表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/60

第十話 人殺し

【最近世間を騒がせている祟人の大量発生事件。その原因は、ある刺激剤が含まれた薬にあると公表されました。この刺激薬を製作していた犯人グループが今日、逮捕されました。犯人グループのひとりであり、その首謀者である帆坂容疑者によりますと、現在施設にいる呪人の中にもその協力者がいたとのことです】


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


「事件はすべて解決、って、簡単に言えればよかったんだけどね」

事務室のテレビを見て、柊がそう放った。その場に眞部はいない。柊の隣でコーヒーを飲んでいた倉田が口を開いた。

「一般人に作れる刺激薬があるのなら、四半痛の痛み止めも早く完成させてくれればいいんだけど」

そんな倉田の腕と顔には、まだ深い傷が残っている。倉田が目を覚ましたあの日から、三日経ったある日の出来事だ。対処現場も治療現場も忙しなく動くその日に、呪人誘拐事件、及び祟人大量発性事件の犯人グループが警察によって逮捕された。現在、事務室にいない眞部は、施設を代表して警視庁での取り調べに同行している。

「まぁ、同行と言っても、取り調べを外から見るだけでしょ?なんだっけ、面食い?」

「面通しだよ馬鹿。だれが行ってもだれも覚えていないし、知らないからね。そうなると芳人くんが行くのがいちばんいいんだろう。彼はしっかりしているからね」

「ったくよー、僕を連れていけばいいのに。ってか僕なら車出さなくても飛んでいけるのに。賢くないよなぁ、僕と違って」

「本当に賢い人間は、自分の能力を無闇にひけらかしたりしないさ。私はそんな馬鹿は嫌いだよ」

それは、倉田から柊への思い切った嫌味だった。柊はその言葉に眉間に皺を寄せた。

「なんだよそれ。てかお前まだ本調子じゃねぇんだから座れよ」

「おや、気にかけてくれるのかい。親切なヤツだね。でも遠慮しておくよ。体調もかなり回復した」

「だからってな……」

倉田はまたコーヒーをひとくち飲む。そんな倉田に柊は言った。

「元気な病人だな。こんな多忙期に、優雅にコーヒーなんて」

先ほどのお返しなのだろう。柊から倉田に返す精一杯の嫌味だった。その言葉に倉田は返す。

「はは。残念だけど、私はどこぞの敵キャラクターのように優しくはないからね。いただいた休暇は図太く消化させてもらうよ」

まるで嫌味がまったく効いていないようだった。その余裕満点な様子に、柊がまた拗ねたような表情をする。柊が倉田に口で勝つのは難しいだろうと感じ取れる瞬間だった。

そんなとき、ある人間が慌ただしく事務室に入ってきた。

「柊さん!瀧田くんが……!」


***


呪人誘拐事件、そして祟人の大量発生事件の犯人逮捕。ここ数ヶ月に起きていた異常事態に終止符が打たれるような単語だった。犯人が捕まった喜びと、今まで命懸けで働いてきた多くの呪人や眼人がこれまでの忙しさから少し解放されるという安堵で、その日はグッスリと眠れた。そしてその翌日の出来事だった。

「はよ」

「ん、おはよ。瀧田は?」

「さあ。部屋行ってもいなかったから、先に来てると思ってたんだが」

「残念。あたし少し前からいるけど、いなかったわよ」

「そうか。……いただきます」

瀧田が見当たらない。それどころか、眞部さんや先生もいなかった。

「そういえばアンタ、最近の現場で新技使ったそうじゃない」

「え、あ、ああ、あれか」

「アンタもそういうの教わってたのね」

「やれって言われたからやっただけだ。お前もそうなのか」

「あたしは自分から頼んだのよ、剣術。水属性は自分の力でなにかを作るのが得意だから、それを活かして近接格闘の技術を上げたいと思ってね。あたし、近接格闘に関してはアンタより苦手だし」

