のドアを開けたら、驚いた顔をしたアイツはいなかった。ハルにも先生にも協力してもらって探したらさ、祟人になってたんだ」

「それで、自分の手で」

「そう、殺した。そのときの怪我でハルは体が動かなくなってね、実は今もこの施設内にいるんだ。ハルの部屋に行けばハルには会える。でもふたりで食べるアイスは、どれがいい?からどっちがいい?に変わっちゃうし、そのアイスを手に入れるために調理室からおばさんたちの目を盗んで冷凍庫を開けるなんてバカみたいなことを一緒に笑い合える人はいない。最初は慣れなくて文句ばっかり言っていた自分以外のだれかの音は、どんなに耳を澄ませても隣の部屋から聴こえやしなかった。……後悔したよ、なんでもっと早くからふたりに対しての仲間意識を持っていなかったんだって。勘のいい梛桜なら、僕の言いたいこと、分かるよね」

「……同じ思いを、あたしたちにしてほしくなかったから……先生になった」

「大正解。もし碧が僕と同じ立場になっていた場合、碧ならこうするかなって。……颯真も凪沙も、後悔して死んでいったのかな」

「アイツらは自分がしたことに後悔して勝手に死んだのよ。……アンタの心配しているようなことは後悔していないと思うけど」

「そっかぁ……なら、いいんだけどさ。梛桜も、後悔のないように死になさいね」

「……言われなくてもそうするわよ」

「そっか……うん……そっか……」

そう言うと柊は教卓に突っ伏した。顔の周りを腕で囲んでいるから、どんな表情をしているのかは分からなかった。


***


アタシを置いて逝った野郎どもへ。

先に逝くなら早く言え。柊の対応をあたしひとりに押し付けるな。アンタたちももっと充分に働いてから逝け。あたしだけに働かせるな。突然ひとりにするな。

なんであたしひとりを置いていったの。なにがいやだった?なにがダメだった。教えてくれれば直したのに。教えてくれれば助けたのに。口は悪いし特別強いわけじゃないし怪我も多いし気は効かないし女の子らしくないし頼れない。そんなあたしでも、アンタたちのその性格なら大丈夫だと思ってた。人は結局、最後にはひとりになる。あたしだって、瀧田のように人に囲まれて死にたかった。死んだあとも、柳瀬のようにだれかに悲しいと思ってもらえるようになりたい。

ふたりして遺書に、自分が最初に死ぬかのように書きやがって。自分がいちばん長く生きてやるって思いはなかったのかよ。ひとりなんてつまらない。ひとりなんて、好きじゃない。

「ねぇおねえさん。おにいさんはどこ?」

小児棟で奈央斗に聞かれた。ここに来たのは奈子が祟人になって以来だ。

「さぁね、あたしにも分からないわ。あたしも少しはアイツらのこと知ってたつもりだったんだけどね。……だから奈央斗、奈子のこと、ちゃんと守ってあげるのよ。奈子も奈央斗のこと、しっかり見てあげて」

ふたりの頭を撫でながら言った。ふたりは純粋な笑顔をあたしに向ける。奈子は元気溌剌で明るい笑顔を。奈央斗は控えめで穏やかな笑顔を。ふたりのそんな顔を見ると、瀧田と柳瀬の顔がチラつく。少し似ているような気がした。

「うん!あたし、なおとのことちゃんと見てあげるね!」

「ぼくも、なこちゃんのこと、まもる」

泣きそうになるのを抑える。ふたりを力いっぱい抱きしめると、腕の中で痛いよ〜と笑っていた。

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