……図太くディスられた。

「ごちそうさまでした。じゃ、あたし戻るから。今日は授業ないってよ」

「ん、ああ、分かった。……ん、お前先生に会ったのか」

「メールよ。アンタのところには来てなかったの?」

「え、ああ……ん?」

「……なによ」

「いや……さっき、瀧田からメールが来てた」

「そ。じゃ、あたし帰るから」

「ああ、じゃあな」

携帯電話を見ると、今朝来ていた先生からの不在着信とメール。そしてその上には、瀧田からのメール。ついさっき送られてきたものだった。気付かなかった、申し訳ないとすぐにそのメールを見る。

「颯真、ちょっと来なさい」

「えっ」

その内容を確認する前に先生が俺の前に姿を現した。

急いで食事を済ませ、なにも言わない先生のあとをついていく。先生は教室に入っていった。教室内にはだれもいない。そもそも、この周りには人がいないように思えた。

「颯真、落ち着いて聞きなさい」

神妙な声で先生が話し出す。いつもの様子とはまるで違った。

「凪沙が、一連の事件の手引きをしていた関東本部内唯一の内通者だった」

「……は?」


***


第十話【 人殺し 】


***


待て、待て待て待て。だれだ、ナギサ?いやちがう。瀧田なはずがない。だってアイツは、だれよりも真面目なやつで、人が傷ついている様子を見ると、自分も同じ傷を負ったかのようにその痛みを感じ取れる繊細なやつで、少なくとも、俺と七森のことはいちばん大切にしてくれて、それから、

「颯真、落ち着いて」

上がる息がどんどんと俺を苦しめていく。先生にすっぽりと包まれた俺は、焦りを先生にぶつけた。

「いやだ、ちがう……違いますよ、瀧田じゃない、瀧田じゃない!ちがうんです、名前だけが同じの別人で、だから瀧田じゃ」

「颯真。悪いけど凪沙で間違いない。この施設にナギサっていう名前は、彼しかいないんだ」

「ちが……ちがう……ちがうんです……瀧田じゃない……」

先生は、俺のその様子になにも言わずに静かに頭を撫でた。落ち着きなさいと、その手で先生が言った。

「今、凪沙は実習室にいる。話がしたいなら行きなさい」

「は……」

短い息を吐いた俺は、先生に挨拶をするのも忘れて教室を出た。走って実習室に向かう。必死だった。

ちがうって言わせないと、証明しないと、否定させないと。そんな思いで頭がいっぱいだった。

「……柳瀬」

バンッ、と大きくドアを鳴らす。なにもない実習室の真ん中にポツンと置かれた椅子に、瀧田は座っていた。

「瀧田……」

「んー、その様子じゃ先生に聞いちゃったかな」

瀧田は静かに笑った。その表情に一瞬、いやなものを感じた。

「なに言ってんだよ……ちがうんだろ、俺が言ってやる、先生には俺が言ってやるから、なあ、……なぁ」

ゆっくりと近づきながらそう捲し立てる俺に、落ち着いている様子の瀧田は立ち上がって言う。変わらないその静かな表情で。

「ごめん。ごめんね柳瀬」

眉を下げた瀧田は、俺の目の前に立った。俺はフルフルと首を横に振る。瀧田は完全に認めているわけではない。でも、否定していない。そんな状況がいやでたまらなかった。否定しろよ、そうじゃないと、それは肯定と見做されてしまう。

「ちがうだろ、疑われてごめんだろ、お前はやってないんだよ、お前のその性格じゃ、できないんだよ」

「ううん。……俺がやったよ」

まっすぐと俺に言った。嘘は言っていなかった。十年も一緒にいたんだ。そこを間違えるはずがなかった。でも、間違えていたかった。今回に限っては、いつもの信頼関係を憎んだ。

「なんで、なんでお前なんだよ……なんでほかのだれでもないお前なんだ……ふざけんなよ……」

最低だ、ほかの人ならだれでもいいなんて。でも、それが本心だった。

「ありがとう。でも俺は、柳瀬じゃなくてよかったなって、思ってる」

「……俺は、お前じゃなければよかったって思ってる。……お前じゃなければ俺が」

「俺のこと、柳瀬が殺してくれるんだよね」

瀧田は分かっていた。俺があのあとどんな言葉を紡ぐのか。俺が今からしなければいけないそれを。

瀧田は全部分かったうえで、そう笑っていた。

「もともとはさ、ふたりのためだったんだ」

「え……」


***


俺が一般人の男に誘拐されたとき、体中を殴られ蹴られ、ボロボロになった俺にヤツらが言った。

「キミがこれに承諾しなければ、次に苦しむのはキミのオトモダチだ。名前はそうだな、柳瀬颯真に七森梛桜。それから」

俺はその言葉に、今まで感じたことのない恐怖に襲われた。ねっとりとした不気味な口調で柳瀬と七森の名前を口に出す男。なにがなんでも、柳瀬と七森がこんな目に遭うのを阻止しなければいけなかった。でも俺がこんなにボロボロになっても男の要求を呑まなかったのにはもちろん理由があった。その要求は、

「飲めば必ず祟人になる刺激薬を、呪人に飲ませること」

俺たちが毎日命をかけて戦っているのは、一般人を守るため。それなのに、その元凶である祟人が増えてしまえば、一般人を守ることができないどころか、自分たちの首を絞めることにもなる。どうしても頷けなかった。でも、相手は大人。俺よりずっと頭のいい人間。俺の名前、呪説だけじゃない。俺の大切な柳瀬や七森のことも、全部知っていた。ふたりの名前や属性、呪説まで、俺を脅すのに必要な情報はすべて。自分の無能さがとことんいやになった。

「……分かった、分かったから、柳瀬には……柳瀬と七森には、手を出さないで……」

断腸の思いって、このことを言うんだ。最近の授業で習ったその言葉を思い出した。早く、みんなに会いたかった。

俺が、本当の人殺しになった瞬間だった。


***


「俺は、お前やお前たちのために死ねと言われたら、迷わず死ぬ。でも、お前たちのために人を殺せと言われても殺せない。俺は正義の味方じゃない。でも、殺し屋でもない。……お前はそこを見誤ったんだ。お前は!助ける相手を見誤ったんだよ……!」

久しぶりの感覚に襲われた。瀧田に怒鳴りながら涙が出そうになる。もうやめろと制止する脳を無視して、口が勝手に開く。瀧田の胸ぐらを掴んだ。

「お前の俺に対する正義で、どれほどの人間が死んだと思ってる……何人の呪人が殺されたと思ってる!」

そうしているうちに、実習室の入り口に七森と先生がやってきた。七森も先生から事情を聞いたのだろう。到底信じられないような様子で瀧田を見ていた。

「柳瀬が俺を殺すの、先生に言っておいた。だから、……はい」

俺が怒鳴ってからなにも言わなくなった瀧田は、そう言って俺にナイフを差し出した。いつもの現場用の専用小型ナイフだった。

『……この中に内通者がいた場合、だれであっても、どんな理由があっても、ソイツは俺が殺す』

賭けには負けてしまった。自分自身で勝手に賭けた罰だ。俺は、自分の手で、十年来の幼馴染を殺さなければいけない。

もうそこからは、涙で目の前がぐしゃぐしゃで、頭がガンガンとしていて、記憶も曖昧になった。


***


涙がボロボロと止まらない。懐かしい感覚に戸惑う。拭っても視界はハッキリすることがなかった。それなのに瀧田の様子はハッキリ見える。俺に馬乗りされ、力なく倒れる無様な姿だった。今までの瀧田なら見せることのない姿。最後に見せられたその様子にまた涙が出る。俺はすでに瀧田の胸にナイフを刺していた。もうそこの記憶はない。あぁ、最低だ。俺が、俺が殺した。勝手に始めたその賭けで瀧田を殺してしまった。いやだ、いやだ瀧田、死なないでくれ。

「瀧田……」

「わ……すごい……」

瀧田は自分の血がついたその手を目の前に掲げた。その手は小刻みに震えている。そして俺の目を見ると、また静かに笑った。

「柳瀬、泣かないでよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